【指導】危機回避、説教不回避
「待って待って待って~~落ち着け俺~~~落ち着け神崎~~~~何が起こった~~~?巻き戻し機能とかないのかこれ~~~?」
俺はカチカチと【担当対象視点】【第三者視点】を交互に切り替えた...オレンジ一色に囲まれるか、坊主のおじさんたちの怒り顔に囲まれているだけだ。
オオタさん、ミキさん、香水おじさんは「あららら...」と言っている。
唯一、キーさんだけは俺の隣に来てパソコンを覗いた。
「キーさん、これどうしたらいいっすか?」
キーさんは器用にカチカチっとマウスで俺が触ったことのない部分をクリックするが、何の反応もない。
「う~ん、どうしようもできないね。見てごらん。フリーズしてる。」
「フリーズ...このパソコンがってことですか。」
「パソコンの作動は、対象者の精神状態に繋がっているんだ。ほら、何をクリックしても動かない。つまり、対象者がこの僧侶たちに一斉に怒られて怯えてしまっているんだよ。もう少ししたら、彼女の意識が戻ってパソコンが動き出すはずだよ。」
5人くらいの僧侶が、神崎を取り囲んでいる。画面は歪み、ズズズッとノイズが入っているので細かいところは分からないが、1人が剣幕なことは分かる。そこに便乗して顔を歪ませて神崎に指を指して何か物を言っている3人。残りの1人は難しい顔をして腕を組み神崎を睨みつけていた。
【第三者視点】をクリックする。
神崎は怯えた顔をして、オロオロとしている。神崎の周りには散らばった小銭と神崎のバッグ。
周りのサラリーマンも、OLも、学生も、その様子をじっと眺めているだけ。
腕を組んだ坊主が、突然神崎に何かを話しかけた。
「なんだ?なんて言った?」
俺は慌てて、耳にヘッドセットを押し当てたが、聞き逃した。
『え、なにを、ごめんなさい。分からなくて。』
神崎も怯えながら、聞く。坊主はもう1回言った。
『君は、何をしたか分かっているのかい?』
『...わからない...、えっと、アイキャント?スピーク?』
同時に突然画面の真ん中に【逃避】というボタンが出てきた。
「急に英語を話されたことで、少し恐怖が引いた。トモくんそれ押して。」
「あ、はい!」
俺がカチカチっと【逃避】を押すと、神崎がハッしてバッグを掴み、僧侶たちから走って改札の中に逃げ込んでいった。
僧侶たちも、周囲の行き交う人たちも、逃げる神崎をじっと目で追いかける。
「っは~~~~~~、あっぶね~~~~~~。危機回避~~~~~!!いや、周り助けろよマジで!!!神崎、可哀そうに...もうオレンジ見るだけで思い出しちまうよ。はあ、都会はマジで冷たいわ~~~!!」
俺はヘッドセットを放り投げ、ギシギシ音を鳴らしながら古い椅子で一周して、戻るとジョセフがそこにいた。
「...あ、え、っと、ですね。神崎が、僧侶と遭遇したんですけど...なんか、急に僧侶たちがブチ切れたんです。で、今どうにか神崎がそこから逃げられて...なんとかギリギリで最悪の事態は防ぎました……!!!」
俺が親指を立てて「大丈夫ですアピール」をしたもの、ジョセフはそれを無視しサッと、俺のパソコンを見る。そしてカチカチとしばらく何かをいじったのち、キッと俺を睨んだ。
「聞いてみろ。」
恐る恐る、俺はヘッドセットを耳に当てた。
『うん...そうなの。お坊さんたちがたくさん駅にいて、その人たちが小銭を落としてしまったのね。で、拾おうとしたんだけど...なんか怒られちゃって。うん、そう....5人くらいいたんだけど、一斉に怒られて怖かった....うん、今は大丈夫...うん。私が何か怒らせるようなことをしちゃったんだろうけど、異文化って怖いよね...。』
...こういう時に限って音声とーってもクリア。
「...対象者が怖い思いをしている時、随分楽しそうだったじゃないか。」
「ヒッ」
俺は反射的に、3人の大人に助けを求めようとした...が3人ともすでに自分たちのパソコンに戻り、カタカタカタと自分の仕事に忙しいフリで必死だった。
...隣で静かに立っているキーさんが仏に見えた。
「...あなたの出る幕ではないのに、ご自身の仕事に戻ってください。」
キーさんは少し困ったように笑った後、優しくね、とジョセフに言った後に自分の席に戻って行った。
あ、仏、退散。
「...で?"対象者が僧侶たちとすれ違うか確認しろ"という、簡単な業務もできなかったのか?そして何度も言っているがそもそも、マニュアルは読んだのか?」
「~~~あ~~~~....」
「対象者は、僧侶たちが落とした小銭を拾う際に僧侶たちの手に触れてしまったんだ。女性から僧侶へ直接手渡しすることは原則禁止されている...これまでの修業の徳が全て水の泡になるといわれている。」
あ、だから、小銭がたくさん散らばっていて。僧侶たちはだからあんなに怒ってて。
....待てよ?神崎悪くないか、それ。あんなに怒られなくて良かった...知らなかっただけで。
「異文化による理不尽な感情をぶつけられ、英語で話しかけられて分からない、という事象が起こったことで、対象者の海外に行きたいという欲求が5段階中3あったのが、1に下がった。回避にするにはあまりにも遅すぎた。これによって対象者はもう二度と海外に行くという選択肢を持たないかもしれない…その間お前は何をしていた?」
般若ジョセフが怖いと同時に...俺の中で、ふつふつと目の前の外国人への怒りが湧いてきた。
仮にちゃんと俺がマニュアルを読み込んでたとして、あんなマニュアルで分かるわけねーだろ、とか。
何もするなって言ったのお前じゃん、あのオレンジ集団に遭遇した段階で絶対あれは起こっただろう、俺にはどうしようもない、とか。むしろ、なんとか回避させた俺を褒めてくれよ、とか。
「お前の怠惰で、対象者の人生が悪い方向に行くかもしれない。」
…お前、俺を焚きつけるためにあんな資料見せたんだろ。神崎がアメリカで社長として働くなんて、嘘なんだろ?俺のモチベを上げるための。
そうだ...俺は好きで守護霊になったわけじゃない。ただ地獄に落ちたくないから、それしか選択肢がないからやってるだけだ。
俺が神崎の人生を背負う義務なんてない。ましてやアシスタントなのに。
”地獄に行きたくない”という一番の目標の中にあった、”クラスメイトの人生良くできたらかっこよくね?”というモチベーションが俺の心からシュルシュルと抜けていく音が聞こえた。
守護霊業務日報:第4日目
作成者: トモ
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