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偽善悪  作者: 傘花
13.悔悟
105/211

13(9)

小説紹介PVをTikTok、YouTube、Instagramにて公開中


TiktTok:@kasa_hana


Instagram:kasahana_tosho


YouTube: https://youtube.com/playlist?list=PLt3PQbuw-r8O9HSlBuZ3glNfnbs2-4Al2

 座り込んだまま、相良田正臣は「あーあ」と呟く。「最悪だよ…じゃあ何だよ。俺はこれからずっと、こうやっていつ殺されるかもわかんねぇ中で生きろってことかよ。ふざけんなよ」


 悪態を付きながら、けれどそんな相良田正臣の言葉には力が込められていなくて、上辺だけのもののようにも思えた。まるで、あえて自分が悪人に見えるように発言しているかのようだ。


 この男は自分の過去を悔いたことがあるのだろうか。自分がいくつもの人生を狂わせたという自覚が、そこにはあるのだろうか。


 全くないのであれば、きっと20年も前のことをいつまでも覚えてはいられないだろう。消し去りたい過去であれば尚更。だとしたらバーで行われていた一連の事態はこの男にとって決して忘れ去られた過去ではなくて、今でもその脳裏にこべりついて剥がれない呪縛なのかもしれない。


 相良田正臣が顔を上げる。真剣な視線で酒井を見つめて、そして口を開く。「犯人、さっさと捕まえてくれませんかね。刑事さん」


 乱れた襟を整える。相良田正臣に背を向けて、窓から外の景色を眺める。


 今まさに夕日が沈もうとしている。柔らかな光を放つそれは、本来であれば見る者の心を穏やかにしてくれるだろうに、今はただ眩しくて目を逸らしたくなる。


 田崎詩乃が誘拐されたのは、丁度こんな淡い光が街を照らしていた時だっただろう。


「お前が今抱いているその恐怖は、被害者の子ども達が20年もの間抱え続けてきた恐怖だ」


 そして、田崎詩乃が抱きたくてももう二度と抱くことなどできない想い。


 相良田正臣は何も言わない。振り返ると、彼はまだ酒井の方をじっと見つめている。


 20年間、一体どんな思いでこの男は生きてきたのか。そんなことを想像するのも馬鹿馬鹿しい。けれど結局この男も、不条理に飲み込まれて、そこから抜け出せなくなった人間の1人なのだと思う。


「大人になって、父親の気持ちがわかったと言ったな。暴力を振るう側の人間の気持ちがわかったと。でもお前は、それ以前に暴力を振るわれていた側の人間だったんじゃないのか。殴られて、痛くて、哀しくて、逃げ出したくても逃げ出せない子どもだったんじゃないのか」


 過去に囚われ先へ進めない者達がいる。壮絶な過去に人生を狂わされた者達がいる。そんな者達の悲痛な叫びを蔑ろにして良い理由などない。


 例えそれが、殺人事件の犯人だとしても。


 過去を認める事は、未来へと生きていくために必要なことだ。


「子ども達の痛みは、お前自身が一番良く理解しているはずだ」


 相良田正臣の感情の見えない瞳がゆっくりと一度瞬きをする。


 一連の事態について何一つ理解できていないような視線には到底見えなかった。だとしたら、やはりこの男の中にはあるのだ。悔悟の念、そうやって這いつくばってまで生きて積み上げてきた人生への虚無感。


 相良田正臣は、もうその重荷を下ろしたがっている。


 もう二度と同じ過ちを犯さないために、誰にも犯させないために、隠され続けた真実を白日の元に晒す時が、もう目の前にまで迫ってきている。


「相良田、俺は」息を吐く。ずっと体の奥底に沈んでいた多くの思いが、息とともに外へ流れ出て行く。「こんなクソみたいな因果のせいで、自分の部下を人殺しにはしたくねぇんだよ」


 救急車とパトカーが、マンションの手前で止まる。中から何人もの人が出てきて、やがてインターホンが部屋中に鳴り響く。


 覗き込むようにマンションの下を見下ろすと、パトカーから出てきた土居がズボンのポケットに手を入れたまま、こちらを見上げていた。


「んなもん、知ったこっちゃねぇよ」


 呟くように、相良田正臣はそう言った。


 四方が部屋に戻ってくる。彼の後続いて救急隊員や警察官がリビングにやってきて、静かだった辺りは一気に騒がしくなる。息つく間もなく相良田正臣は部屋の外へと連れ出されてしまって、その瞬間、ずっと張り詰めていた空気から漸く解放されたかのような気分になる。


「犯人、さっさと捕まえてくれませんかね。刑事さん、ね」


 先程、相良田正臣が言っていた言葉を思い出すと、四方が「何ですって?」と首を傾げる。


「いや、相良田はずっと、誰かに捕まえて欲しかったのかもなって思っただけだ」

「はぁ。一体、何の罪で?」

「そうだな。それが問題だ」


 相良田正臣は、今の刑法では罪に問えないかもしれない。今でこそ殺人罪における時効は撤廃されたが、20年も前の殺人事件はもう時効を迎え、それどころか既に犯人は逮捕され、事件は終わったものとして処理されている。


 本当に裁かれるべき者が裁かれないのであれば、自らの手で裁くしかない。そう考えるしか自らの心を保っていられない感情を、酒井自身が痛いほど理解できる。


 けれど死んでしまったら、殺されてしまったら、もう二度と罪など償えない。自分のしたことが如何に愚かで、浅はかだったのか、犯人に教えることすらできない。そう思えば、やはり自分がずっと抱えていた思いは間違いで、朝倉が今からしようとしていることも全くの間違いなのだと知る。

次回投稿は7/17(水)

を予定しております。

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