まるでブラック企業の社訓みたいな聖典の一節
6月3回目の更新です。
大神官のジェイガンさんが指摘したナタリーさんの嘘。
そして、唐突に花水さんが呟いた「両親」という単語。
これで僕もようやく理解出来た。
エリックも理解したらしく、震えた声で呟いた。
「ま、まさか、さっきの両親が最近死んだという話は嘘だったということか……?」
ナタリーさんは答えない。
ただ、目を泳がせながら沈黙を守っている。いや、見抜かれると思っていなかったから、どんな言葉を返せばいいのか分からないだけなのかもしれない。
少しの沈黙が続き、
「し、しかし、私の両親が生きている証拠なんてどこにも……」
「証拠か。大神官たる僕が、君のご両親のご冥福をお祈りしようとした時に、祈れなかったと言えば信用してもらえるかな?」
「う、うぐっ……」
そんなやり方があるのか……。神官の二人が納得している様子なのだから、こんな言葉でも立派な証拠になってしまうとは。
(詰めが甘すぎる! そもそも生きてないから接点もクソもない、ひいじいさんとかひいばあさんの葬式を理由にしてちょくちょく休めば、良心も痛まないのに! しかも、老人だから死んでも全然違和感ないし。ほら、まだ働き盛りの両親が突然死んだって言っても、あまり説得力ないじゃん?)
(説得力重視なんですか……)
(確かにわざわざ裏取るような暇なやつなんて殆どいないけどさ、だからこそ直感的にその場で信用させなきゃダメだろ? あと、周りの人間関係が変わらなくても何度か使えるのもアド。両親ってせいぜい二人かそこらでしょ? 祖父母になると四人、その上の世代なら八人だ。使える弾の数が違う)
(家族に対して冷た過ぎませんか?)
(家族のおかげで休めた時はちゃんと感謝しているぞ? なお、休めなかった時は……)
「うぅ……死ね……3分とは言わずに今死ね……!」
ぽつりと、しかし確かにナタリーさんの声が聞こえてきた。
沈黙が広がる。
(……休めなかった時は俺もあんな感じのことを思ったものだ。声には出さなかったが)
「それは私に対しての言葉かね?」
特に怒った様子も見せずにジェイガンが質問する。
その言葉で、ようやく自分の失言に気付いたようだった。
「えっ、そんなことはなくてですね、もちろん自分の親に対しての発言ですよ!」
「そうか。君は自分のご両親に対してそんなことを言う人だったのか……」
今までずっと座っていたジェイガンがようやく立ち上がった。
何歳なのかは知らないが、大神官という肩書きの割には若く見え、背丈も僕とそんなに変わらず、ナタリーさんより少し高い程度に留まっている。
座っている時の方が威厳があるようにも思えた。
「なるほど。確かにそのような思想の持ち主は、君が自認しているように、神官としての素質に欠けるだろう。大神官としても見過ごせるものではない。君はこの仕事を辞めるべきだね」
「そんな……お待ちください! ナタリーはまだ子どもです。子ども特有の反抗期なのではないでしょうか。決断するのは早計過ぎるかと!」
エリックがまだ食い下がっている。しかし、ジェイガンは歯牙にも掛けなかった。
「辞めたいナタリーと辞めさせたい私。ちゃんとマッチングしただろう?」
結論が出たようなので、ナタリーさんが頭を下げた。
「ご理解いただき、誠にありがとうございます」
その一瞬の間にジェイガンが恐ろしい速さで距離を詰めて腕を振り上げた。
何をするつもりなのかは分からなかったが、穏やかな雰囲気でもなかった。
なので、アイテムボックスから剣を取り出して邪魔をする。
僕とジェイガンの距離はそれなりに開いていた。だが、僕には金属を自在に操るスキルが神様から授けられている。この程度の距離なんて関係ない。
「おや。このような武器は初めて見ましたよ。動きはずぶの素人ですが、そんな隠し玉を持っていたとは驚きです」
「それより、さっきナタリーさんに何をするつもりだったのか教えて欲しいですね」
「簡単なことだ。君、定年まで勤めあげた神官を見たこと有るかな?」
「定年まで……ああ、僕の村にもいましたね。優しいご老人でした」
それはよろしい、と一度頷いて、
「では、定年より前に神官を辞めて暮らしている元神官の人間を見たことがあるかな?」
大神官様の質問を受けて、記憶を掘り返してみる。しかし、どれだけ考えてもそんな人に思い当たらなかった。そもそも僕が生まれ育った町自体、かなり人が少なかったので仕方のないことでもあるのだが。
「うーん、言われてみれば、そういう人に遭ったことないですね」
「そうだろう? じゃあ、どうしてそういう人が市井にいないのかということについて思考を巡らせたこともないはずだ。少し時間をあげよう。考えてみたまえ」
親切に言ってくれるが、話の流れ的には考えるまでもない。
「処罰してきた、ってことだな……?」
「処罰とは人聞きの悪いことを言う」
ナタリーさんが口を挟んだ。
「処罰じゃなかったら何だと言うの? 完全に殺す気だったでしょう?」
「簡単なことだ。神様のところで研修して出直してもらう程度のことだよ」
ジェイガンの言葉を聞いて、花水さんが心の中で大爆笑を始めた。
(おいおい、斬新な研修だな。OJTってレベルじゃねぇぞ……)
(OJT? 何ですか、それ?)
(オン・ザ・ジョブ・トレーニングの略で、簡単に言えば仕事を通して仕事を学ぶ……みたいな? それトレーニングじゃなくて仕事じゃね、的な? ていうか逆に仕事以外の何で仕事を学ぶの? ……要するに、仕事の研修の一種だ)
(はあ。じゃあ、今回の場合は……)
(神様のところに行け、ってのはつまり死ねってことだ。んで、研修して出直せ、ってのは生まれ変わって来いってところだろう)
(強引過ぎる……)
ドン引きしていたのは僕たちだけではなくて、神官のナタリーさんもエリックも困惑したような表情を浮かべている。
「だ、大神官様。お言葉ですが、そこまでする必要はないかと……それに、そのような風習は私も聞いたことがありません」
「君たちが知らないのも無理はない。秘事口伝ってやつで、人事権を持つ大神官にだけに代々言い伝えられてきた事だからね。それに、そもそも定年になる前に辞職したいと思うような神官はいない、という前提があるから、基本的に教える必要もなかっただけさ」
「そ、それは……確かに、神官歴はそれなりにありますが、ナタリー以外には辞めたいと思っている神官を見た事なかったですね。で、ですが、それにしたってこの仕打ちはやり過ぎかと」
「何を言う。神官に赦されるのは職を勤め上げることか、職に殉じることだけだ……これは神官採用試験や研修、日々の朝礼でも繰り返し教わってきたことだろう?」
ナタリーが渋い顔で呟く。
「【神を信ずる者、途中で責務を投げ出すことなかれ。神は汝らの働きを見ている。勤勉に働き、神に奉仕せよ】……聖典の一節ですね」
久々に聞いた言葉だったので、懐かしい気分になった。
「あー、そういうのあったなぁ。昔学校で何回も言わされたような気がする。皆よく覚えてるね。神官って感じだ……」
「そこで感心するのね、アウルム君……」
僕たちの会話にジェイガンが深く頷き、
「そういうわけだ。神官は殉職や病死を除けば離職率ゼロということも謳っているのでね、看板に偽りなしということを見せてあげよう」
ジェイガンがどこかから取り出した細い剣を緩く構えると、ナタリーも懐に忍ばせていたナイフを取り出した。
それにつられて、僕もエリックも得物を構えた。
次回もよろしくお願い致します。