第七百六十三話・菊丸、将軍に戻る
Side:六角義賢
「まことに亡くなったのだな」
尾張より戻られた上様は、旅の疲れを癒すでもなく、ご生母であらせられる慶寿院様と会われるでもなく、真っ先に父上の仏前に向かわれた。
しばし手を合わせて祈られる上様をわしは控えて見ておったが、初めて口にされた言葉に驚かされる。信じておらなかったのか?
「嘘であればよいと、今の今まで思っておった。殿下と管領代が余を連れ戻すために謀ったのならば、どれほどよいかと今でも思う」
そうか。上様は父上のことをそこまで……。
わしがこうして上様とお会いするのは三度目であろうか。観音寺城にいらした時と、旅に出る前に会ったきりだ。父上は若い故に少し気難しいと言うておったが。
そこまで言うていただくとは思わなんだ。
「管領代。早う戻らずすまぬ。そちのおかげで余は多くを学び、多くを知った。留守を守り天下の安寧のために最期まで尽くしたこと、終生忘れぬ」
上様が仏前に深々と頭を下げたことに驚き、わしも慌てて頭を下げた。死して改めて父上の偉大さがわかる。まさか上様がこのようなことまでされるとは。
そういえば父上が言うていたな。上様がなにより許せぬのは不甲斐ない己なのだと。それ故に武芸を学び修練をすることを好んだとも。
「左京大夫。そちも大変であろう。偉大な父を亡くして悲しむ暇すらないのではないか?」
「勿体ないお言葉、父も草葉の陰で喜んでおりましょう。某も父に倣い、天下のため上様のために尽くす所存でございます」
「そう気を張らずともよい。今宵は旅の話をゆるりといたそうぞ。面白き土産話が山ほどある。管領代にも聞かせたいと、ずっと思うておったところだ」
以前の上様は、怒りに触れると斬り捨てられるのではと思うほどの気迫があった。それが変わられた。まるで剣を鞘に納めたように。
「将軍などおらずとも天下は回る。されど六角がおらねば天下は回らぬ。苦労をかけるな」
今一度、仏前を見た上様はそう一言おっしゃって後にされた。なんという変わりようだ。旅とはこうも人を変えるものなのか? いや、塚原殿がおればこそか。
父上。わしは父上に恥をかかせぬような当主になれるのでしょうか?
Side:久遠一馬
最近、ウチに訊ねてくる人が増えている。織田家中の武士たちだ。用件はご機嫌伺いもあるが、相談事も多い。
信秀さんの改革にみんな必死に付いていこうとしているんだ。そのためには困ったことがあるとウチに来る人もいる。難しい案件は文官からここに相談に来るようにと言われてくる人もいる。
分国法違反は罰すると決めているが、運用は今でも柔軟になっている。違反していても事前に申し出てくれれば、改善策を提示してあげているんだ。
なるべく平等に。だけどケースバイケースで例外も結構ある。そもそもこの時代だと平等という価値観がないので、柔軟な運用が出来ているんだけど。
「うん。いい出来だと思う」
そんな中、義龍さんが持参したのは、稲葉山城下である井ノ口の町に造った、わら半紙工房で作ったわら半紙だった。
ウチはあんまり関与してなかったけど、道三さんが進めていたようで、昨年の末くらいから生産が始まっていたらしい。
「そうね。悪くないわ。最近、かわら版も多く刷っているからいくらあっても足りないくらいよ」
最近は焼き物村にも指導に行くので出歩いていることが多いメルティが、今日はちょうど屋敷にいたので確認してもらうが喜んでいる。
いや、かわら版の評判がいいんだよね。大湊も欲しがるし、諸国から来た商人なんかも欲しがる。内容は領内向けのものから諸国の情勢まである。領外には諸国の情勢のほうを売っている。
そこまで格安でもないんだが、売れているんだよね。無論わら半紙も売れている。あまり長期保存には向かないと説明しているんだが、値段が安いからね。和紙と比べると。
尾張は経済の中心になっているから、いくら作っても売れそう。ただし稲わらはわら細工もあるから需要が多いんだよね。
魚肥をもう少し普及させるか。肥料としての稲わらはなるべく使わない方向で。
「父上からはどの程度作ればよいのかを、久遠殿に伺ってくるように言われておるのだが」
「当面は無理をさせない程度で。足りないくらいでいいですよ。そのほうが値も落ちないですから。品質と職人を育てることを優先してください。教えている職人と相談して数を決めて山城守殿に知らせておきます」
義龍さんもすっかり織田家のやり方に慣れているね。商売のことはほとんどがウチに問い合わせがくる。武士に任せると経済とか品質とか職人のこと考えない人もいるので、放っておくと駄目なんだよね、まだ。一部では理解している人もいるけど。
道三さんはさすがにそこまで迂闊じゃないから楽でいいけど。
「井ノ口はいかがですか?」
「かつてとは別の町のようですな。人が増えて相応に騒動もあるようですが」
井ノ口の町。史実では織田信長が稲葉山城を落とすと、岐阜城と命名して井ノ口の町も岐阜の町となるところだ。あそこは尾張から近いのと川舟での交通が可能なので、織田の経済圏の要所なんだよね。
大垣と関ケ原の間の街道整備もしている。発展著しい場所になる。そういえば少し前にセレスが井ノ口の町の警備兵の人員を増員したと言っていたな。
「ああ、今のうちに町割りを見直したほうがいいかもしれませんね。勝手に広がるとあとで面倒ですよ」
そうそう、井ノ口の町も地味に広がっているようなんだよね。都市計画は早めに考えるべきだ。火事とかの心配もある。
「清洲のような町にということで?」
「どういう町にするかは斎藤家で考えること。清洲は戦よりも住みやすさと、火事などを広げぬようにと考えられた町です。山城守殿とよく考えられてはいかがですか?」
井ノ口だけじゃないんだよね。津島と熱田も少し前から町割りについて相談を受けている。清洲は抜本的に変えたし、那古野も道幅を広げるとか変えている最中だ。蟹江は一から造った町なので当然別物だし。
清洲や蟹江と比較して、町の造り方で繁栄に差が出ることに気付いた人がそれなりにいる。この時代の人も馬鹿じゃないからね。
まあ井ノ口は斎藤家の領地だ。まずは斎藤家で話し合ってほしい。そのうえで相談には乗る。こちらから押し付ける形は良くない。
「私たちの私案でよければ、清洲の時のものを貸してさしあげたらいいわ。相談する時の参考になるもの」
「ああ、あれがあったね」
町割りについて考え込むようにしている義龍さんに、メルティがいいアイデアを出してくれた。清洲の町割りを決める際に、信長さんの重臣の皆さんとかと考えた町割り案がまだ残っている。
こういう町割りにするとどうなるというサンプルにはなるだろう。この時代らしい防衛重視の町割りもあるんだよね。
まあ道三さんなら経済優先の町割りにするのだろうが。
清洲の前例があるので、町割りのことは楽だね。井ノ口、津島、熱田の町割りを改善出来れば、これから先、楽になるはずだ。














