第千二百八十話・宗滴の決断
Side:久遠一馬
夏だ。蝉の声が聞こえる。
「かたじけない」
リリーが冷えた紅茶を出すと、宗滴さんはゆっくりと味わうように飲んだ。
ここは牧場の孤児院と繋がるウチの屋敷だ。オレが宗滴さんを招いた。こういう時、好きなようにやれることには感謝しないといけない。他家の人を個人的に招くとか、誤解を与えかねないのでそうそう出来ないんだよね。
お供は養子の景紀さんと真柄さんのふたり。あとは別室でもてなしている。今日の真柄さんは借りてきた猫のように大人しい。
「教えていただいた育て方で鷹の子が生まれました。こちらで気付いたことを書にまとめました。帰りにお持ちください」
牧場ではリリーが鷹の人工飼育に成功した。宗滴さんに教えていただいたこと以外にも、こちらの知識を合わせた結果だけど。
「さすがと言うべきじゃの」
しんと静まり返っている。こちらはリリーの他にエルと資清さんがいる。にもかかわらず、宗滴さんの存在感にオレたちは飲まれそうになっているとさえ思う。
「内匠助殿、尾張をこの先いかがするおつもりか?」
この尾張訪問が最後になるかもしれない。そう思えばこそ招いたんだけど、どうやら宗滴さんもそれを理解しているようだ。核心に迫ることを宗滴さんから切り出した。
「鷹と同じですよ。育てて大きく立派に致します。リリー、地球儀をお願い」
理解出来るはずだ。宗滴さんならその一言で。
「これは……?」
最後に見せたかった。この世の広さを。リリーが地球儀を持ってくると宗滴さんは理解出来ないようで首を傾げた。
「当家で知る限りのこの世を模した地図の集大成になります。大地と大海、この世の真の姿は丸く球の如き、為ればこそ広大にして無辺なのですよ」
景紀さんと真柄さんがまさかと言いたげな顔をした。ただ、宗滴さんはじっと見ている。
「ここが尾張で、ここが越前……まさか……かように狭いのか?」
現代の地球儀ほどではない。とはいえ世界の広さを知るにはちょうどいいものだろう。宗滴さんの手が微かに震えたような気がした。
「ここが天竺になります。天竺はすでに仏の教えが途絶えていて乱世です。そしてここ、ご存知の明も北方の民族に悩まされている。敵は見えるところだけではないのですよ。私がこうして働いている理由のひとつになります」
斯波と朝倉の因縁を宗滴さんが解決することは難しいだろう。無理をすれば朝倉家は分裂や内乱になる。それは出来ないとオレは見ている。
立場ある人は歳を重ねる毎に抱えるものが増えていく。宗滴さんの場合は、先に亡くなった、かつての主君や同僚たちだろうか。彼らの思いや人生も抱えているはずだ。今いる朝倉家の人たちは宗滴さんにとって、そんな人たちの子や孫たちになる。
多くの人が人生をかけて積み上げてきた今の朝倉を壊すというのは出来ないはずだ。もし、宗滴さんに朝倉を再建する時があれば別かもしれないが。
残りの人生をどうするのか。オレに出来るのは、その選択肢を決める情報を提示することだけだろう。この偉大なる先人に対して。
Side:朝倉宗滴
震えがくる。内匠助殿の目が語っておる。嘘偽りなどないと。
日ノ本はかように小さいのか? 尾張を育てる。それが内匠助殿の天命か。
いかん。このままではいかん。朝倉家は築き上げた栄華ゆえに、根源たる因縁に押しつぶされてしまう。
わしに、わしに今少しの時があれば……。
「難しいですよね。私は己がいなくなっても困らぬように、常に考えています。私如きがいなくなっても誰も困らないかもしれませんけど、それでも困る人もいるかもしれないですから」
見抜かれておる。朝倉の行く末を。案ずるような内匠助殿の言葉にわしは返す言葉がない。跡継ぎは定めた。されどわしは朝倉家にとってあまりに大きゅうなりすぎた。わしが今の朝倉に異を唱えると割れてしまう。
孫九郎は今のままならば不足あるまい。されど、大きに育ち羽ばたく織田と朝倉を上手く繋ぎ、因縁を終わらせることは難しかろう。尾張はすでに国の在り方も違うのだ。
そうか。それ故に内匠助殿は地位と身分を厭い。己の力、その扱いを内匠頭殿に預け、隠そうとするのか。わしのように主家を超える力など害となる故に。
いかがする。この命をこの場で差し出して終わるならば、それも構わぬ。されどわしの命は朝倉の面目そのもの。勝手に差し出すことなど許されぬ。
「内匠助殿、そなたがわしの立場ならばいかがする?」
問うてみとうなった。孫と変わらぬ歳であるこの者らに。このくらいならば、戯言で済ませられる。
「私がですか? ……そうですね。私が宗滴殿ならば越前を出るかもしれません。人に頼られるのは心地よいかもしれませんが、いないならいないなりに、なんとかなるかもしれませんので。それに私はのんびりと暮らすほうが性に合っていますから」
大智殿や慈母殿と顔を見合わせた内匠助殿はしばし考える仕草をして、そう答えてくれた。
……わしがおるから朝倉は変われぬのか。わしが抱えておるものを下す時が来たということか?
「されど、わしの立場でそのような勝手は許されぬ。よき知恵でもない限りはの」
体裁はいかがする? ただ隠居をするというだけでは変わるまい。
「うーん。エル、どう思う?」
「ありきたりですが、病にかかるのが一番かと。旅先で病にかかるとしばらく隠棲して静養しなくてはなりません。そうですね。尾張か、近江か伊勢。都もいいかもしれません。戦も政も残る者たちで考えることになりますので。国許から縋ってくる者を、断腸の思いで遠去けねばならないでしょうし」
退き際か。わしが朝倉から退くべき時が来たということか。織田は一向宗と友誼がある。わしが死した後に加賀一向衆と誼を深めると朝倉は終わってしまう。然れど加賀と織田では相容れぬであろうことは、尾張を見知ったわしには分かるが、朝倉の家中には分かるまい。そのことが悪しきに働くと思えてならぬ。
いずれにせよ、あと一度や二度戦に出たとて大いに状況が変わるわけでもない。ならば朝倉宗滴をわしが自ら終わらせるのも悪うないか。
さらに今ならば数年の時がある。外から朝倉がいかがなるか見届けるということも出来る。因縁も出来うる限り軽うしておかねばならぬしの。
今するべきは一向衆の相手ではない。斯波家との因縁を軽うして朝倉を残すための礎となることじゃ。
「鷹は自ら空を飛ぶからの。朝倉もまた自ら空を飛ばねばならんのかもしれぬ」
わしは、退き際を間違えたのであろうな。いつまでもわしがおる故に、朝倉は世が見えておらぬ。
「なにが正しく、なにが間違っているか。この世の終わりでも来ない限りはわかりませんよ」
さようであるな。今川とて長くは持つまい。さすれば残る因縁の重きところは朝倉だけになってしまう。時が経てば経つほどいかんともしようがなくなる。
こればかりはわしにしか出来ぬことだ。最後の御奉公をするしかあるまいな。
◆◆
天文二十三年、斯波義信の婚礼に出席するために尾張を来訪していた朝倉宗滴を、久遠一馬が牧場村にある屋敷に招いたと『久遠家記』にある。
一馬と宗滴は文をやり取りするほど親交があり、立場や歳を超えた友情があったと思える資料もある。鷹の育成法や健康法などを互いに教えていたという資料もあり、一馬が斯波と朝倉の関係を取り持っていたとも思われる。
宗滴はこのあと体調を崩して清洲で長期静養に入っているが、これが宗滴の仮病であったとの説がある。
特に確証があるわけではないものの、宗滴は一馬から地球儀を見せられ、当時の日ノ本の外の情勢などを聞かされて衝撃を受けたという資料もある。
また、一馬と宗滴は尾張や越前の行く末など話したとの記載があり、宗滴が残りの人生で斯波家との因縁を解消するために尾張に残ったのではと推測をする学者もいる。














