第七百四十八話・北条家との交流
Side:久遠一馬
少し微妙な空気が場を支配している。信秀さんを筆頭に重臣と一族の皆さんがいる中、安藤守就さんと安東郷氏さんがやってきた。
「よろしくお願いいたしまする」
臣従したい。その一報が織田家に入ったのは、オレがウルザから報告を受けた翌日だった。
信秀さんにはウルザが戻ってすぐに一緒に事情を説明しに行った。兄は弟に自分を斬れと命じて、弟は斬れずに泣いていた。ウルザがそれを見ていられなくなったと説明すると、信秀さんは少し驚いていた。
『臣従をしたいというのならば受け入れる。美濃の者ならば誰であれ変わらぬ。竹中は因縁があったがな。安藤とは因縁などないのだ。そなたがそう判断したのならば、それでよい』
先に臣従をした者が損をしたと思うような、ごね得は許さないと信秀さんは言った。でも臣従を否定まではしていない。
信秀さんからすると安藤さんのことを勝手に誘ったことよりも、ウルザが安藤さんの城に直接忍び込んだことで少しお叱りを受けた。ウチも家臣が育っているからね。人に任せるべきことは任せるようにと言われてしまい、ウルザもさすがに苦笑いを浮かべて謝罪していた。
正直、安藤さんがどうなっても良かったんだろう。それよりもウルザが人質にされたり殺される危険性を考えてくれたようだ。少し申し訳ないことをしたね。
「飛び地は召し上げるぞ。俸禄にて実入りは変わらぬようにするが、飛び地は認めん」
家督は弟に譲り安藤家は所領の整理をすることになった。本領は残すが、あとは織田家で召し上げて俸禄となる。
税率も違うだろうから一概に良いとも悪いとも言えないだろう。ただし実入りは大きく変わらないはずだ。不作でも安定すると思えば悪くないんだけど。とはいえ代々受け継いだ領地や、なんかの褒美で貰った領地を取り上げられるのは抵抗があるんだろうね。
無論、安藤さんたちは顔には不満など出さなかったが。
「皆も聞け。安藤に限らず、今後、所領は整理していく。水や入会地の争いもあろう。そう容易いことではないが、領内は織田が整え繁栄させていく。そのためには細々とした所領は整理をしたいのだ」
ただ、ここで安藤さんの表情が初めて変わった。信秀さんが領内全域の領地整理に関して口にしたからだろう。重臣や一族にそこまで驚きはない。以前から何度か議題にはあがっていた。
西美濃の開発では安藤さんのように独立領が街道沿いだったりして、整備が出来ない個所があった。話を通せば出来ないこともないんだろうが、無用に時間がかかり負担と利益のバランスが難しい。
それと先に領地整理をした大和守家の旧領に関して、落ち着くと統治の効率がだいぶ上がっている。無論、すべてが上手くいっているわけではない。とはいえあそこは誰の領地だ。あそこはあの戦で奪ったとか貰った領地だと言っていて、あれこれと対立していた頃よりはずっとマシだったからね。
安藤さんからすると寝耳に水だろう。どっちにしても領地整理をされるんだとは思わなかったんだろうしね。まあ先に臣従をした人や古参は俸禄の割合が多少変わるんだろうが。
信長さんの領地も家臣の俸禄化から初めての収穫の秋を迎えているが、こちらも大きな混乱がないこともある。
領地整理自体は、織田家としてそこまで実入りが変わることはない。むしろ銭での支払いが増える分、仕事が大変になるくらいだ。土地を任せてしまう方が楽なのは変わらない。
とはいえ織田家の体制が安定していることは確かで、長期的に見るとプラスになるだろう。
まあ現状はみんなで試行錯誤をしている段階だ。信秀さんも具体策は評定で検討するように言ってこの日は終わった。
とりあえず、これで西美濃は一区切りだ。
武芸大会も終わると各地からの招待客も帰っているが、残っているのは次の船で帰る北条家の皆さんだろう。
駿河に戻る今川家の人たちは当然自分たちの足で帰るが、北条家は遠いのと友好相手なので船で送り迎えがある。まあ交易船に便乗しているだけとも言うが。
幻庵さんとはいろいろ諸国の情勢を含めて意見交換をしている。大内家の内乱と義隆さんの死には驚いていたね。
北条家に関しては、史実よりも状況が良いらしい。地震の被害とその後の混乱で大変な時期のはずだが、初期対応が良かったようだ。加えて安房の里見も海戦以降、勢力を落としていて良いところがない。未だに和睦をしていないようだが、史実よりも弱っているみたい。
あと、武田が史実よりも思わしくないことが影響している。一応北条家とは同盟関係のはずだが、かつて河越城の戦いの際に武田が今川寄りの姿勢を見せたことで、まったく信頼されていない。
あえて北条からは同盟を破綻はさせていないが、武田の味方もする気がないらしい。これは織田と内々で約束事があるからだろう。
織田は武田と今川が北条を巻き込んだ場合には、今川との停戦協定が破綻となる。北条もまた武田と今川が織田を攻めた場合には東から協力するという約束がある。
周辺への影響を考慮して内密な約束にしているので、正式な誓紙も交わしてないけどね。
はっきり言えば織田も北条も、武田と今川をまったく信用していない。義元も晴信もそれを理解しているゆえに争うしかないんだよね。
「これはおいしゅうございます!」
この日、史実の北条氏政となる松千代丸君と一緒に、牧場で孤児のみんなと焼き芋をしている。
秋に孤児のみんなが収穫した芋がちょうど追熟した頃になったことと、武芸大会でみんな頑張ったからね。労う意味で焼き芋をすることにしたんだけど、ちょうど松千代丸君がいるので誘ってみたんだ。
新九郎君が来た時は夏でメロンをご馳走したしね。
ホクホクの焼き芋をハフハフしながら食べるのが美味しい。ちゃんと石焼き芋だよ。孤児院には大型の鉄製の鍋がある、それに小石を敷き詰めて適温でじっくり焼く。これがまた美味しいんだ。
松千代丸君も喜んでくれたようでなによりだ。多めに焼いてもらってケティたちのお土産にしよう。
「尾張は少し来ぬうちに変わるのう」
幻庵さんも焼き芋と温かい麦茶でご機嫌な様子だ。こういうシンプルな甘味はいつの時代もウケがいいのかもしれない。
「今までと同じやり方ではいつまでも争いが絶えませんからね。せめて領国くらいはなんとかしたいと思いまして」
一緒に来たエルとリリーとすずとチェリーは、子供たちと一緒に遊んでいる。縄跳びをしているようだ。
エルとリリーはごく一部が大きく揺れている。痛くないのだろうか? 彼女たちはブラジャーもしているし、着物なのでそこまで痛そうでもないが。
オレは松千代丸君と幻庵さんと一緒に、そんな光景を眺めながらゆっくりしている。松千代丸君も一緒に遊んでくればいいと思うんだけど、身分がねぇ。
お市ちゃんはとっくに一緒に遊んでいるけど。彼女はここに専用の動きやすい着物も置いているくらいだしね。オレたちが上洛で居ない時はここで一緒に勉強や仕事までしていたらしい。名目は社会勉強となるんだろうか?
「気を付けなされ。久遠殿を見て顔には出さずとも、恐れぬ者はおりますまい。人は恐れれば判断を誤ることもある」
「ありがとうございます」
「理を知っても一刻の恐れや誘惑は人を惑わす。たとえ坊主とてそれは変わらぬ。因果な世だと思う」
幻庵さんに心配されてしまったな。松千代丸君が少し驚いて見ている。他国の人間にそこまで言うのは珍しいのだろう。とはいえオレと幻庵さんは手紙のやり取りもあったりして親しい。
幻庵さんもまたこの荒れた世を憂いているんだ。
北条家もまた新しい世を僅かながら感じているんだと思う。幻庵さんにはウチが持ち込んだ無毒性綿花を関東で試しに植えてみてほしいと頼んだ。
信秀さんとも相談したが、すでに願証寺にも出しているだけに隠すこともない。関東の気候や風土での試験という名目だ。あと植林についてもちらりと話したら興味があるようだったので、詳しい資料と経験者を送ることにした。
恩は売れる時に売っておきたい。試すということはそういう意味で便利だね。幻庵さんも尾張ではあれこれと試していること知っているし。














