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偽善悪  作者: 傘花
13.悔悟
104/211

13(8)

小説紹介PVをTikTok、YouTube、Instagramにて公開中


TiktTok:@kasa_hana


Instagram:kasahana_tosho


YouTube: https://youtube.com/playlist?list=PLt3PQbuw-r8O9HSlBuZ3glNfnbs2-4Al2

 そんな異常な空間が当たり前に目の前にあることを想像する。眉を顰めると、相良田正臣は下らないとでも言うように鼻で笑う。


 有象無象の中で生きてきたこの男にとっては、バーで繰り広げられていたものは日常の一部だ。だから、異常だと頭ではわかっていても、そんな感覚はいつ日か麻痺していく。


 それは酒井だって同じだ。多くの人間にとって、人が人を殺すような世界は当たり前ではない。けれどそれが自分のような刑事にとっては当たり前で、日常だ。


「あんなガキにちんこは立たなかったけど、酔払えば酔っ払う程、昔の事を思い出した。泣けば泣く程、親父にぶん殴られた思い出」


 毎日、誰かが誰かを殺している。強い恨みやとち狂った欲で誰かが死んでいく様を目の当たりにしている。


 今、目の前で起きている事の方が異常なのだと、おかしいのはお前のその日常なのだと、そう誰かに引っ張り上げてもらえなければ、延々とその底なし沼に沈んでいく。


 それは、かつての酒井と同じだ。麗子の復讐が酒井にとっての生きる意味で、全てだった。刑事として人が殺し殺される世界で生き続けることは、そんな復讐心をより強いものへと変えていった。


 それがおかしい事なのだと踏み止まれたのは、亡き婚約者の強い意志が、同僚の言葉が、その一線を越えてしまった部下の姿があったからだ。


「ガキの泣き声って、びーびー煩いだろ?あぁ、これはぶん殴りたくなるわって、大きくなってようやく親父の気持ちがわかったよ。でもぶん殴ればぶん殴る程もっとびーびー泣くから、こっちも歯止めが効かなくなるんだ」


 どこかの放送局のお偉いさんがその小さな体を恥辱する。その横で、相良田正臣がその小さな体に暴力を振るう。そんな空間でやがて自分をも勃起し始めると、お偉いさんは歪んだ笑顔で相良田正臣を褒め称える。『君、最高に異常だね』


「…あの子もずっと泣いてたなぁ…酔っ払ってて、あんまり記憶にねぇけど。ぶん殴ってる間にイキそうになって、そんで…」


 何かを思い出すように、相良田正臣は空虚を見つめたまま押し黙る。


 やがて、酒井の胸倉を掴んでいた相良田正臣の手がだらんと下に落ちる。そのまま力が抜けたように床に座り込んだ彼は、大きな溜息をついた。


 田崎詩乃の死因を思い出す。外傷性ショック。警察の捜査記録の通り、峰村帝が犯人で彼が持っていたナイフが凶器であったならば、刺殺による出血性ショック死が死因となるだろう。けれど実際は、全身を繰り返し暴行されたことによる外傷性ショック死。


 この男がどれ程犯行に関わっていたのか、もうそれを知る術はこの男にしかない。相良田正臣が田崎詩乃の死因に直接的に関与していたかどうかなど、もう証明しようがない。


 遠くの方で、パトカーと救急車の音が聞こえてくる。この男を尋問できる時間の終わりが近づいて来ている。


「殺害された被害者達とは、20年前の事件以降もよく会っていたのか」


 相良田正臣の頭頂部を眺めながら、酒井は尋ねる。


 真実がわかったところで、警察が20年前の事件を掘り返すことはない。酒井の報告はきっと全てなかったことにされる。相良田正臣は一連の事件の被害者でしかなくて、決して加害者として裁かれることはない。


 だとしてもこの男の知る真実は、埋もれたままにしてはいけない。朝倉が生きるこの先の未来のために、田崎詩乃のような被害者をこの先に生み出さないために。


「…百瀬センセーとは、8年くらい前までは度々連絡を取ってたよ。でもあれば、俺が余計なことを言わないように圧力をかけていただけだろうな。あの時の俺は、17や18そこそこのただのガキだったし。益枝さんや矢野さんは、事件以来会ってない。最近テレビに良く出てきていたから、何でこいつら、平気な顔してテレビで笑ってられるんだって思ったけどな。まぁ、それは俺も同じか」

「百瀬から連絡が来たのは、8年ぶりだったと」

「益枝事件がテレビで話題になってから、何となく嫌な予感はしてたんだ。そんで、矢野さんが殺されたって聞いて確定。すぐに百瀬センセーに連絡した。センセーはセンセーで、矢野さんが殺される当日に連絡を取ってたみたいで、予告状が来たらしいとか薔薇の花束が何だとか言ってたな」

「それで、俺がお前に声をかけたあの日、ホテルのカフェで百瀬と会ってたんだな」

「センセーも、警察にマークされてるならもうちょっと慎重に動けよな」

「益枝や矢野との関係は20年前の事件以降一切無かった」

「そんな気軽に連絡なんて取れるかよ。そもそもあの事件以来、バーも潰れて店主も死んじまったから、本名も知らねぇ奴らと会う理由がなかった」


 スペードのジャックやダイヤのエースといった異名は、利用客のプライバシーを守る意味もあったのだろう。けれどその者達がテレビやラジオで良く聞く有名人にでもなれば、嫌でも素性を知る事になる。


「でもまぁ、矢野さんに至っては、また似たようなクラブに通ってるって話が風の噂で流れてきたけどな。俺もセンセーもまた厄介事を起こせば次こそは本当にムショ行きだなって話していたのに、元気なちんこだよな」


 思い返せば、矢野崇の遺体だけ損壊が度を超えていた。益枝宗幸や百瀬武志の遺体は派手に殺されているとは言え着衣は乱れていなくて、当然ズボンも履いていた。一方で、矢野崇の遺体は情事の最中の殺害とも思わせる。


 矢野崇の全く改心していないと思われる行動に犯人が憤怒した故か、それともこの後に及んで犯人を押し倒そうとでもしたが故か。


 どちらであろうと碌でもない。

次回投稿は7/14(日)

を予定しております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 朝倉さんが幸せに暮らせますように…。
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