第八百五十二話・義元、嫌気がさす
Side:久遠一馬
謀叛人の討伐が終わった。
金色砲、鉄砲、弓、弩、焙烙玉による、遠距離からの一方的な攻撃。反撃をまったく許さず敵兵がバタバタと倒れていき、無事な者もすぐに逃げ出したことで戸惑った味方が多かったという報告が上がってきている。
金色砲はすでに尾張に戻している途中で、望月さんとかウチのみんなは岡崎城とか西三河の領地の接収作業に参加している。
「金色砲の運用はまあまあか。みんな頑張ったね」
望月さんからは報告の文が届いて、金色砲の運用と成果について書かれている。野砲化して運びやすいように口径の小さなものに変えたが、それでも街道整備されていないところでの運搬は大変だったらしい。
基本は馬に牽かせていたが、道がデコボコだらけだったり、川に橋がなかったりすると人力頼みの力業が必要だったみたい。
「悪くない結果ね。ちょっと味方の心傷に手当ては必要だけど」
メルティにそのまま望月さんの文を見せて意見を聞くが、この時代で大砲を運用する以上はこの程度の問題は想定内だ。
むしろ懸念は味方が戸惑ったことだろう。メルティもそこを気にしている。恐らくは戸惑ったというのは抑え目の表現だろう。
恐怖で怯えていたとしても驚かない。金色砲と榴弾は対野戦では、敵味方双方の心理面に於いて戦略級兵器と言っても過言ではない。槍や鎧も一切役に立たないと思うと味方でも怖いだろうね。
「難しゅうございますな。他家では多くの者が食うために戦をしまする。されど織田の戦は大義のため。美濃衆と三河衆は金色砲よりも、まずはそれを皆が理解する必要があると某は思いまする」
メルティと悩んでいると、一緒に仕事をしている資清さんが、望月さんの文を回し見て、少し考えつつ自分の意見を口にした。
「なるほど、三河なんか特にそこまで考えてないか」
こういう時の資清さんの意見は貴重であり、ハッとするものがある。金色砲に対する心理ケア以前に、織田家に対する理解が足りないのは今回の謀叛人の行動からして明らかだ。
織田家の三河衆も美濃衆も似たようなものだろう。
美濃大垣や三河安祥では公民館となる建物が出来ていて、ケティたちの教えを受けた医師が病人を診ていたり、那古野の学校の分校として子供たちに読み書き計算なんかを教えている。
とはいえ、いい歳をした大人には求められないと教えていないのが現状だ。結果としてやる気がある人や、目端の利く人が教えてほしいと来るので、そんな人が出世している。
家柄とか領地にあぐらをかいている人とかは、今も昔と大差ない暮らしで満足しているとも言える。
ただまあ、大人の意識改革とか大変だろうな。とはいえ検討は必要か。この件は信秀さんとか重臣の皆さんにも相談するべきだ。この手のことにはウチより上手くやるかもしれないしね。
さて、そろそろ今川のところにも謀叛人の引き渡しを求める使者が到着したかな?
どう出る?
Side:太原雪斎
「母上にも困ったものじゃ」
御屋形様のご機嫌がよろしゅうない。
尾張にて、尼御台様が自ら質となって、斯波との和睦を纏めようとされたからであろう。織田に勝てぬことはご理解されても、尼御台様を質としてまで斯波と織田に屈するのは望まれぬか。
されど尼御台様のおかげで織田が動いた。近隣で一番高いと嘆いておった尾張の品を安くするという。家中にはそのことで怒りを覚えておる者も多く、織田との戦を望む者の口実のひとつでもあったのだからな。
「弱き者には選べる道は少のうございます。それに尾張が尼御台様を受け入れることは難しきこと。覚悟を示して譲歩を得たのは流石でございますな」
お心の中では斯波と織田に屈するのを拒むお気持ちがあるのは当然であろう。拙僧とてそれは同じこと。されどこのままでは今川は如何になるかわからぬのだ。
「この齢で弱き者になるとはのう」
「致し方ありませぬ。六角でさえも織田との誼を深めようとしておるところ。さらにその気になれば、信濃の小笠原を使うてこちらの邪魔も出来まする」
驚くべきは六角義賢と朝倉延景が、尾張にて行われた大内義隆の法要に出たことだ。六角は代替わりしたばかりで、隣国に行くことはないと思うた。朝倉は同じく斯波と因縁がある。まさか両家が当主自ら行くとは思わなんだ。
そのうえ、久遠の南蛮船にて、先に亡くなった管領代を偲んで追悼したとは。これで六角は当面の間、織田と争うことはあるまい。
織田が本気になれば、いつでも今川を潰せると言うても過言ではないのだ。
「申し上げます! 西三河にて織田が松平方の謀叛勢を討伐したようでございます! 織田方は金色砲が多数。謀叛勢おおよそ五百は、金色砲に恐れ戦き、織田方に近づくことも出来ずに敗走。東三河に逃れてきておるようでございます!!」
ご機嫌がよろしゅうない御屋形様の顔がさらに曇る。たかが数百の謀叛勢を相手に金色砲を持ち出すとは。これは我が今川への威圧に違いない。譲歩はしたが、敵対するなら容赦せぬというつもりであろう。
「織田は一旦動くと容赦ないの」
すぐに仔細を問うたが、あまりに惨憺たる結果に御屋形様と共にため息が重なる。近づくことも出来ずに兵の半数ほどがすぐに負傷してしまうとは。
数が少ないこともあろうが、近づくことすら出来ぬのでは、今川が同じ立場となっても如何とも出来ぬのではないのか?
西三河の一件を聞いてから数日後、なんと織田から突然の使者が参った。
こちらに逃げ込んだ謀叛人を引き渡せとのことだ。
「それで謀叛人どもは何処におるのじゃ?」
「東三河の松平分家に逃げ込んだようでございます」
「拒否すれば母上が嘘吐きじゃと思われる。さっさと引き渡してしまえ。謀叛を起こす者など要らぬ」
これは織田の謀ではないのか? 御屋形様も同じ疑念を抱かれたのであろう。生き残るために織田に従うと決めた、松平広忠を暗殺しようとした愚か者など邪魔でしかない。
さらに尼御台様の言葉を偽りとすることで、再び今川家を叩く口実がほしいのやもしれぬ。織田はむやみに戦を望まぬが、今川家との和睦もまた望んではおるまい。
御屋形様はそれらをお考えになったのだろう。汚らわしいものを見るような顔をされて即決された。
「畏まりましてございます」
「織田には構うな。信濃と甲斐を取るのじゃ」
もうそれしか今川家が生き残る道はあるまい。仮に臣従せねばならん時が来ても、駿河と甲斐信濃があれば粗末には扱えんはずだ。
織田と比べたら甲斐の武田も信濃の小笠原も御しやすい小童も同然。
なんとしても信濃と甲斐を得ねばならん。














