第1話
地鳴りのような雄たけびがこだまする。人間の身長を遥かに超える巨体。大きく膨れ上がった筋肉は強固な鎧をも思わせる。その巨体を一歩踏み出すたびに部屋全体が震え、壁が軋む。
猛禽類を思わせる鋭い目が辺りを睨み付けると、棍棒のような腕を振りかざした。
「エクス・エクスプロージョン<極大爆発呪文>」
爆音が轟き、爆風が巻き起こる。ガラスを溶かすほどの超高熱と凄まじい衝撃波が無礼な侵入者たちに襲い掛かった。
数拍のち、巨体の主は耳まで裂けた口を動かしてつぶやく。
「……やったか?」
それは巨体の主には似つかわしくない言葉。この世の全てを押し潰し、力で捻じ伏せる魔王と呼ばれる存在にとって余りにも弱気な言葉。
先ほど唱えた呪文は魔王にとって最大最強の攻撃魔法。目に見える全てを薙ぎ払い、灼熱の地に変える最後の切り札。たとえ魔王の城であっても消し炭になる程の威力を誇る。
ならば、何故この部屋は無事なのか。
その答えは魔王の眼前で立ち上がる者たちのひとり、――小賢しい白い魔術師が持っていた。
「魔王の極大爆発呪文を防ぐなんて……やっぱりミナトって凄いよ!」
「拙者、感服したでござる」
「…………(さすミナ)」
無礼な侵入者、――勇者一行が口々に白い魔術師を褒めたたえる。
その白い魔術師がこれまでに幾度も聞いた呪文を唱え始めた。
「エクス・オールヒーリング<極大全体回復呪文>」
極大全体回復呪文。傷を治し、体力を回復させ、パーティー全員を文字通り全快させる最高の回復呪文だ。唱えられる者など歴史上何人もいない。
それをなんだ、何度唱えている。本来なら奴らは既に全滅しているはずだ。
勇者を殴りとばし、騎士を踏みつぶし、黒魔術師を熱線で溶かした。
だが、殺したと思った次の瞬間には、白魔術師の力ですぐに復活してくる。
しかも、勇者と騎士の力は何倍にも増幅され、黒魔術師の魔法はマジックポーションとやらの力で尽きる様子もない。
攻撃魔法は無力化され、こちらの力は半減させられている。
部屋には結界が張られているのか、逃げ出そうにも逃げられない。
それに、奴は……白魔術師の奴は……いったいどれほどの魔力量を秘めているというのか。
あれだけの極大魔法を連発して、マジックポーションを一本も飲んでいないのだ。
白魔術師が自身の杖を高々と上げて、にやりと笑った。
「さて、じゃあみんな、後方支援は僕に任せろ。傷を負ったら回復してやる。戦う舞台は全部整えてやる。だから安心して魔王を倒してこい!」
魔王にとって絶望的な戦いは未だに終わる様子を見せなかった。