不人気ダンジョンと強制連行
あの三人娘と出会ってから数日後、俺は今日も今日とていつもの不人気ダンジョンへと来ていた。
「おはよっす」
「おはようございます、波見さん。これからダンジョンですか」
いつもの受付嬢に挨拶し、彼女からの返事とともに聞かれたその言葉に俺は頷いた。
「えぇ、そろそろ豚肉じゃなくて牛肉を食いたいですしね」
「あぁ、分かります。ダンジョンの牛肉って昔の国産黒毛和牛並みに美味しいですよね……もとを知らなければですけど」
「そうだよな……もとを知らなければ」
基本的にダンジョンに現れるモンスターは階層が下に行けば行くほど良質な物が採取できる。そのなかでもここは肉を中心とした畜産物が主体なのだが、得られる肉の種類と同じ動物の亜人型モンスターが出現する。
牛肉となれば当然牛亜人となるのだが、彼らの姿は一言で言えば巨大なゴリマッチョ系の牛頭の半裸である。ゴリゴリのマッチョでどうみても超筋肉質な牛の化物で、ある意味オークより生理的に無理な人間も居る。
ついでに言うとこの牛亜人、1つの階層に種類が二種類存在するパターンが殆どで、肉をドロップする牡牛亜人と牛乳をドロップする牝牛亜人が存在する。そして牝牛亜人のほうが強いわりに、落とす牛乳が10ガロン缶に丸々入って出てくるため、肉に比べて倍近く重いこともあって、俺のような空間収納持ち以外には基本敬遠されるモンスターでもある。味は低階層産ということを差し引いても普通に美味しいが。
「上手く狩れたら店に持ち込んでステーキでも頼みますかね」
「あら、それはまさかデートのお誘いですか?良いステーキハウス知ってますけども」
「それはご相伴に預かり……」
その時、施設への入口から妙な気配を漂わせた黒スーツの男女が数名、入ってくるなりこちらに向かって歩いてきた。
「失礼、波見結弦様でよろしいでしょうか」
そのうちの1人が声をかけてきたことに、俺は少し眉を細めた。
「確かに波見結弦は俺だが……アンタらは?少なくとも公安とかダンジョン省とかの人間ではなさそうだが、かといってどっかの極道組織ってわけでもなさそうだ」
じろりと睨み付けると、声をかけてきた女性とは別の男が懐から名刺ケースを取り出すと、それをこちらに渡してきた。
「我々は佐久美フーズ会長、佐久美厳仗の命を受けて参りました」
「佐久美フーズって……あの佐久美フーズか?」
世間に疎い俺でも知っている。ダンジョン黎明期に、いち早くからダンジョン畜産・農産・水産物に目を付けて大成功し、現在のダンジョン食品の流通においてシェアの三割を牛耳るとも言われ、本社を仙台に置く大会社。
そこの現会長ともなれば少なくとも、俺のような一般冒険者が関わる事など皆無に等しいはずだ。
「悪いが、俺はその会長と面識がまるでなかったと記憶しているが?」
俺個人としてダンジョンにここの肉を卸してる以上、その過程で接点がないとは完全には言えない。が、それでも態々大会社のトップの人間が会いたいなどと言われるほどに大それた活躍もしていないはずだ。
「えぇ、確かに直接のご面識はありません。そこは間違いありません。ですが、」
一瞬こちらを見て鋭い視線を向けつつ放たれた言葉に俺は唖然とした。
「数日前、貴方はこの『福島』ダンジョンで三人の少女とともに行動しましたよね?さらには三人に先行投資だと言って、このダンジョンで採れたオーク肉をそれぞれに1つずつ渡した」
「あ、あぁ、確かにそんなことも……ってまさか」
「お考えの通りです。三人のうち1人は会長の孫娘であり、2人はその友人です」
何てこった、と頭を抱えたくなった。
「つまりあれか?俺は食品会社の孫娘に採った肉を渡した愚か者で、会長さんは俺を裁こうって感じか?」
「……そこまでは我々にも分かりかねますが、その件で会長が貴方とお話をしたいと仰せになりまして、アポイントを取らずの不義理ではございますが、これから一緒に来て貰うことは可能でしょうか」
一応はお伺いの建前を取ってはいるが、実際には拒否権が全くない命令に近しいそれに、俺は何とも言えない表情になった。
あちらの言う通り、前以て此方の都合を考えずに同行を求めるのはマナー的にはかなりアウトだ。だが、それをするのが日本のダンジョン食産業のトップに君臨する会社の会長ともなれば話が変わる。よっぽどの大物か馬鹿でない限り、この程度の不義理は簡単に無視できる代物だ。
「……一応聞くが、俺を害するつもりは無いんだよな?言っておくが俺はソロ冒険者だ、アンタらがそのつもりなら、無傷は無理にしろ蹴散らすぐらいはできると自負してるつもりだが」
「御安心を、貴方の事は調べさせて貰いましたが、上層とはいえ、オークやミノスをソロで討伐し、それを三年近く毎日こなしてるような人間に危害を加えるつもりはございません。会長が命じない限りは」
つまりこの場で俺をどうこうするつもりはないと、そう言ってることに少しだけ納得すると、俺はやれやれ、と呟く。
「……そういうわけだから、ステーキはまた後日で」
「そう、みたいですね。仕方ありません」
受付嬢は少しだけ不満そうな表情を浮かべていたが、すぐにもとの笑顔に戻して業務に戻った。
「んじゃ、その会長のもとに案内して貰えると助かるんだが」
「感謝いたします」
そう言って案内されてみれば、態々建物の正面入口の側に高級そうな黒塗りのセダンが2台も停車していて、そのうちの1台の扉が開いてそこに案内されたことに、もはや思考が放棄するほどの衝撃を受けた。
「え、これ?」
「左様です。どうぞお乗りください」
お乗りくださいじゃないんだが、とツッコミたくなったが、相手は大会社の会長の側近と考えれば、これぐらいは体面上必要なものなのだろうな、という発想で納得しておくことにして、俺はその中に入り、そして運転席と助手席に先ほど話をした2人の男女がそれぞれ座り発進した。
「ところで一つ確認したいんだが、三人のうち誰が会長のお孫さんだったんだ?」
「お答えしかねます……と申したいところですが、今後の事もありますからね」
助手席に座った女性が苦笑気味にそう言うことに、俺は少し頭に疑問符が浮かんだ。
「逆に聞きますが、あのお三方の中で誰がお嬢様に見えましたか?」
「そう返しますか……」
そう言われても会話したのも数分程度で、誰がお嬢様なのかはいまいちピンとこないが、
「なんとなくっすけど、あどけなさそうな雰囲気の娘……ですかね」
「……理由をお聞きしても?」
「消去法っていうか、あの娘だけが装備と役割のミスマッチが強かったってところですね」
まず眠そうにしてた娘は表面上はのほほんとしていたが、短い時間だが一緒に行動してたとき、視線が色々と散っていた。恐らく自分達がどういう状況にいるかを子供ながらに考えて観察していたのだろう。仮に三人パーティならば遊撃担当になると考えれば良い素質を持っていると思う。そう考えれば短剣もありだし、なんなら将来的にはショートボーガンを携えても良いだろう。
そして眼鏡っ娘は可能な限り地図を確認していた。あれはいわゆる指揮官としてのポジションと考えたが、同時に簡易プロテクターの面積の広さから考えて、タンク型指揮官といったところから、装備を確りと考えて行動している点から、これも理解できる。
「けどそう考えたとき、あの娘のポジションは中衛のダメージディーラー……つまり槍みたいな長物やロングソードみたいな攻撃しやすい武器でバシバシ攻撃するのが仕事だ」
「……それは理解できますが、それでどうしてミスマッチだと?武器に関しては三人とも同じでしたよね」
「えぇ同じです。が、あの短剣って実は一緒に同梱されてるケースに入ってる連結式の棒と接続することで簡易的な槍にできるんですよ」
「……あぁ、そういえばそうでしたね」
女性はその言葉になるほど、と納得した。
冒険者の武器でよく使われるのはロングソードと槍で、パーティを組めば必ずと言って良いほど両方とも存在する。役割的にもダメージ役という役割は同じだが、剣は前衛での主ダメージソースと盾役、槍は中衛での援護とヘイトコントロール役割が異なるからだ。
ここにさらに遊撃と後方支援の弓使いが居れば完璧と言われるが、まぁそれはまた別の話だ。
「そう考えると、もしかすると会長のお孫さんは押しが弱いタイプの性格で、他の二人に流されてダンジョンに来たんじゃないかな~っと」
「ですが、それだけで予測できるものじゃないのでは?それでは結論は出さないはずです」
「はぁ……なら言いますけど、決定的だったもう一つの理由は言動とスニーカーですよ」
あえて上げるなら程度の決定打を言えば、前の二人は揃って首を傾げる。
「三人のうち、彼女のスニーカーの汚れが極端に少なかったのと、最初に会ったときも肉を渡したときも、彼女が一番最初に受け答えしてた。つまり、彼女が三人のなかで中心に立ってると考えたんですよ」
「受け答えについては理解できましたが、スニーカーの汚れがどう関係するので?」
「その前に1つ確認したいんですが、会長のお孫さんってまだ小学生……それも高学年の5か6ですよね?」
俺の問いに女性は会長のお孫さんが小学六年生だと答えた。
「あとの二人の家庭が上流なのか一般家庭なのかは分かりませんが、二人のスニーカーはこういってはあれですが、年相応に汚れと傷みが見え隠れしてました。が、もう一人のスニーカーは白い綺麗な靴……恐らく定期的に洗ったり磨いたりしてるんでしょう、そういう独特の綺麗さが見えました」
「独特の……なるほど、興味深い意見ですね」
「まぁ素人の独自推理ですけどね。まぁ、その様子だと俺の答えが正解みたいですかね?」
というか、ここまで理由を聞いてくる時点で決まったようなもので、それが分かられてると気付いているからか、彼女はその通りだと答えた。
「詳しいことは私からはこれ以上、申し上げられませんが、少なくとも会長は貴方を害するつもりはございませんので、悪しからず」
「そうだと良いですけどね」
そんな会話が行われてから十数分ほど経ったか、漸く車が止まりドアが開かれた先にあったのは、なんとも広い武家屋敷とでもいうような、極道の組長が住んでそうな堂々とした屋敷がそこにあり、
「フォッフォッフォ、いやぁ、いきなり呼びつけてしつれいしたのぅ」
その門前に立つ袴の似合う白髪の老人が、複数の黒服を背中に向けて立っていた。
「初めましてと言うたほうが良いな、波見結弦殿。ワシが佐久美フーズ現会長、佐久美厳仗じゃ。よしなに頼むぞ、若人よ」




