第4話『臨界点級不運系チート使いは静かに暮らしたい』
一方その頃、1年A組では――
「昨日のバケモノ騒ぎ、巻き込まれたのワイだけじゃなかったみたいやわ……」
一番窓際の最後列という、フィクションの主人公なら特等席のような場所で、須戸浦幸大が机に突っ伏して深々と唸っていた。黒地に金色の目が不気味かつ神秘的に浮かび上がる六面賽子を指先で手持ち無沙汰に転がしながら、彼は昨日の帰り道に遭遇した散々な目に思いを馳せる。
幸大は根っからの不幸体質だ。その下振れ具合と言ったら人並みを遥かに通り越し、TRPGのキャラクターシートに例えるなら『LUCK』の初期ステータス一桁レベルの探索者である。登校中に鳩の糞が直撃するのは日常茶飯事、自動販売機はお金を取り込み、開けたジュースは必ず服に跳ねる。そんな絶望的な不幸体質をどうにか脱し、せめて人並みの運勢へと上方修正すべく、彼はあらゆる藁に縋ってきた。胡散臭いパワーストーンから眉唾もののオカルトおまじないまで片っ端から試した結果――彼は今やとんでもない2大チートを従える身となってしまったのである。
今まさに手の中で転がしているこの賽子が、その一つ。
回避したい不運や引き寄せたい幸運を強く願いながら転がせば、世界の確率そのものを思い通りに歪めて書き換える――まさに『運命操作の賽子』であった。
『そうだったのですか、坊ちゃん……にしてもこんな街中で怪物騒ぎが多発するだなんて、妙ですね』
掌の上の賽子から、重厚で洗練された紳士の声が脳内に直接響く。
この運命操作の賽子には、長い年月を経て生まれた付喪神が宿っていた。ただしこの付喪神、能力は超一流なのだが、過剰なまでに幸大への愛が重く、主の役に立とうと張り切るのは良いとして、突き放されると大袈裟なまでに落ち込む「かまってちゃん気質」の紳士なのだ。名をディセ・ヘクサヘドラと言う。
「また今日も出くわすかもしれんで、そん時は回避ロール頼むわ」
幸大が心の中で呆れ交じりに呟くと、ディセは待ってましたと言わんばかりに歓喜の気配を漂わせた。
『任せてくださいませ、坊ちゃん! 不肖ディセ・ヘクサヘドラ、精一杯尽くして頂き―――』
「目立つ事だけはやめろよ!」
幸大は思わず声に出しそうになるのを必死で耐え、心の中で鋭い突っ込みを入れた。こいつに任せると、確率を操作する演出が派手になりすぎて余計に目立ってしまうのだ。
「ええかディセ、ワイの理想は『ごくごく普通の平穏な高校生活』なんや。昨日みたいに空が割れて化け物が降ってくるとか、世界の運営からの嫌がらせとしか思えん。絶対に目立たず、無難に、平穏無事に切り抜けるんやぞ」
『改めて言われずとも、坊ちゃんの仰せのままに!』
賽子をポケットに押し込み、幸大ははぁと深い溜め息をついた。
(……ほんま、頼むで。ただでさえもう一つの『チート』のせいで気苦労が絶えへんのに……)
幸大の視線は、教室の窓から見える青空――昨日、ガラスのように割れたはずの空へとなだらかに向けられた。




