第二千二百二十五話・津島天王祭の朝
Side:久遠一馬
いよいよ、今日は津島天王祭だ。
孤児院や家臣の子たちが泊っているウチの屋敷は、朝から大賑わいでいいね。昨夜はわくわくして眠れなかったらしく、日が暮れても子供たちの声が聞こえていた。
熱田の花火の日と違い、今日は天気がいい。それも子供たちのテンションが高い理由だろう。
朝食はおにぎりと味噌汁、卵焼きに野菜のサラダなどになる。大量に作ってみんなで食べるんだ。おにぎりは板海苔で包んだものになる。板海苔は伊勢湾沿岸で生産していて今では領民でも買えるが、織田領以外では高級品扱いだ。
この辺りは統治体制の違いが顕著になり、どうしようもないところがある。北畠と六角でさえ、ようやく家中の大多数が納得してくれたが、領民が贅沢をするのをけしからんと怒る人は今でも多い。
質素倹約は大いに結構なんだけどね。飢饉や戦に備えると常日頃から備蓄している人も中にはいる。ただ、そればっかりだと暮らしも経済も文化も上向かないんだ。
正直、織田家の人たちも理解して始めたわけじゃないし。ウチと信秀さんに逆らう気がなく、自分たちの不利益にならないからと反対しなかっただけで。
尾張のように豊かな国にしたいと願う人も、身分が低い者たちは贅沢するなという人が割と多い。まあ、この辺りは経済観念がないと仕方ないんだけど。
尾張でもウチとごく一部だろう。好きに暮らしていいと言っているの。
ウチは慶次のおかげと言ってもいいかもしれない。俸禄とか余るとパッと遊ぶんだ。目立つように。それで他の人も生活水準が上がった。
もともと暮らしに必要な食材とかは、ウチでまとめ買いして配っているしね。ウチの家臣は俸禄を自由に使えるんだ。
ただ、他家はまた違う。
たまに本家や主筋よりも豊かになる人がいる。武芸大会の常連である三河の奥平定国さんとか。そういう人は本家や主筋の体裁を慮って自主的に質素な暮らしをしている。
彼は昨年武芸大会の最難関種目のひとつである剣術部門で優勝したことで、家禄が上がり役職も変わったことで禄が一気に上がった。とはいえ本家である奥平家もまた、東三河の元国人として松平宗家に仕えているので常に控えめに生きている。
ああ、奥平さんの名誉のために言うと、本家との関係は良好だ。家を飛び出すように尾張に来た頃から支援を受けていた影響もあるんだろう。
奥平一族の武芸に優れた者を奥平定国さんが鍛えて、武官として仕えている人も何人かいると聞いている。
なにが言いたいかというと、みんなで豊かになろうという考えが理解出来ないうちは織田家の敵となる者は出ないかもしれないということだ。
「おいちい」
「おにぎりすき!」
うんうん。子供たちが食べている様子はいつ見てもいいなぁ。今日は忙しくなる。オレも今のうちにしっかり食べておこう。
Side:足利義輝
孤児院に行って以来、母上のご機嫌がいい。おみねの絵をよほど気に入ったのだろう。頂いた版画絵を大事に扱い、近江に戻り次第掛け軸にあつらえたいと言うておる。
版画、本来、寺社が経典などを作る際に使う技だとか。その昔大陸から伝わったと聞いたことがある。それを久遠では絵を人々に見せるために使うておる。
母上は不快に思うかと少し案じたが、むしろ喜んでおる。留吉やおみねのような者が市井にまだまだおるかもしれぬ。いや、必ずやおると思うと楽しみに思うのかもしれぬ。
知恵や技も使い方次第。寺社は神仏のため己らの権威のため、ところが久遠は世のため人のために使うてしまう。
それが、久遠の味方を増やす。よくよく知ると恐ろしきことよな。
オレは今日、津島は勝幡城におる。朝の鍛練にと吉岡と手合わせをしておったが、オレ自身が熱くなる前に一息つく。
「お見事でございまする」
世辞かと少し思うが、吉岡もまた相応に疲れを感じておる様子。オレが世辞を好まぬのを察している男故、本心であろうな。
「まだまだだな。師はもとよりそなたにも及ばぬ」
弱くはないと自負するが、今のままではオレは高みに届かぬ。されど、将軍として勤める以上、今以上に武芸を極めんとするは難しきことだ。
「畏れながら、上様の剣はすでにいずこに出ても恥じ入るものではございませぬ」
オレの顔色を見つつ確と進言するか。やはりこの男を警護衆筆頭にしたのは間違いないな。一馬の立場も慮って己が意思をあまり示さぬ新介が、珍しく自ら進言した男に相応しき働きだ。
「かもしれぬな。されど、そなたならば理解しよう? オレは強くありたいのだ。いや、強き者に挑める身でありたいのだ。せめてな」
「上様……」
「案ずるな。己の力量も分からぬほど愚かではない。それはそうと武芸の鍛練は積んでおるか? 余はそなたに武芸大会に出てもらいたいのだ」
身分や立場で望みながらも挑めぬなど、オレだけで十分だ。
「はっ、それは確と……」
「ならばよい。そなたには師のように年老いても挑む者であってほしい。励め」
「ははっ!」
やはり毎年の如く武芸大会本選に勝ち上がるだけの力量がある。一度や二度の手合わせでは勝てず、幾度も挑むとこちらの手の内を理解してさらに勝つのが難しゅうなる。
それ故、鍛練としてはよい相手だ。
Side:吉岡直光
朝の鍛練を終えた上様をお見送りし一息つく。
いかなるわけか、わしは上様の鍛練に呼ばれることが多い。警護衆や奉行衆なども多くおるが、病で静養されておられる時以外は数日に一度は呼ばれておるかもしれぬ。
奇妙な話よ。指南役には任じていただけておらぬというのに、やっておることは指南役に近い。
ただ、鍛練のお相手を務めるに従い、上様を理解した。このお方は武芸者のような資質をお持ちだ。よほど塚原殿に心酔したのであろうな。
「塚原殿か……」
塚原殿が上様にもたらしたのは剣でも生き方でもない。光明だ。あの御仁は武芸一筋に生きつつ、人々の苦しみを察して世を導こうとしておられるのではないのか?
その塚原殿に光明を見せたのは、今巴殿と内匠頭殿だと聞いたことがある。塚原殿は謙虚な御仁故、いずこまでまことのことか分からぬがな。
尾張の光明が内匠頭殿とすると、上様の光明は塚原殿であろう。剣一本で世を動かし光明とならんとは……。
今、世が変わらんとしておる。上様はそれをお望みだ。
守らねばならぬな。この身を晒しても。新たな世には上様のお力がいる。尾張が進もうとされる新たな世を生み出すには、他でもない。あの上様のお力がいるのだ。
幾年も尾張に来て武芸大会に挑んでおるのだ。そのくらいはわしにも分かる。
足利家と尾張が争うことだけはなんとしても避けねばならぬ。南北朝の二の舞いになってしまうであろう。
荷が重いのう。
されど、これが天命かもしれぬ。














