【1on1】詰められるアシスタント
あのあとから、俺の優先順位は「なるべくジョセフに怒られないようにしつつサボる」に徹するようになった。
オオタさんとミキさんが嬉々として、"サボりの極意"を教えてくれた。
例えば、ジョセフ現世時間の朝、昼、夜にオフィスにやって来るので、その1時間前後だけ対象者をモニターすればいい。
ジョセフが聞いてくることは「対象者の行動」と「なぜ対象者がそのような行動をとっていると思うのか」、これは相当的外れなことを言わなければ対処できるので、ざっくりと【基礎資料】の【現在】を見ておけば答えられる。【過去】と【未来】は無視。分からない時は…。
「ノイズで分かりませんでした。」
こう言えばジョセフは「そうか、」とだけ言ってそれ以上は言及しなかった。
神崎がトラウマになっていないかだけ、唯一心配だったが大丈夫だった。
【現在】のページには「現在、異文化に対しての抵抗感あり」とは書いてあったが、ちゃんと電車に乗れてるし毎日の仕事もこなしている。
ジョセフさえいなくなれば、あとは茶菓子タイム。
オオタさんからもミキさんからも、可愛がられた。
...まあ、俺がジョセフに詰められた時に、真っ先に2人が逃げたことを忘れてはないけどね。
でもこの狭い空間で、関係悪くなるのもね。
俺も平和、神崎も平和。
そんなある日。
神崎が寝たタイミングで顔を上げると、オオタさんもミキさんも、香水おじさん、キーさんも全員オフィスからいなくなっていた。
「みんな、どこに行ったんだ?」
「ほら、お盆だから。みんな自分たちの家に帰ってたり、天国にいる親族たちに会ってるんだよ。」
「わ、びっくりした。」
ヌッと奥の方からキーさんが、両手にお皿を持ちながらこちらに歩いて来た。
「へ~~....あれ、俺は?」
「君は記憶がないだろう?記憶がない人は、戻らないんだ。」
「あ、なるほど...あれ、キーさんは?」
「僕はいかないよ。」
「...いろいろあるから?」
「そうそう、いろいろとね。今日は特別に豆腐ハンバーグ作ってみたんだ。一緒に食べよう。」
「お!あざす!やったぜ~。」
テーブルには肉の塊っぽいものと、添え物野菜が乗っけられたお皿。デミグラスソース的なものは当然ないけど、これだけでもごちそうだ。
俺とキーさんは横並びになって、ハンバーグを食べ始めた。
うーーーーー、肉…じゃないけど、肉に近い何かを食べれるだけでありがてえ。
しばらく黙々と食事をした後、キーさんが話しかけて来た。
「君のクラスメイトの毎日はどうだい?ノイズが多かったりするかい?」
「あ~~~~~、どうだろ。前と変わらない…かな。」
「前よりちゃんと聞いてないんだろう?あの2人から悪知恵を入れられちゃって。」
「へへっ、まあ、あの鬼と真剣にやってられないっすよ。それに、あいつ気付いてないですよ。」
「ん~、クラスメイトの子を社長にする話はどうなったんだい?」
「いや〜あそこから、社長は無理っすよ無理無理!まあ、なるべく俺も神崎も平穏に生きていくように緩くいきますわ。お、うま。」
キーさんが作った添え物野菜は、味付けがないのに不思議と歯応えと味があって美味かった。本当にハンバーグ食べてるみたいだ。
「教官はね、ここに来て数か月のアシスタントの浅い知識で決してごまかされるような人じゃないんだよ。君はうまくやれていると思うかもしれないが...サボる君に呆れて何も言えてないだけだよ。」
キーさんはいつも通り、普通のトーンだった。
でも、ジョセフがキレた時…いやそれ以上に空気が締まる感じがした。
ああ…、と俺は納得した。
キーさんはこれを俺に今言うつもりだったんだ。
俺に説教するために、2人だけの場を狙って。
こんな美味い料理で俺を釣って、いい雰囲気にして。
俺はキーさんとの間に流れる沈黙が嫌で、ちょっと大袈裟に箸とお皿を鳴らしながら食べる。
「俺、別に好きでこの仕事を始めたんじゃないです。ただ、よく分からないまま、このまま地獄に行くかもって言われてそれを回避するために守護霊になって...。」
「クラスメイトの人生を、良くすると決めたのは君だろう?教官が指示したかい?」
「でも、今のままでも神崎の人生は平穏ですよ。」
キーさんはふむ。と少し考えた後に、再びトーンを変えず、でも真剣な顔でこう言った。
「さっき僕はノイズのことを聞いただろう?ノイズは仏教でいうところの五濁といってね。対象者の精神が乱れてるから起こってるんだ。」
「んあー、まあ、あんなに会社で小言を言われまくってたらそりゃ精神乱れますよね。」
「普通、あそこまでノイズは入らないよ。」
「……え?」
キーさんは、やっぱり教官は説明してないか、と呟いた。
「見ていると、対象者の1日の3、4割はノイズが入ってるだろう。それほど君の対象者は、精神が危ういんだよ。」
「で、でも、神崎は普通に毎日仕事行ったり、友達と会ったりしてますよ。めっちゃ元気そうです。」
「人って、突然精神が壊れるわけじゃないよ。小さな積み重ねの結果だ。」
居た堪れなくなり、俺は残りのブロッコリーとじゃがいもを一気に口の中に突っ込み、大して噛まずに飲み込んだ。
「…ごちそうさま。ありがとうキーさん。皿洗いするよ。」
早く、この雰囲気を終わらせたかった。
俺は逃げるように給湯室に入っていく。
俺はキーさんの言葉をかき消すように、今度はわざと乱暴に皿を洗う。
洗剤なんてない、水と古い布で、ゴシゴシと洗うのは少し気が逸れるかと思った。
キーさんはマイペースにゆっくり俺について来た。
「君は、このままクラスメイトの人生と精神が壊れていくのを眺めるのかい?」
「いや~...俺にはどうしようもできなくないっすか?」
「それをどうにかするのが、守護霊の仕事だよ。」
「~~~~~あ~~~~~~~もう!!キーさんやめてくれよ~~~!!正論で俺を責めないでくれよ~~~~!!」
俺はでかい図体で、情けなく地団駄を踏んだ。俺の2/3くらいの慎重しかない華奢なキーさんは全く動じてない。
「だってさ~~~~~俺が頑張ったって、ジョセフはボロッカスに言うだけじゃないっすか~~~~~!!俺だけじゃなくてオオタさんも、ミキさんも同じじゃないですか~~~~~~!!新入りだからって俺だけ責めないでくれよ~~~~~!!」
「別に責めたいわけじゃないんだよ。ただ、君にはまだチャンスがあるから、それを不意にしてほしくないんだよ。」
キーさんはいつも以上に優しく、俺にそう言った。まるで駄々をこねる孫を慰めるおじいちゃんだ。
「でもさ~~~~~~、あいつ、何を言ってもマニュアルを読め、だけじゃないっすかあ~~~~~~!!!あんなよく分かんねー言葉ばっかり並べたマニュアル誰も読めね~し!!」
ここまで言ったところで、キーさんはおや?呟いた。
「あれ、教官は君に動画マニュアルの存在は教えていないのかい?」
「...どう、が?」
「なるほど、彼古い人間だからねえ...あの分厚いマニュアルを文章ですべて把握するのは難しいから、パソコンの操作方法とか、トラブルシューティングとかの画面録画がみんなのパソコンから見れるんだよ。」
俺、絶句。
じゃあなんでジョセフは毎回マニュアルを読め、って言ったんだよ...。
キーさんはニッコリ笑った。
「つまり、君にはまだできることがあるということだ。どうだい?もう1回だけトライしてみないかい?」
守護霊業務日報:第20日目
作成者: トモ
担当対象の状態:調子悪いらしい
質問:なんで動画マニュアルの存在教えてくれなかったんですか。
【教官よりコメント】
マニュアルの5ページ目に追記でその旨記載あります。




