第七百四十四話・第四回武芸大会・その六
Side:遠山景前
「これが主上の詠まれた歌か」
熱田神社はたいそう賑わっておる。武芸大会も三日目。されどここも驚くほどの賑わいだ。
尾張の安寧を喜ぶ和歌。大宮司の千秋殿が、自ら文字の読めぬ者に詠んで聞かせておる。誇らしげだな。当然か。
周囲は兵で囲まれ、万が一にも盗まれるようなことがないようにと厳重だ。
「これは遠山殿。ようおいでになった」
「いえ、主上の歌を是非一度はこの目で見ておきたいと思いましてな」
拝む者までおる中、わしに気付いた千秋殿が声を掛けてきた。羨ましい。思わずそんな言葉が出そうになる。
熱田神社は尾張でも別格の扱いだ。噂の久遠とも誼を通じて親しいと聞く。
それと引き換えに我が遠山家は難しき立場となった。
守護家である土岐は追放されてしまい、守護代家である斎藤は娘を嫡男の正室として出してさっさと臣従を願い出てしまった。
昨年には同盟をと弾正忠殿に内々に願い出たが、ほぼ同時に斎藤山城守殿が堂々と臣従してしまった。
守護代家が臣従をするという時に、国人風情と同盟など結ぶはずがない。結果、同盟もならず一年が過ぎた。
さらに、この一年で織田は西美濃にて動いた。きっかけは斎藤の臣従であったが、関ケ原にて城を築き西美濃の街道を整え、褒美を出して賊狩りまでしたと聞くではないか。
つい先日には、安藤殿と共に西美濃にて織田に従っておらなかった竹中殿も臣従した。斯波の裁定を不服として、久遠殿に無礼なことを働きかけたほどの男であったが、当主の隠居と遠島送りを条件に領地召し上げではあるが仕えることを許された。
残るは安藤殿もおるが、あの御仁もいつまで意地を張れるのやら。
織田は臣従を願い出てしまえば、そこまで厳しくはない。竹中殿のように臣従の前に領地は召し上げられても、家の存続と家臣の暮らしは成り立つようにしておる。
だが臣従をせぬ者には厳しい。他国の者と同じく扱う。敵ではないが味方でもない。米や雑穀に塩などは当然としても、酒や魚などまで働けば食える値で売られておるが、一歩領内を出ると値がまったく異なる。
我が遠山家の領地もそうだ。織田は領境には関所を置いて高い税を取る。また売値そのものもまったく違うのだ。むしろ信濃などと同じ扱いで、領内は不満が出ておる。何故美濃の我らがこのような扱いを受けるのかとな。
織田の国の治め方が違うのだと話して聞かせても、理解せぬ者が同じ遠山一党にまでおるのだ。織田のやり方はおかしい。それを声高に叫ぶのは勝手だが、己の領地をどう治めようと織田の勝手。守護の斯波武衛様が怒るならわかるが、余所者が怒るのは道理が通らん。
我らが同盟や戦の際には従うと申しても、それは求めておらぬとやんわりと拒否される。
頃合いだ。どうも斯波武衛様が美濃守護になるという話がある。それがなれば従わぬ者は攻められてもおかしくない。
遠山七頭などと呼ばれるほどまとまりがない我が一族は、バラバラになるのかもしれぬ。三河の松平のことを笑えんな。苗木の者らは臣従せぬであろう。反発が強いからな。木曽川の上流を押さえておるという利点もある。
尾張に売る木材などで儲けておるのだ。少しくらい物の値が高くても儲かる土地を奪われるのを嫌がっておる。
明智の者らは態度をはっきりさせておらぬが、臣従するであろうな。織田は西三河を押さえた。明智の者らは信濃への道を通る者から税を取ることで暮らしておるが、織田が三河から信濃への道を整えて使うと言い出せば、あそこは飢えるしかなくなる。
西美濃が落ち着けば三河か東美濃で街道を整えて守りを固めるだろう。
鎌倉の世からこれまで守り通した所領と家を、こんな形で変えることになるとは。我が身の不徳としか思えん。
とはいえ世の流れには逆らえん。不満を抱える領内の者に殺されるか、織田に攻められるか。どちらにしてもこのままでは済むまい。
竹中よりはマシなはずだ。そう思うしかない。
Side:久遠一馬
「頑張ったなぁ」
「はっ、皆、殿のおかげだと喜んでおります」
綱引きで三位に入賞したのは、なんと太田さんの村の人たちだった。びっくりしたね。太田さんも応援していて誇らし気だ。
「褒美でもあげようか? なにがいい?」
「どのようなものでも喜ぶと思いまする。されど、またいつか殿にお越し頂きたいと申しておりました。近くを通りかかった時にでも立ち寄っていただければ、それで十分と心得ます」
あそこはウチの直轄領ではないが、太田さんの領地だ。家臣の領地。間接的ではあるがウチの領地になるんだろう。
そういえば最近行ってないなぁ。太田さんの領地だから、オレがあまり首を突っ込むのもどうかと思ってさ。現在は若い家臣の統治の勉強の場所にもなっていて、太田さんや資清さんたちがいろいろ教えているらしい。
武芸大会にも積極的に参加して楽しんでいるみたいだ。冬が来る前にお酒と甘味でも持って行ってみようかな。
「ああ、金さんも凄いな」
続けて鉄砲の部門で金さんが二位になった。一益さんとか益氏さんが出てないとはいえ凄いな。彼はウチで初めて結婚した家臣だ。
鉄砲どころか大砲の扱いまで覚えたらしい。見どころがあると一益さんが仕込んでいたからね。元の世界の歴史に名が残らなかった人だ。どうしていたんだろう?
信長さんの下で働いていたのかな? 鉄砲自体は高価な武器だ。史実の金さんは上達するまで撃つことがなかったのかもしれない。
「皆、頼もしいですね」
金さんに手を振るお市ちゃんを膝に乗せているエルも、領民や家臣の成長に目を細めていた。
絵を描いた孤児院の子もそうだ。みんな頑張って生きていこうとしている。オレの考えを理解しよう、ウチの役に立とうとしてくれているんだ。
感謝の心は忘れず。金さんにも褒美をあげよう。そういえば金さんの奥さん妊娠しているんだよね。
生まれてくる子のためのものでもいいかも。
「殿、安藤日向守殿が年貢を額面通りに払わぬ所領に対して、払わねば攻め滅ぼすという檄文を送ったようにございます」
楽しい武芸大会でみんな笑顔の中、資清さんが申し訳なさそうに報告してきた。
言い方は良くないが、安藤さんは勝手に追い詰められているんだよね。ちょうど秋の年貢の時期だが、以前説明した通りに飛び地の領地は周りを織田領に囲まれていて年貢を納めるのも大変だ。
はっきり言えば飛び地は織田に臣従したい。周りの村と暮らしのレベルが明らかに違うからね。安藤領が周囲から村八分にされている形になっているから。
現状だと周りの村が変わったのに、なぜ自分の村だけは違うんだと不満が出ている。
安藤さんの本領に税を納めにいくのも、途中の織田の関所で税が取られる。そんなことをしてまで安藤さんに従いたいほど義理堅い人は多くないらしい。
村によっても微妙に対応が違うようだが、織田の関税が高いことで納める税から関税を引いた残りしか納めなかったり、理由をつけて安藤さんへの税の支払いを減らしたり拒否した飛び地が多いらしい。
この時代の村って強かで強いからね。将来性がない落ち目の人にいつまでも従うほど従順でも馬鹿でもない。
「攻め滅ぼすったって、どうやって。織田領の通過なんか認めないと思うけど?」
「そうとでも言わねば立場がないのでございます」
素朴な疑問を資清さんに問い掛けるも、資清さんも返事に困っていた。実行できないことでも、せめて怒りを文で示さないとやっていけないんだろう。戦国時代って舐められたら駄目だからね。
美濃守護の話、もう少し早く決まっていれば違ったのかなぁ。
あとあの人、人望もないんだよね。氏家さん、不破さん、稲葉さん。西美濃の有力な国人の皆さん。誰も庇わないんだ。
安藤さんに臣従したほうがいいと指摘する人はいるらしい。とはいえ自分が仲介すると織田家に申し出る人はいない。
岩手さんなんかは、不破さんが仲介したんだけどさ。
遠山景前、美濃岩村城城主。遠山七頭の筆頭。
東美濃の有力国人。
苗木・苗木遠山家。
明智・明智遠山家。














