第八百五十一話・西三河最後の戦い・その二
Side:謀叛人
いったい……、なにが……起きたのだ?
突然、雷でも落ちたような音が響き、驚いた駄馬が暴れおった。
慌てて落ち着かせようと手綱を握りしめておると、敵に罵声を浴びせておった雑兵どもの声が悲鳴に変わった。
「今のは……」
なんだ? 雑兵どもが集まるところに穴が開いておる。先ほどまでは雑兵がおったところだ。まるで雷でも落ちたかのようにそこだけ雑兵がおらん。
「祟りだ……」
「聞いたことある。仏の弾正忠様は敵に雷を落とすって……」
敵に突撃しておった味方が止まり、ざわざわとあらぬことを囁く声が聞こえた。
「たわけ! 人が雷など落とせるか!! 敵の策だ! 進め!!!」
岩松八弥の弟が雑兵どもを怒鳴り進ませようとする。いけ好かぬ男だが、用兵は悪くないらしい。
雑兵どももなにが起きたのかわからぬのであろう。進むべきかと迷う様子をみせるが、そこに敵からまた聞いたこともない音がした。
先ほどよりは小さく高い音だ。同時に弓矢が飛んでくるのが見えて、最前列の者らがバタバタと倒れる。ああ、あれが鉄砲か。ようやくわかった。とすると最初の雷のような音は、噂の金色砲か?
「またなにか来るぞ!」
続けてなにか丸いものが、ゆっくりと飛んでくる。石か? そう思うたが、落ちたかと思うと大きな音と共に雑兵どもの悲鳴が再び響いた。
なんだ? 此度はなんなのだ?
「あれは……まさか、あれが焙烙玉か?」
「なんだそれは!」
「織田の水軍が使うと聞いたことがあるものだ。焼きものの中に鉄砲の玉薬を入れた武器だと聞いた」
馴染みの男が震えながら石のようなものの正体を口にするが、すでに同じようなものが幾つも飛んでくる。当然その間にも弓矢や鉄砲は止まらぬ。
これが……、これが……戦だというのか?
敵にはまだ近づけぬ。すでに雑兵は逃げ腰だ。退くべきか? せめて槍で一あてしたいという思いが決断を鈍らせる。
「まただ!!」
震える体を鼓舞して馬を進めようとした時、また雷のような轟音が響く。
「痛ぇ!」
「ひっ、仏の弾正忠様に逆らった罰だ!!」
なんだ? 先ほどとはまったく違う。なにか丸いものが凄まじい速さで飛んできたかと思うと、落ちたあたりの雑兵の多くが手傷を負ってしまった。
まるで地獄のような光景だ。皆がそう思うたのだろう。念仏を唱えて仏に許しを請う者や力なく倒れ込む者までおる。
まともに士気があり戦える者など見当たらぬ。
「逃げろ!」
「逃げろぉぉぉ!」
ひとりが逃げ出すと皆が逃げ出した。雑兵も武士もわしと共に謀叛を企てた者もすべて。
仏の罰などではないはずだ。相手は同じ人なのだ。そう思うわしでさえ馬を敵がおらぬほうへと進めて逃げておる。
「このようなこと、許されてよいのか? わしは松平家のために……」
武士も雑兵も区別なく我先にと逃げ出す味方の情けなさと、まともに戦をせぬ卑怯な織田への憎しみで怒りが収まらぬ。
わしらは松平家のお家のために立ち上がったのだぞ!
竹千代様を新たな当主として迎えて、先代様の御遺志を継ぐべく立ち上がったのだぞ!!
「おのれぇ……」
「どけ!!」
このまま逃げては末代までの笑いものだ。そう思い、一旦背を向けた敵を振り返り見ようとするが、無礼な雑兵に邪魔をされて落馬してしまう。
「この無礼者がぁ!」
「うるせぇ!」
すでに馬を牽いておった家人さえおらん。わしは刀を抜くと無礼者を成敗するべく斬りかかるが、無礼者はわしのことなど無視して逃げていく。
「このようなことが許されてよいのか!!」
許せん。武士の誇りもなく得体の知れぬ武器を使う織田も。戦もせずに降った広忠も許せん。
許せんのだ!!
Side:織田信広
初めて金色砲を見た時のことをふと思い出した。
敵に見立てた廃材を木端微塵に打ち砕いたあの光景よりも凄まじい。いずれ野戦でも金色砲は使える。そう語った久遠殿の言葉に嘘偽りはなかったか。
本陣におる三河衆は無言だ。敵方とはいえ以前は味方、同朋同輩だったのだ。顔見知りもおるであろうし血縁のある者もおろう。ひとつ間違えておれば、己もあの中におったのかと思うと素直に勝ちを喜べぬのであろう。
「ここまでせねばならぬのでございますか?」
最初に口を開いたのは三河衆の年老いた男だった。今まで三河衆は松平宗家に心寄せるような様子は一切見せなかった。
それをしてしまえば織田への忠義が疑われる。皆、必死だった。
されどあまりの光景に、年老いた男は一言問わねば気が済まなかったようだ。
「槍や弓矢で討たれようが、鉄砲や金色砲で討たれようが変わるまい。それよりも二代にわたり主を殺そうとしたことを恥じるべきだ。そもそも父上は、松平には随分と機会を与えておったはずだ」
主を暗殺する者より、敵を討ったわしや久遠殿を非難する気か? 己らは知らぬのだ。久遠殿が誰よりも戦を望まず、人の命を大切にしておることを。
「理解出来ぬのならば、隠居するがいい。殺し殺される世を、それほど好むのならばな」
情けをかける相手が違うはずだ。現に他の者は一切なにも言わぬ。
「敵を今川領に追い立てろ。手向かいするなら討っても構わん」
「はっ!!」
久遠殿はわしなどより、もっと心を痛めておるであろう。愚か者どもがつまらぬことをせねば済んだのだ。
Side:松平広忠
震えておった。わしだけではない。家臣らも皆、震えておったであろう。いかに相手が少数とはいえ、一当ても許さず、反撃も一切許さなかった。
これが織田の戦か……。
「殿、すぐに追撃の下知を」
「……追撃をする。先陣を任されたのは我らぞ!」
呆けておると大久保新八郎に声を掛けられた。そうだ、奴らはわしを殺そうとした謀叛人だ。わしが率先して動かねばならん。
皆がこれでよいのかと己の中で問うておろう。されどわしはもう退けぬ。
「この先、三度目の謀叛など、松平には起きぬのかもしれませぬな」
陣を出て追撃に移ろうとした時、本多平八郎がふとそう呟いた。
安易な謀叛は死を招く。少なくとも織田では許されまい。父上の死から始まり、わしの暗殺を試みるに至るまでになった松平宗家の愚かな所業もこれで終いかもしれぬ。
そう考えると悪くないと思える。
「謀叛を許すな! 参るぞ!!」
わしも出るぞ。ここで武勇を示さねば、先はないのだ。
松平の家を残す。そのためにはこのようなところで怯えてなどおれん!!
◆◆
西三河謀叛人討伐。
天文二十一年、七月。織田家は臣従した松平広忠を暗殺しようとした者たちを討伐する兵を挙げた。
暗殺の経緯や状況は記録が少なく、現在も分かっていないが、松平広忠は暗殺が防がれたあと、そのまま大内義隆の法要のために尾張に出向いており、法要が終わった後も尾張に滞在していた。
これに関して『三河物語』では、織田信秀の命だったと書かれている。松平宗家の広忠派の家臣と織田家から派遣された織田信友は、岡崎城にて真相究明の詮議をしようとしたものの、詮議をする前に暗殺派・謀叛派と疑われていた家では、実行犯や容疑者たちの首を届けることでの幕引きを狙った。
信秀の意を受けていた信友はそれでも詮議を続けようとしたが、信友自身の身の安全すら危ういとの判断から岡崎城から安祥城に戻され、その際に広忠派の家臣も岡崎城から退去して尾張の広忠の下に集まったとある。
この際に信友は広忠の一族を松平宗家の菩提寺である大樹寺に退避させていて、この時点で謀叛人一派との戦を避けられないと判断していたものと思われる。
信秀から一連の始末を任された織田信広は、松平広忠の承諾を得て、大内義隆の法要などが終わり京の都の公家衆が戻ったのちに、謀叛人の詮議を再開すると通告。安祥城に出頭するように命じたものの、それに従った者は僅かで、大半は一族の者を人質として出すことで乗り切ろうとした。
しかし織田家ではすでに人質を取らない方針だったことと、出頭命令も拒否した者たちは謀叛人と同罪であると討伐するための兵を挙げた。
織田は尾張、美濃、西三河から総勢六千余りの兵が三河安祥に集められ、謀叛人は僅か数百という圧倒的な戦力差だった。
ただ、この件に関しては『資清日記』に興味深い記載がある。久遠家の将として派兵を任された望月出雲守が、金色野砲の運用を試したいと一馬に進言して認められたという記載である。
久遠家には当時としては珍しい武器が多く、焙烙玉も木砲もすべて金色砲と同じ扱いで周囲から見られていたものの、肝心の金色砲は清洲城攻略戦の時以来、実戦では使用していなかったようで、金色砲を野砲化した金色野砲に至っては実戦での使用は未経験だった。
当時、久遠家に於ける実効戦力評定としては戦術級ではあるが、敵対勢力の心理面に過大な圧力を加えるが故に、戦略級兵器とされた金色砲はその影響の大きさから運用を試すことすら慎重にしなければならなかったが、織田家の領地も広がり今後はどこで戦が起きるかわからないという危機感が出雲守にはあったようである。
また、一馬も陸上での金色砲の運用経験のなさに危機感を抱いていたようで、金色野砲十門を出雲守に任せて運用を試したとある。
他にも織田家では軍規の厳格化や、久遠家が伝えた新しい戦術により戦の形態そのものが変わりつつあり、それらの経験を積む意味もあったと推測されている。
実際、謀叛人たちは僅か数百のために籠城は出来ないと打って出ると、織田軍は金色野砲、鉄砲、弓、弩、焙烙玉といった遠距離からの飽和集中攻撃で謀叛人たちを粉砕。
特に金色野砲においては榴弾と思わしきものが使用されたようで、あまりの恐ろしさに謀叛人たちは仏に許しを請うように祈る者が多数いたという記録がある。
ただ、ここまで徹底したことにより、長年不安定だった西三河は以後安定することになる。














