●12
「これは……」
吉岡の部屋には、紙が散乱していた。足の踏み場も無いほどに。
散乱しているのが紙のため、汚いとか臭いとかそういう感じではないが、それにしても足の踏み場が無い。
「散らかっててすみません。片付けてもすぐに散らかっちゃうんですよね」
吉岡は慣れた様子で部屋を歩きながら紙を拾っていった。
「散らかっちゃう? 吉岡さんって、もしかして片付けられない人ですか?」
「そうではなくて。寝てたり留守にしてる間にめちゃくちゃにされちゃうんです。カギは掛かったままだし、何かが盗まれてるわけでもないから、人間の仕業じゃないと思うんですけど……」
心霊現象の一つとして、紙が散乱するということだろうか。
……意外と心にダメージの入る心霊現象だ。片付けても片付けても散らかされるのは、なかなかにキツイ。
人間は自身の行動が無駄だったと判明した瞬間に、心が折れると言う。一所懸命に片付けたのに寝ている間に片付ける前と同じように散らかされたら、片付ける気力が無くなってしまう。そしてそのうちに片付けることを諦めてしまう。すると汚部屋に住むことを余儀なくされる。汚部屋に住むことは、それを気にしない人間でもない限り、気持ちの良いものではないはずだ。
「失礼ですが、吉岡さんはどうしてこの部屋に住み続けてるんですか? 悪夢を見たり、部屋を荒らされたり、そんな明確な心霊現象が起こったら普通は出て行くと思いますが」
「実は僕、漫画家になりたくて。事故物件に住んでみた!みたいな漫画を描こうと思ってるんです」
言われて見てみると、吉岡が拾っている紙には文字とイラストが描かれている。実物は初めて見たが、これが漫画原稿なのだろう。
吉岡が事故物件に住み続けている理由も分かった。事故物件はホラー漫画の題材としては、定番かつ安定して面白い。私個人の見解だが。
しかし。
「確かに事故物件に住む当事者の描いたホラー漫画なら話題性があるかもしれませんが……自分の健康と引き換えにするのはどうなんでしょうね」
私は吉岡のやつれにやつれた姿を見ながら言った。
喫茶店で吉岡と会ったのは二週間前くらいだろうか。今日会った瞬間も思ったが、人は二週間でここまでやつれるものなのかと驚くほどに、今の吉岡はやつれている。
「夢を叶えた漫画家は、命を削って創造してたと聞きますから」
それは寝る間も惜しんで漫画を描いたという意味だろう。幽霊に翻弄されている今の吉岡とは明らかに状況が違う。
「これは無駄に命を削ってるだけだと思いますよ。吉岡さんはこの部屋を出た方が……」
「もう十分だわ。千奈津ちゃん、帰るわよ」
私が言い終わる前に、幸子おばさんが私の腕を引いた。
「えっ!? 結局、幽霊は居たんですか!?」
急な展開に驚きながら吉岡が質問をした。
これに幸子おばさんが首を横に振る。
「申し訳ないけれど、あたしには視えないわ。さあ、行くわよ」
「あっ、えっと!?」
吉岡が困惑した様子で目をぱちくりとさせる。
同じく困惑している私の頭に手を置いた幸子おばさんは、私の頭を下げさせながら自身も吉岡に向かって頭を下げた。
「せっかくお時間を取ってもらったのに、何も力になれなくてごめんなさいね」
「い、いえ。お忙しい中、本日はお越しいただきありがとうございました」
「こちらこそ家を見せてくださってありがとうございました。それではお元気で……きちんと寝てくださいね?」
私はそう言い残すと、幸子おばさんとともにマンションをあとにした。
マンションを出てからも、幸子おばさんは私の腕を引いたままグイグイと進んでいく。
「ねえ、どうしたの!? 幸子おばさん!」
「話は家に帰ってからするわ。今日は千奈津ちゃんの家に泊まって行ってもいいのよね?」
「それはいいけど……」
私は幸子おばさんの様子が気になったものの、何を聞いても幸子おばさんは教えてくれなかった。
その代わりのつもりなのか何なのか、駅に着くまで幸子おばさんは最近気に入っているスイーツの話をしてくれた。そのスイーツを今度私にもご馳走してくれるらしい。
そういった幽霊とはまったく関係のない話をしながら私の自宅までやってきた幸子おばさんは、周囲を気にしながら私の部屋へと上がった。
* * *
「何から話そうかしらね」
私の家で落ち着いたところで、幸子おばさんが深い溜息を吐いた。
「何からって、なあに?」
「実はね、あのマンションには二体の幽霊が居たのよ」
「そうだったんだ!? じゃあ吉岡さんに教えてあげないと」
私がスマートフォンを操作しようとすると、スマートフォンを持つ腕を幸子おばさんに押さえつけられた。
「待ちなさい、千奈津ちゃん。約束通り、彼のアカウントはブロックしてちょうだい」
「それなら幽霊のことを伝えてから」
「伝えちゃダメ」
「どうして?」
私の疑問に、幸子おばさんは首を横に振った。
「順番に話してあげるから、とりあえずブロックしなさい」
「……分かった」
もともとそういう約束で幸子おばさんに吉岡のマンションまでついて来てもらったわけだから、これを断るのは不誠実だろう。
私は吉岡のアカウントをブロックすると、その画面を幸子おばさんに見せつけた。
幸子おばさんは安堵した顔をした後、事故物件をめぐる、自身の見解について話してくれた。




