↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご近所付き合いはしないでください  作者: 竹間単
■第一章  Aマンション・201号室

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/10

●3


「あのね、吉岡君。キミは絵はまあまあ上手いんだが、話がまったくダメだね。先が読めすぎる」


 提出した漫画原稿を読んだ編集者は、開口一番そう言った。


「先が読める、ですか」


「うん。と言っても、先が読めても面白い漫画はいくらでもあるよ? バトル漫画なんかは主人公が勝つことが分かりきっているが、それでも面白い。しかしキミの作風はそういう系統じゃない。絵も臨場感のあるタイプじゃないしね」


 自身の絵が大手少年誌向きではないことは分かっている。過去にはそういう系統の漫画も描いてみたけど、あまりにも向いてなさすぎて描くことをやめた。

 しかし少年漫画に向いていない画風が、少年漫画に劣っているとは思わない。ただの画風の違いだ。少年漫画には少年漫画の、青年漫画には青年漫画の、少女漫画には少女漫画の良さがある。ちなみに少女漫画にもチャレンジしたことがあるけど、少年漫画以上に向いていなかった。僕は少女漫画を読んで育ったわけではないから、それも当然なのかもしれないけど。


「僕の画風に合ってるのは、お仕事モノとかですよね?」


 僕の言葉に編集者は頷いた。


「そうだね、そっち系統の漫画を描くのが良いと思う。いわゆる、友情・努力・勝利、ではない漫画だね。そういう意味ではうちの雑誌はキミ向きと言えると思う。だがキミの漫画を載せることは出来ないよ。あまりにも力不足だ」


「ストーリーが弱いから、ですか」


「そう。キミの描く話は、キミにしか描けない物語じゃない」


 僕にしか描けない物語じゃない。

 ……あまりにも耳の痛い話だ。


「ありきたりな話でも表現力で押し切れるなら良いが、君にその力は無い。今の状態で戦うなら、ストーリーを面白くするしかないだろうね。もちろん面白いストーリーに、漫画としての表現力が乗ることが一番良いがね」


「……どうやったら面白い話が描けるようになりますか?」


「それが分かったら、世の中の漫画家志望は全員、漫画家になれているだろうさ!」


 編集者がからからと笑う。そしてひとしきり笑った後で、真剣な顔に戻る。


「言えるとしたら、答えは一つではなく人によって違う、ということくらいかな。何百もの作品に触れることで面白さを手に入れる者もいれば、実際に面白い体験をすることで漫画にそれを組み込めるようになる者もいる」


「面白い体験……」


 バトル漫画を描く漫画家先生が実際に戦ったことがあるとは思わないけど、リアル路線の漫画を描くなら体験談を入れ込んだ方が面白くなる理屈は分かる。ただの想像を並べ続けるよりも説得力がある。

 リアル路線の話を描く漫画家先生は漫画を描くにあたって取材もしているのだろうけど、誰かに聞いた話よりも、自身で体験して感じたことやそのときの空気感を描写した方が完成度は上がる気がする。

 とはいえ個人で経験できることには限度があるから、必ずしも描きたい題材を体験できるとは限らない。

 だからこそ体験した者の描いた話が「その人にしか描けない物語」になるのだろう。


「僕にしか描けない物語……僕にしかできない体験……」


「キミは、他人のしていないだろう体験をしたことはあるかい?」


 頭を悩ませる僕に編集者が質問を投げかけた。しかしこれまでの人生でそんな特殊な体験をしたことがあっただろうか。普通の高校に通っていたし、入っていた部活は漫画研究会だ。そんな漫画家志望はごまんといる。

 高校を卒業してからは、漫画を描きつつ、漫画家先生のアシスタントとしてアルバイト料をもらっている。これも多くの漫画家志望が通る道だ。珍しいことなど何も無い。

 それ以外で変わっていることと言えば……そうだ!


「今、事故物件に住んでるんです、僕」


「へえ、いいじゃないか! もう幽霊は視た!?」


 事故物件に編集者が食いついた。そういえばここの出版社の出す雑誌にはホラー漫画も載っていたっけ。


「まだ視てません。数日前に引っ越したばかりですから」


「引っ越したてだと会えないのか。むむむ。幽霊は人見知りをするということかな?」


 編集者が今日一番の目の輝きを見せた。

 単にこの編集者がホラー好きなだけかもしれないけど、もしかするとホラーを描く漫画家には需要があるのかもしれない。後者だとしたら、こんなにラッキーなことはない。なにせ今の僕は、現在進行形で事故物件に住んでいるのだから。


「幽霊のことはよく分かりませんけど……いいですね、人見知りをする幽霊。ちょっと幽霊について調べてみます!」


「新作が描けたら、また持っておいで。事故物件に住む漫画家の体験談漫画なら、こっちとしても売り出しやすいからね。多少ありきたりな展開でも、そのときの心情や恐怖を表現すれば、今よりはずっと良いものが描けると思うよ」


「はい! 頑張ります!」


 次に描く漫画の方向性が見えてきた僕は、元気よく返事をした。僕の返事に、編集者は満足そうな顔で立ち上がった。


「実際に当事者として体験をすることで、漫画家として得るものがある。体験の詳細だけではなく、体験を通して自身の心の変化も学べるんだ。面白いよ、人間の心は。漫画家志望の人たちは漫画を描くことばかりに気を取られているが、もちろん漫画を描くことも大事なのは間違いないが、もっといろんな体験をするべきなんだ。そのことに気付けたことが、きっとキミの財産になる。頑張りなよ」


 僕は編集者に深々とお辞儀をすると、出版社をあとにした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。