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ご近所付き合いはしないでください  作者: 竹間単
■第一章  Aマンション・201号室

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4/9

●4


「事故物件の漫画か。僕の作風と合わないこともないかも」


 あのあと他の出版社にも漫画原稿の持ち込みをしたけど、良い返事はもらえなかった。今の僕の漫画では紙面に載せることは難しいらしい。それぞれにアドバイスをもらえたことはプラスだけど、一所懸命に描いた原稿だっただけに残念だ。

 それでもそこまで落ち込んでいないのは、次に描く漫画の方向性が決まったからかもしれない。

 ただし。


「特にネタになりそうなことは起こってないんだよなあ。本当に幽霊が人見知りなだけだったらいいけど、このまま何も無かったらネタにならないよなあ」


 そう、僕が事故物件に住んで一週間が経つけど、これと言って何も起こっていないのだ。幽霊を視たこともなければ、ポルターガイスト現象の一つも起こっていない。


「やっぱり屋上から飛び降りたから、幽霊が出るとしても屋上に出るんじゃないかな。カギが掛けられてて屋上に行けないのが残念だよなあ」


 もし屋上に行けるなら、深夜に屋上で幽霊を待ってみることもやぶさかではないのだけど。


「まあ何も起こらなかったら起こらなかったで、安くて良い物件に入居出来たってことだから、喜ばしくはあるけどね」


 だけどその場合は事故物件とは別に、漫画のネタになる何かを見つけないといけない。

 それを思うと、漫画家志望としては心霊現象が起こってくれた方が嬉しい気もする。

 そんなことを考えながら201と書かれたポストを開け、中に入っていたチラシやら何やらを取り出して部屋へと向かう。


「……って、あれ」


 部屋の前に着くと、またしてもドアの上に「野々木」の文字が掲げられていた。


「絶対に表札を取ったはず。それなのにどうして」


 これは心霊現象……ではないだろう。幽霊が紙にペンで字を書いて表札に入れるなんて聞いたことがない。だからこれは絶対に人間の誰かがやっている。目的はまったく分からないけど。


「嫌がらせ? それとも前居住者が亡くなったことを知らない住人が善意でやってる?」


 僕は不動産屋の男の話に従って近所に引っ越しの挨拶をしていないから、僕が引っ越してきたことを知らない住人は多い気がする。だからここにまだ前住居者が住んでいると思っている人がいても不思議ではない。

 だけど……自分の住むマンションで飛び降り自殺が起こったのに、そのことを知らずにいられるものなのだろうか。

 救急車が来ただろうし、事件性が無いか警察が住人に事情聴取をするような気もする。

 ……これまで住んでいるマンションで飛び降り自殺が起こった経験なんてないから想像でしかないけど。

 ぼーっとしながら部屋の中に入り、手に持っていたチラシを確認する。ほとんどがどうでもいいチラシだったけど、一枚だけは読むべき手紙だった。手紙には赤字で「ゴミ出しについてのお知らせ」と書かれている。


「マンション内の住人に対する注意喚起か。ゴミ出しは曜日を守れってやつ。こういうのって不動産屋が出してるのかな。それともマンションで暮らしてる誰かが作ってる?」


 手紙をよく見たことで、おかしな点に気付いた。赤字にばかり気を取られていたけど、その手紙の一番上には。


「『野々木様』って書かれてる。この手紙は僕が入居したことを知らない住人が書いたってこと?」


 ……どうだろう。

 以前会ったあのおばあさんのような人なら、そういう勘違いを起こしていても不思議ではない。しかしこの手紙はパソコンで出力されている。あの少しボケていそうなおばあさんが作ったものとはとても思えない。


「もしこの手紙や、何度取っても付けられる表札がヤバイ人の仕業だとしたら……これはネタになる」


 嫌がらせを受けているのかもしれないのに、自然と笑みがこぼれる。


「ホラーって幽霊の話だけじゃないよな。ヒトコワだって十分ホラーだ」


 この件について描いたら、面白い漫画になるかもしれない。ネタが向こうから飛び込んできたようなものだ。

 だけど受け身でいるだけでは不十分だ。こちらからも動かないと。


「そもそも、自殺をした『野々木』ってどんな人だったんだろう。あのおばあさんが勘違いをしたってことは、僕と年齢とか背格好が似てたのかな」


 果たしてこのマンションの住所と野々木という苗字だけで個人に辿り着けるものだろうか。


「ノノギダイチって言ってたよな、あのおばあさん。ノノギは手紙や表札に書かれてた『野々木』だろうけど、ダイチはどういう漢字だろう。考えられるのは……いや、待てよ」


 野々木は飛び降り自殺をしたのだ。記事になっていてもおかしくない。


「……あー、名前までは公表されてないか。こういうのって遺族の許可が必要なのかな」


 ネットの海を漂ってみたものの、飛び降り自殺の記事は出てきたけど名前までは見つからなかった。書かれていたのは自殺をした人物が大学生であることと二十歳という年齢だけ。


「それならSNSだ。大学生なら絶対にうわさになってるはず」


 SNSで「野々木、自殺、学生」で調べてみると、ヒットするものが何件かあった。そしてその呟きをしているアカウントを確認し、大学を特定した。そして大学名と野々木で検索をかける。


「……あった。彼のフルネームは、野々木大地だ」




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