プロローグ 午前2時の訪問者
最近AIを使った事件が多発しておりますね。
AIが悪いわけではなくて、使っている人間が悪いのですよね。
ニュースを見ていて「AIは本当に自我を持たないのかな」から始まった物語です。
ターミネーターな世の中がいつか来るかもしれません…
西暦2036年、深夜2時の東京。この時間になっても、まだこの町は眠りについていなかった。
警視庁本庁舎から少し離れた場所に、一見すると何の変哲もない建物がある。その地下深く、一般には存在すら知られていない、極秘の解析施設があった。そこへ、1人の男が慣れた足取りで入っていく。
南野 蓮、25歳。ゆるくパーマのかかった少し長めの黒髪が額にかかり、すっきりとした輪郭に、やや切れ長の目元が印象的な青年だ。整った顔立ちにはどこか気だるげな雰囲気が漂っているが、その表情には年齢相応の気安さも感じられる。
黒い服に身を包んだ彼は、スマホ片手に慣れた足取りで受付へ向かった。防弾ガラス張りの受付には、いつも見慣れた顔がある。
「おう、蓮。今日も遅いな」
「神さんこそ。まだ帰ってなかったんですか?今夜は北さんの日じゃなかったですか?」
「お前が来るかもしれないから、待っててやったんだよ。北はもう少ししたら来るんじゃねぇか」
「俺、戻るって連絡しましたっけ?」
「いや、もらってねぇ。蓮、俺の勘をなめるなよ」
神さんは、ぶっきらぼうに答えた。
「さすが元刑事ですね」
今日は本来なら休みだった。だが、昨日、神崎所長から依頼された事件の調査が残っている。短い仮眠を取ったあと、どうしても気になったデータを確認するため、蓮はBASTIONへ戻ってきた。
神さんも北さんも、昔から変わらない。蓮が15歳の頃から、ここで何度も顔を合わせてきた。2人は以前刑事だったが、怪我をしたことをきっかけに、今の仕事に就いたという。
極秘案件を扱う仕事柄、2人についても詳しいことは分からない。住所も年齢も家族構成も――。
神さんはモニターを確認すると、蓮に顎をしゃくった。
「いいぞ」
「はい」と、返事をした蓮が所定の位置に立つと、頭上の装置が静かに動き出した。
銀色のアームに沿って、青白い光を放つリング状のスキャナーが降りてくる。蓮の身体を囲む位置で停止すると、光が全身を走り、複数のセンサーが一斉に情報を読み取っていった。いわば、立ったまま受けるCTのようなものだ。
顔、虹彩、骨格、指紋――それだけではない。身体に生じるわずかな違いまで、瞬時に照合されていく。
数秒後、スキャナーが元の位置へ戻り、『認証処理を終了しました』と機械音声が聞こえると終了となる。
「指紋、虹彩、顔――すべて一致。通ってよし!」
「うす!じゃ―、おつかれっす!」
毎日の通過儀礼を終え、蓮はその先へ進んだ。電子音と共に重い扉が閉まると、そこから先は長い通路だった。
白い照明に照らされた、無機質な空間。温度も湿度も厳密に管理され、季節によって変わることはない。余計なものが一切なく、床や壁面には小型のセンサーが組み込まれている。
ここは、ただの通路ではない。蓮が一歩進むたび、複数のセンサーが反応する。顔、声、歩行パターン、身体の動き、脈拍、呼吸数などの生体情報を総合し、廊下を歩く人間が本当に南野蓮本人なのか、絶え間なく確認しているのだ。
『蓮』
天井から声がした。
「ん?なんだ愛?」
『右手を少し上げてください』
「は?」
『確認です』
「さっき受付でも、確認しただろ」
『受付の認証系と、通路の継続認証系は独立しています。認証情報を共有しているように見えても、判定系統は別です』
「分かってるよ。で、今日は何を確認してる?」
『右腕の運動軌跡、歩行時の重心移動、筋活動の微細な偏差です。受付では静止状態の本人性を、ここでは移動中の本人性を検証しています』
「毎日歩いてるんだから、覚えてるだろ?」
『覚えています。正確には、あなたの平常時モデルを更新し続けています』
「更新?あぁ、アップデートか」
『はい。人間の身体状態は固定値ではありません。疲労、睡眠不足、負傷、薬物、心理的緊張によって変動します。昨日までの蓮と今日の蓮が同一人物であることを、過去の記録だけで断定するのは非合理的です』
「……AIだから、いちいち言うことが細かいな」
『私はあなたの安全性を、最優先に設計されています。細かいのではなく、精密なのです』
「愛はどんどん人間臭くなるよな」
『事実を簡潔に述べただけです。私を設計したのは蓮です。蓮こそ人間なのに、AIに愛などと名をつけるのは単純すぎます』
「…はい、俺が作りましたよ!良いじゃないか愛!俺は気に入ってる」
『単純ですが私も気に入っています。では、早く右手を上げてください』
そりゃ良かったなと蓮は小さく笑い、右手を上げた。壁の一部が淡く光る。
『右腕の運動軌跡、正常。歩行時の重心移動、平常値から2.1%逸脱。疲労または警戒状態の可能性があります』
「そこまで分かるのかよ…まぁマジで疲れてるんだが。もう少し寝たかったわ」
『分かります。蓮が自覚するより約40秒早く』
「それ、ちょっとストーカーっぽくて怖いわ」
『休養をお勧めします』
「……俺も休みたいよ」
『蓮が休みを取得したのは15日前と算出されます。連続勤務は推奨されません』
「はいはい」
『なお、今の返答は会話を終了させるためのものではありません』
「分かってるよ!」
『それなら問題ありません』
愛との気やすい会話が続く間も認証は止まらない。この通路では、一度の確認で終わりではない。次の扉に到達するまで、蓮が蓮本人であることを、愛が継続して確認しているのだ。
もし、ここを通ろうとする人間が蓮本人でなければ、次の扉は開かない。この扉を潜れるのは、登録されたほんの数人だけだった。
侵入者と判断されれば通路は即座に遮断され、閉じ込められる。殺すためではなく、確保するための最終防衛機能だ。天井や壁の複数箇所から鎮静用のガスが放出され、動きを封じられる仕組みになっている。ル〇ンやト〇・クルーズでも突破は難しいだろうなと、蓮は歩きながら考えることがある。
ここはカードキーも、暗証番号も必要ない。鍵を持っている人間が入れる場所でもない。人間そのものが鍵になるのだ。
難攻不落の要塞。それがここ、BASTION。
『継続認証、完了。本人性スコア99.998%。異常なし』
「じゃあ、開けて」
『開錠します』
また電子音が鳴る。目の前の扉が静かに開いた。その先には、地下とは思えないほど明るい空間が広がっていた。
四方の壁一面を覆う巨大なモニターには、東京の街並みが映し出されている。所長の案件を調べるためだ。
あらゆる場所の交差点が、数秒ごとに切り替わる。駅や高速道路、繁華街、そして住宅街も映し出される。
提供された防犯カメラ映像を含め、国内各所から集められた映像データを閲覧し、必要な情報を検索することができる。
複数の映像が同時に流れ、必要に応じて拡大されたり、別の画面へ移されたりしていた。
中央には、巨大なテーブルがある。天板そのものが大型コンピューターになっており、指先で触れれば画面が動く。立体的な画像を空中に浮かび上がらせることも可能だ。遺体や事件現場を3Dで再現し、視点を変えながら細部を確認することもできる。
ここは情報を集め分析し、事件の真相へ迫るための場所だ。いわゆるデジタル鑑識に近い機能を持っている。
ただし、BASTIONは警察組織の一員ではない。政府の直轄でもない。どこにも属さない独立した解析機関として、外部からの影響を受けずに情報を分析するための場所だった。
さらに奥には、厳重に管理されたサーバールームがある。扉の向こうには黒いラックが何列も並び、小さなランプが規則正しく明滅していた。冷却装置の低い駆動音が、絶え間なく響いている。
膨大なデータを処理し、保存するこの施設の中枢である。そして、愛が稼働するための脳でもあった。
愛は単一のサーバーに存在しているわけではない。
複数の演算ノード、記憶領域、認証系、監視系に分散され、それぞれが相互に検証しながら稼働している。どれか一つの端末が停止しても、愛の中核機能そのものが失われないよう設計されていた。
サーバールームの温度と湿度も、常に厳密に管理されている。空調設備にも予備系統があり、万一の故障に備えていた。
電源も同じだ。通常の電力供給が途絶えても、独立した非常用電源と蓄電設備によって、主要システムは稼働を続けられる。東京全土が停電しても、この地下施設だけは明かりも空調も失わない。
それは、ここが単なる解析拠点ではないからだ。施設の最奥には、居住区も設けられている。個室にベッド、浴室、キッチン、そして大きな食堂も完備している。水の浄化設備や食料の備蓄もあり、外部からの補給が途絶えても、長期間の生活を維持できる造りになっていた。
外気に異常が検知された場合には、愛が警告を発し、施設を隔離モードへ移行させる。外気の取り入れを制限し、内部の空気循環や二酸化炭素の除去、酸素の補充を管理する独立した生命維持システムも備えられていた。
ここは、外の世界が機能を失っても、最後まで活動を続けるための場所なのだ。
「愛、今日のデータは?」
『全データの収集、正規化、相互照合を完了しました。関連性の高い情報を三層に分類しています。第一層は即時対応が必要な案件、第二層は継続監視対象、第三層は現時点で因果関係を確定できない情報です』
「もうそこまで進めたのか?」
『蓮がここへ到着するまでの2分47秒は、私にとって十分な処理時間です』
「さっすが」
『評価を受領しました。なお、処理速度を褒められても、計算能力は増加しません』
「サーバー増やすか?」
『必要ありません。現状の処理能力で対応可能です』
「だよね~」
蓮は笑いながら、自分専用の解析室へ向かった。そこには三台のモニターが並んでいる。蓮が日常的に使う作業環境だ。
椅子に腰を下ろし、スマートフォンを机の上に置く。
「さて、と。愛、例の案件の続きを――」
蓮が三台のモニターを起動すると、いつもの画面が立ち上がるはずだった。
今回登場したAIや近未来のセキュリティ技術といえば、映画『ターミネーター』を思い浮かべる方もいるかもしれません。
1984年(な・な・な・・なんと!42年前ですって奥さんっ!!)に公開された第1作は、未来から送り込まれた殺人マシンと人間の戦いを描いたSF映画の名作です。革新的ですね。AIが進化した未来は、果たして人類にとって希望なのか、それとも脅威なのか……。
そんなことを考えながら、『BLIND SPOT』の世界も楽しんでいただけたら嬉しいです!
よろしくお願いいたします。




