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伊賀は落ち目の掃除屋だなんてまた嘘ばっかつきやがってあのオッサンがッ

前シリーズ「バッコスの信女」前日譚でございます。

まあ三人娘出生の秘密とか、結構しんどいところがあった前Sですが、本Sは一話完結、気楽にドタバタやってくつもりなので、どうかよろしくお願いします。


 「囲まれたね」

 疲れをにじませた声で、私はつぶやく。

 私の二人の相棒は無言で頷き、小さく溜め息をついた。

 再開発予定地域となってから、長年に渡って放置されて来た、この事実上のゴーストタウンに逃げ込んだはいいが、敵は十重二十重(とえはたえ)に我々三人を取り囲み、もはや蟻の這い出る隙間も無い。さすがは伊賀者の末裔、伊賀美装の精鋭達だ。

 まったく、どーせ相手はもはや落ち目の伊賀の掃除屋共、君らなら軽くひとひねりだろなどと調子のいい事ぬかしやがって。ちょっとでもそれを真に受けたウチらはホントにホントに大まぬけだった。

 糞。あのオッサンめ。今度はタマ蹴りじゃ済まないからな。覚悟しとけよ。アガメムノン。いや。今はそんな事言ってる場合ではないのだ。

 「どうする?」

 カサンドラ美貴が手の甲で、額の汗を拭いながらそう尋ねた。

 暗い路地の一角で、ウチら三人は目立たぬよううずくまり、打開策を考えていた。メドゥサ由美は唇を噛んでいる。どうのこうの言っても、ウチらはまだまだ経験が不足していたのだ。

 私──「バッコスの信女(バッカイ)」B・B佳代は、両手の得物をゆっくりと掲げ、静かに言った。

 「とりあえず、このままではいずれ見つかり、なぶり殺しにされるのは明らかだ。強行突破しかない」

 二人は頷く。美貴は大小モーゼル拳銃、由美は左手にダガーナイフ、右手に数本のメス状投げナイフを手にして、私と共に立ち上がった。

 「行くぞ」


 てな訳でありまして──いきなり危ないところから始まっちゃって、何が何だか判らないと思うんだけど、アタマでクソ猫バカ作者が言ってた通り、これってウチらのデビュー直後のお話なのよね。

 だもんだからさ、基本設定とか社会情勢なんかは前シリーズにみんな書いちゃってるしさ。また一から説明するのはどうかなーって思って、相棒達とも相談したんだけど。

 「どうしよう」

 「うん」

 二人共困っちゃって。

 こういう時に頼りになるウチらの教官五十嵐夏子殿(姐御・ニケ様・おねえちゃん)は、今ミャンマーのジャングルで激闘中だ。 

 そう、ここは姐御の親友にして私達の心の支え、アポロン神経精神科病院精神科主任・瑞谷綺羅々(みずたにきらら)先生に決めてもらおう。

 「そうねえ」

 華奢な身体を白衣に包み、さらさらのプリン頭にきれいな顔の先生は、腕組みをして考え込み、やがて言った。

 「説明重複については、注釈風でいいんじゃないの。この件は前S第何話参、って感じでさ」

 「あ、それいい」

 「それでいこ」

 「うん」


 とはいえ、ウチら主役三人娘と主要キャラの紹介くらいは必要だよね、新シリーズ開幕に当たっては。

 私はさっきちょっと触れたけど、主人公で、コードネームは「バッコスの信女(しんにょ)」、本名は壇ノ浦佳代、愛称おちゃめなびーびー、略しておちゃびー、人は私をタマ潰しの佳代っちと呼ぶ。それが何ゆえかは前S第一話参って、さっそく使っちゃったよアハハ。よろずアサシン組織SCS──スパルタ・クリーニングサービス、レジェント・メイドアサシン三人娘、そのリーダー格がこの私。凄いでしょ。私の美しい容姿の描写は割愛。前S第二話参ってまたやっちゃった。それでまあ、私の得物は一見古風な単発銃で、実は連射可能な優れもの、特製拳銃ライラプスと、妖刀村正脇差。以上自己紹介おしまい。

 続いて相棒の二人。

 カサンドラ美貴は本名四条畷(しじょうなわて)美貴。あたかも妖精の如き繊細可憐なポニーテールの美少女なのだが、これが無敵のガンマン、しかも大小モーゼル使い。さらに極めつけの多趣味女ヲタで、今のうち言っとくけどこいつが句読点無しでぺらぺらなんかしゃべり出しても読む必要無いから。斜め読みかまるごと飛ばしても大丈夫痛たたたッ。愛称おしゃべりかっちん。

 もう一人はメドゥサ由美、本名求塚(もとめづか)由美、愛称めっちんまたはだんまりめっち。見た目小学生、ショートカットのあどけない美少女。ところがこの子はナイフ使い、しかも達人通り越してほぼ超人。詳細は前S第三話参。実は三人の中でこの子が最も頭脳明晰かつ冷静沈着、ただし怒らせると一番恐い。トリオの実質的なリーダーは彼女であって、私はいわば現場指揮官ってとこ。

 それでまあ、今回の話の発端だけど。

 ウチらメイドアサシン三人娘の「初めてのお仕事」(前S第七話参)が無事終了、現役ヤクザ屋さん事務所の「清掃作業」を数分で完遂しちゃったウチらに、さっそく次のお仕事が舞い込んだのね。

 「我がスパルタ・クリーニングサービスの商売仇と言えば、まず挙げられるのが伊賀美装、そして甲賀クリーニングであろう」

 おもむろに、もったいぶって、ガハハ親父のアガメムノンはそう言った。この髭面肥満体のおっさんには最初から最後までうんざりだったが、今はとにかく我慢我慢だ。

 そうしてウチら三人娘は無表情のまま、糞上司の部屋の応接セットのソファに並んで座り、しゃべり続けるおっさんをぼんやりと眺めていた。

 「まあこの業界において我が社はやはり新参であるから、よろずアサシン組織としてはこれまで老舗に対してそれなりに気を使って来た訳だ。だが昨今の徳川政府(前S第六話参)の急激な衰退ぶりに、旧幕府御庭番の権威も実力もガタガタだ。紳士協定なるものを持ちかけて来たのはあちらの方だからな。しかし苦しまぎれに結んだばかりの協定を一方的に破ったのもあちらの方だ。断末魔だな。ま、君達はその詳細を知る必要は無いがね」

 どこまでもムカつくおっさんだ。ウチらは互いの腰を指でつつき合う、いわゆる指モールスで会話する(四六時中内務班(ケルベロス)の監視下に置かれているウチらの対抗手段のひとつなのだ)。

 (要するにシマ荒らしじゃん)

 (ウチらヤクザか)

 (カチコミしろってさ)

 (今度は同業者相手)

 (やれやれ)

 「あちらとは即ち伊賀美装だ。でまあ、協定違反のペナルティとして、トップから主要幹部、皆殺しにしてしまいましょうと、私は提案したんだが」

 正気か、このおっさん。

 「そこはCEO(ゼウス)、慎重だ。あくまで警告という意味で、今回殺るのは協定締結時の責任者一人に留めておけとの事だ。この男さ」

 アガメムノンは一枚の写真をウチらに差し出した。ブラックスーツに身を固めた、年齢不詳の美形の男、黒い長髪、キラキラの金縁眼鏡、酷薄そうな三白眼、口元には気色の悪い薄ら笑いと、見るからにシリアルキラーっぽいターゲットの姿があった。

 「名は薬匙堂善行(やくしどうぜんこう)。名に反し、相手が女子供であろうと平気で手に掛ける殺人鬼で、二つ名を厄死の惨公。先日のヤクザ以上に殺したって別にバチの当たる心配は無い輩さ。という訳で、どうか心置き無くやっつけてくれたまえ。君達は既に初仕事で当社の伝説的存在(レジェント)なのだからな。ハッハッハッ」

 ウチらがまず真っ先に殺りたいのはこのおっさんと、その上の親父(ゼウス)なのだが、今はひたすら我慢だっ。最終目的の為には、この仕事もしっかりこなさなくてはならない。

 

 ま、そういう訳で、ウチらメイドアサシン三人娘は、技術部(ダイダロス)主任でコードネームもそのままダイダロスのおっちゃん運転の、SCSロゴ入りワゴン車に乗り込んで、夜中の十時に出勤と相成りました。ったく未成年者をこんな時間に働かせるなんて、究極のブラック企業よねここって。

 このワゴン車のシートは映画に出て来る囚人の護送車みたく、ベンチ風のが左右向かい合っている。ウチらはその右側に並んで腰かけ、黙々と装備の点検をしていた。

 美貴は愛銃モーゼルC96と同じく小型のHScに、何やらでかくてプツプツ穴の開いた古風なサイレンサーを取り付け、ひとりニタニタ笑っている。

 由美はいつものダガーナイフとフォールディングナイフ、そして袖口のメス状投げナイフをチェック中。

 私は愛銃ライラプスにサイレンサーをはめ込んでいるが、美貴のそれのように古臭い代物ではない。これまたダイダロスのおっちゃん特製の、コンパクトで吸音効率の高い優れものだ。

 そこで美貴の奴が二つのモーゼルを掲げてみせて、さも自慢げにこう言うのだ。

 「見て見て、私のモーちゃん(自分の得物をこう呼ぶのだ。ついでに毎晩抱いて寝ている)達がサイレンサーでこんなにカッコよくなっちゃったよーっ」

 「いやー、どう見たってそれ、バランス悪いし、消音効果も乏しいだろ」私はかぶりを振る。「隠密行動には絶対不向きだね。あんた、車で待機してて」

 「何言ってんのよ。あんたと由美だけ行かせてたまるもんですか。そうよね、めっち」

 「······」

 だんまりめっちは無言のまま肩をすくめた。

 という訳でいつもの事だが、私とかっちん美貴はこれは消音器(サイレンサー)減音器(サプレッサー)どちらの呼び名が正しいかという点から、互いの得物があまりに趣味的というまで、どっちもどっちの口喧嘩をギャンギャン始めたのだった。やれやれ。

 「おーい、そろそろ目的地だぞぅ。いい加減にしとけぇ」

 運転席からおっちゃんの声がかかり、ウチらは揃って「はーいっ」と答えた。

 「初仕事」の時も、この時も、これからも、修羅場鉄火場に向かう時、ウチらはいつもこんな感じの遠足気分。どうしてウチらみたいな繊細可憐、優美にして愛くるしい美少女トリオが、こうも度胸が座り、また天性のアサシンとして有能なのかは、たびたびすいません、前Sになります。

 さてその前Sではあまり表に出て来なかった、よろずアサシン組織SCSの中核と言える国内暗殺部(エリス)について語っておこう。

 エリスの構成メンバーはウチらを入れて十三人。その現場指揮官、事実上のリーダーは、前Sでもおなじみ、コードネーム「ケイロン」、丸刈り頭に無精髭、スリム体型の渋いおじさん。元陸上自衛軍特殊部隊の出身で、前述の「姐御(ニケ)」五十嵐教官殿の部下だった人。今のウチらにとっては最も頼りになる存在。

 ちなみにエリスの責任者は一応あのアガメムノンのおっさんだけど、あんな無能なガハハ親父は所詮ただの連絡係、エリスはしっかりケイロンが仕切ってる。

 ケイロンのおじさんはとても強い。戦士として一流なのはもちろんだけど、「社内圧力」にも決して屈しない。アガメムノンはもとより論外。相手が内務班(ケルベロス)だろうがCEO(ゼウス)だろうが一歩も引かないのだ。 

 だからエリスは一貫して気にくわない仕事はやらない。とりわけ女子供をターゲットにするのは絶対アウトという方針を貫いている(つまりほんとはよろずじゃないの)。これは今、対外傭兵部(アレス)に所属する姐御から受け継がれたポリシーなのだが、上のおっさん達がそれで困ってる事など百も承知である。だが下手に圧力をかけて言う事を聞かせようとすると、SCSの最強メンバーをすべて敵に回し、全面戦争になってしまうので、手が出せないのである。ざまーみろバカバーカ。

 そうこうするうちに、ワゴン車は都内目的地の超高級超高層超警戒厳重マンションを振り仰ぐ、目立たぬ路地の一角に停まった。伊賀美装が如何に落ち目の組織とはいえ、主要幹部をこういうマンションの高層階に住まわせるだけの余裕はまだあるという事だ。

 まあ超警戒厳重と言っても、数名の警備員(武装は警棒程度)が常駐してて、監視カメラを中心とした防犯システムが整っているというだけの話で、拳銃で武装した軍・警察のOBが警備員やってて、外部侵入者どころか全社員を内務班(ケルベロス)がカメラと盗聴器で監視下に置いてるSCSの各施設とは比較にならない。

 こういう場合は技術部ダイダロスの工作員くんが前もって電気工に化けて潜入し、警備システムを仕掛けたタイマーで一定時間オフにしてしまい、ウチらが自由に動ける段取りを整えてくれるのが普通(そう考えるとあの「初仕事」ってのは何だったんだ殺す気だったのかチクショーッ)。

 だけど今回はその必要は無く、ウチらは正面玄関からオートロックをターゲット御本人に解錠してもらい、エントランスのコンシェルジュと警備員達に挨拶して、堂々とエレベーターで四十四階440号室(しっかし悪趣味な奴だねとことん)に向かって頂いて大丈夫との事。

 つまりー。どういう事かというとー。

 今回のターゲットにはある「特殊な性癖」があるのだそうだ。

 初めて聞いた時は、その、写真から見ても、あっちの方かと思ったんだけど、あの、あっちじゃなくて、こっち、つまり、ええと、要するにィ、う、ウチらみたいなのがー、奴の趣向に、それはそれは強くぅ、ぶっ刺さる、そういう事なのよー、げろげろーッ。

 あー悪寒が走る鳥肌が立つジンマシンが出るぅ。

 まあそういう訳でさ。

 ウチら三人娘は関連企業からの伊賀美装専務取締役・薬匙堂善行様への献上品、即ちメイドさん派遣専門店「プディング」の出張サービス員という段取りが、あのCEO(ゼウス)によって既にお膳立てされており、それをガハハ親父アガメムノンがウチらを呼びつけ、伝えたと。そういう事。

 頭変になりそう。

 念の為に言っとくけど、メイドと言ってももちろん普通のいわゆるメイドさんじゃなくてー、そのー、コスプレのー、あーもー言いたくない。糞変態親父共。いずれ皆殺しにしてやるわーッ。とりあえず一人殺そう。ぜいぜいぜい。

 「しかし、ほんとに大丈夫かよ」運転席から振り向いて、ダイダロスのおっちゃんが言った。「アサシン組織の抗争に今の徳川警察は基本的にノータッチってのは判るがな。ターゲット自体、あまりに無警戒ってもんじゃねえか。かりそめにも、元幕府御庭番だぜ」

 「ま、そんだけ落ち目なんだと、敬愛する上役殿はおっしゃってましたがねぇ」車内の盗聴器(ケイロンのおじさんなら事前に全部取り外して、ケルベロス班長アルゴスのおっさんに突っ返しているとこだけど、奥さんに難病の娘さんがいるおっちゃんはそこまで大胆にはなれない。当然の事だ)に向かって聞えよがしに私は言った。「どうせ罠でしょ」

 「マジに献上されるんじゃないの、私達」

 と、美貴。  

 「ありそう」

 と、由美。

 「とにかく、さっさと片付けて逃げて来い。俺はここで待機してっから」

 おっちゃんは心配顔でそう言った。ウチらはニコニコしながら答えた。

 「大丈夫大丈夫。ウチらこう見えても」

 「無敵のアサシン三人娘だからね」

 「うん」

 「だといいんだがなァ」

 おっちゃんの溜め息混じりの声に送られながら、ウチらはワゴン車から降りてターゲットがお住まいのマンション「レ・プレリュード」に向かったのでありました。

 

 あ。そういえば。前Sでやってた私のお仕事前の「儀式」だけど、本Sでは一切略します。もー歌うとこみんな使っちゃったし。

 

 正面玄関の玄関機で堂々と防犯カメラに顔を晒し、満面の笑顔をもって、

 「こんにちはー、『プディング』より参りました、メイド・トリオでございまーす」

 名乗りを上げるとほぼ同時にオートロックは解錠され、ウチらは豪華ホテルのそれもかくやという感じのマンションロビーに足を踏み入れたのでございます。

 カウンターにいる夜勤のコンシェルジュのお兄さんも、ロビーに立つ警備員のおじさんも、何やら痛ましげな表情で、エレベーターホールへと向かうウチらを見送っている。どうやら珍しい事ではないようだ。これって完全に犯罪じゃんか。徳川警察は何をしているのだろう。

 まあいわば政府公認のアサシン組織のお偉方相手なもんだから、黙認というか野放しにされてんだろうけど、ムカつく野郎だつくづく。個人的にターゲットにしたいくらい。美貴と由美も同じ思いなのは明らかで、エレベーター内の監視カメラ向きに無表情ではいるが、私同様こめかみには青筋が浮かび、頬はかすかに引きつっている。

 にしたってアサシン組織の幹部の自宅だ。廊下にボディガードの姿すら見当たらないのは如何なものか。本当に落ち目でたるみ切っているのか、それともやっぱり罠なのか。ウチらは顔を見合わせながら無人の四十四階廊下を歩き、ほどなくターゲットがお住まいの440号室前に並んで立ったのであった。

 ノックすると、待ってましたとばかりにドアが開いた。写真の通りの気取りに気取った優男が、ふかふかの白い羽毛ガウン姿で現れた。ぎゃー勘弁してよッ。

 「おおっ、これはこれは。玄関機のカメラ映像を見ても驚きましたが、実物はさらに素晴らしい。何たるスウィーツ。まさに極上品。歩くフランス菓子ではありませんか。いや、僕はね、関連企業からのプレゼントという事で、正直あまり期待していなかったんだけどね。たまにはこういう幸運が訪れるものかと、今や気持ちは有頂天なのさ、フホホホホ」

 薬匙堂くんは金縁眼鏡のフレーム中央を右手人差し指で押し上げながら、我らがSCSの神ゼウスですら赤面しかねんくらいの物言いをしつつ、ウチらを部屋の中へと招き入れたのであった。

 さっさと殺そう。

 イカモノもとい伊賀者の末裔のくせにその居室は完全洋式、ウチらは靴を脱ぐ事なく豪華な応接セットへと導かれた。

 「さあかけてくれたまえ。飲み物は何がよろしいかな? 君達、お酒はまだ早いよね。アールグレイ、ホットでいいかな?」  

 「いえいえ、どうぞお構いなく」ふかふかのソファに腰を下ろし、ニコニコと笑いながら私は答えた。「用事が済んだら、帰りますので」

 「用事ね。ほほう。なかなか、面白いね、君」また眼鏡のフレームをくいっと持ち上げ、薬匙堂くんは言った。「ところで君達。メイドさん派遣専門店『プディング』より来たと言っていたが、本当は『の方から』じゃ、ないのかな?」

 ウチらは笑顔のままだった。

 「どういう意味でしょうか」

 小首をかしげ、妖精のような笑みを浮かべて、美貴が尋ねる。その美しさにうっとりと目を細めつつ、薬匙堂くんは言った。

 「本当は、『スパルタ・クリーニングサービス』なんだろう?」

 ウチらは顔を見合わせ、溜め息をついた。

 「やっぱし」

 「罠だったよ」

 「うん」

 「フホホホホッ」薬匙堂くんは愉快そうに笑った。「そうと判っていながら堂々と私の部屋に入って来るんだから、大した度胸だよ、君達。いや、感心感心。さすがは現役暴力団事務所をわずか数分で壊滅させた、驚異的新人アサシン・トリオだけの事はあるねぇ」

 「あー。みんな知ってんですねー」

 私が肩をすくめてそう答えると、薬匙堂くんはまたフホホホホと奇妙な笑い声を立てた。

 「それはそうだよ。業界内で君達の事を知らない者はもういない。いや、まだ無名だと思っているのは、君達の上司くらいのものだねえ。こんなにあけすけな事をやってくれるのだから、別の何かの罠かと疑っていたのはこちらの方だったよ」

 「あのー、それって、ウチの上役連中に言ってもらえませんかね」

 「ウチらもはなからおかしいって思ってたんスよ」

 「ほんと」

 「いや、無能な上司で苦労させられるのは、お互い様って事さ。もっとも、下っ端にとっては、この僕こそがその一人らしいんだけどね。だけど仕事はしてもらわなくちゃね」

 薬匙堂はピッと指を鳴らし、さすがは伊賀者の早技、背後の半開きになっていたクローゼットの中に飛び込み、扉を閉めた。同時に部屋の照明が落ち、天井裏、四方八方の物陰、室内のあらゆる所に潜んでいた黒装束の伊賀者達が、一斉にウチらめがけて手裏剣を放った──ってあんたら一体何古い事やってんの。

 ウチらは反射的に立ち上がり、背中合わせになって、各々の得物を手に取った。私は左手の妖刀村正で飛来する手裏剣をことごとくはねのけ、同時に右手のライラプスで、手裏剣が放たれた位置の伊賀者を確実に仕留める。美貴は右手のモーゼルC96、左手のHScにより、私と同じ事を銃弾でしている。由美は左手のダガーナイフ、右手の投げナイフで、以下同様。ちなみに私達にとって照明を落とした事など何の意味も無い。暗中におけるウチらの視力は夜鷹並(ってあくまで夜目の利く鳥の意味だからねっ)だ。

 こうして伊賀者の手裏剣対ウチらの銃・刀・ナイフの勝負は約五秒で終了。静寂と照明が同時に戻り、クローゼットの扉(当然防弾性)がゆっくりと開いて、薄ら笑いを浮かべた薬匙堂くんが現れ、ぐちゃぐちゃスウィーツと化したウチらに向かって、あゝなんてもったいないなどと声をかけようとしたのであるが、代わりに床を埋め尽くしているのがことごとく自分の手下の忍者の屍であるのに気づいてのけぞった。

 「な、何だこれはっ。あり得ない。あり得ないんだ! 伊賀者だぞ、幕府御庭番の末裔だぞ!!」

 どっかの魔王か魔法使いみたいな台詞を金切り声で口走っている。由美が右手の投げナイフを振りかざしている間、私と美貴は余裕で各々の銃に装弾する。美貴は予備のHScをしまい、C96にほとんど趣味の上部クリップガチャコン装弾。でも私のライラプスは外見上もっと古風だけど、ちゃんと銃把(グリップ)弾倉(マガジン)叩き込みだもんね。 

 「まー天下の伊賀者も末裔となると落ち目ってのは」

 「どうやらほんとだったみたいね」

 「うん」 

 ウチらが無表情にそう言うと、そこはさすがに老舗の貫禄、一瞬でパニックから立ち直った薬匙堂専務取締役は、また薄ら笑いを浮かべてこう言った。

 「ほほう。なかなか、面白いね。やるじゃありませんか。フホホホホ。いや、僕はね。決して君達の実力を、侮っていた訳ではないんだよ。まあ、いくら何でも、ヤクザと僕達では、格が違うと、思っていたけどね」

 薬匙堂はバサッとガウンを脱ぎ捨てた。うわ下はすっぽんぽん──じゃなくて、そこはばっちり黒装束、左腰には小刀を佩はいているのにはほっとした。こいつの裸なんか拝んだら、瑞谷先生のお世話にならなくちゃいけなくなる。

 「君達のターゲットはこの僕なのだろう。僕を倒さなくては意味は無いよ。いや、僕はね。別に謙遜はしないんだけどね。こう見えても、あの服部半蔵の末裔でねッ」

 忍者服部君の自称末裔はそう言い放ちつつ、髪に刺した毒針を口にくわえて私めがけて吹きつけ、左手で手裏剣を美貴めがけて投げつけ、そして抜刀して一飛びに由美に迫るという、実に忙しい離れ技を演じてみせた。

 まあ服部半蔵と一口に言っても、伝説的忍者の初代に家康の家来として有名な二代目以来、近代に至るまで何代にも渡って受け継がれて来た名前であるし、当然平時の名前だけという御仁もいた訳だけど、このおっさんはさすがに初代のそれを彷彿とさせる動きであった。

 だけどターゲットを除いて十三人の伊賀者を瞬殺(無能な上司に苦労させられる者同士、伊賀者の下っ端くん達には何の怨みも無いんだけど、ここで出会ったのが身の不運と思ってちょうだい)したウチら三人娘に、一人で立ち向かうのはちょっと無茶だったね。

 まず私は眼前に迫る毒針を村正で軽く弾き、美貴は同じく迫る手裏剣をモーゼルの一発で軽く弾き(銃弾はおっさんをかすめて後ろのクローゼットの防弾性扉に喰い込んだ)、由美は迫るおっさんの顔面めがけて投げナイフを放った。おっさんは小刀でそれを弾き、由美の胸元にその切っ先を突きつけた。由美のダガーナイフがそれを受け止め、ごく短時間の鍔迫り合いが生じる。

 その間、美貴のモーゼルの銃口がおっさんの頭部に向けられたが、再び放たれた手裏剣を美貴がのけぞってよけた為、サイレンサーより発射された銃弾は天井に向かって飛んだ。

 だがスライディングよろしく足元に迫った私までは防げなかったのは残念。

 「お前に汚された少女達の怨みと怒りを思い知れ、このロリコン野郎ーッ!」

 私は右足のおでこ靴の踵で薬匙堂善行の股間に渾身の力を込めて蹴りを入れた。ぐちゃり、と確かに睾丸の粉砕される感触が足の裏に伝わり、薬匙堂は身をのけぞらせて絶叫した。

 「ぎゃああああああああああっ」


 おっさんにどうとどめを刺したのかは省略して、ウチらは当然、さっさとその場から逃げ出したんだけど、さてそれからが大変だったのである。

 マンションの非常階段を駆け降りたウチらを、大量の伊賀者が待ち受けていたのだった。

 「何よう。こんなん聞いてないぞ」

 「老舗の面子だね、こりゃ」

 「101匹忍者」

 由美がニコリともせずにそうつぶやく。

 ダイダロスのおっちゃんのワゴン車まで、とてもたどり着けそうにない。というか、下手をするとおっちゃんを巻き添えにしてしまう。ウチらはそれぞれの拳銃から、もう用済みのサイレンサーを外し、血路を開くべく、伊賀者の厚い壁に向かって突撃を開始した。

 ──そうして、冒頭の光景と相成った訳である。

 とりあえず、暗い路地裏で一息ついたウチらは、それぞれのスマホでこういう場合の連絡先にメールを送った。私はダイダロスのおっちゃんに「逃げて」。美貴はケイロンのおじさんに「ヘルプ」。由美は本当に一応で不本意ながら、アガメムノンの親父に「危険」(バーカと打ちたいのはやまやまだけど)。

 ウチらの現在位置はGPSで特定されるし、うまくいけば間に合うかもしれない。

 送信を終え、路地裏から飛び出したウチらを、抜刀した伊賀者が襲う。私は左手の村正でそれをはねのけ、右手のライラプスで掃射する。美貴と由美が私に続き、反撃しながら、闇を駆ける。そしてウチらは廃墟となっている公営アパートへと逃げ込んだ。住み着いていた野良猫達がびっくりして飛び出して行く。途端に四方八方から銃声が轟き、アパートの壁にめり込み、ガラスを砕いた。まずい。猫達に当たらなきゃいいけど。心配はそこか。

 「忍者部隊にとって拳銃は最後の武器のはずなのにぃ」

 真っ暗な階段を駆け上がりながら、女ヲタが何か言ってる。

 「まー屋内じゃ手裏剣だったしね。ウチらもサイレンサー使ったし」

 私がそう答えると、また銃声が響いて、階段踊り場の小さな窓を砕いた。ウチらは身をかがめ、階段を登り続けた。女ヲタはまだ何か言ってる。

 「あの銃声は南部式自動拳銃ね。日本製のを使う事で、徳川政府に義理立てしてるつもりなのかしら」

 「そんな話してる場合か」

 と、由美。 

 確かに、このまま屋上に出ても逃げ場を失って囲まれるだけだ。とりあえず救援が来るまで隠れ潜んでいるのが、この場合は上策だろう。

 ウチらは四階の廊下に出て、きっちり施錠されてる部屋を探した。年数が経過していて、鍵の壊れた部屋が多かったが、そんな所に潜り込んではすぐ見つかってしまう。幸い、完全な部屋があったので、ここは由美の出番となる。

 ナイフ使いメドゥサ由美は、針を使わせても一流であり、その延長でピッキングの技術もって別に泥棒が趣味って事じゃないから誤解しないでよね。彼女の趣味はネットへのラノベ投稿いやそんな話してる場合か。彼女がヘアピンでちゃちゃっと開けた一室にウチらは転がり込み、そっとドアを閉じて鍵を掛け直す。二人は部屋を調べ、私はドアに耳を押し当てて外の様子をうかがう。

 足音は階段を駆け上がって行き、こちらに来る気配は無い。やれやれ。

 「大丈夫だよ」

 美貴が小声で私を呼ぶ。私は1DKの狭いキッチンに上がった。キッチンと居間の間に壁は無く、板間と畳がつながってる。施錠がしっかりされてたせいか、中はそれほど荒廃していない。掃除さえすればまだ住めそうだ。居間の窓ガラスも割れていない。でも磨りガラスじゃないから、たとえ明かりが無くても忍者の目なら丸見えだろう。外は月が明るく、向かい側のアパートがよく見える。ウチらはなるたけ窓から離れて、キッチンの隅にうずくまり、ささやき合った。

 「かっちん、残弾は?」

 「うーん。C96は撃ち尽くしちゃったね。HScは残り五発。予備弾倉無し」

 「めっちは?」

 「投げナイフは三本」

 「むむぅ。ライラプスの残弾もゼロだし。拳銃振りかざす忍者部隊相手に、脇差一本で立ち向かうしかないわな、私は」

 「柄付手榴弾(ポテトマッシャー)持って来るんだったよー」

 「マンション内の使用は論外だ」

 「外で伊賀者に囲まれるとは想定外だったな」

 「ターゲットと護衛の処理で済むと思ってた」

 「甘かったね」

 無能な上役以前の自分達の経験不足を、苦い思いでウチらが噛み締めていたその時だ。

 「伏せて!」

 三人が同時に叫んで、互いの身体を床に押さえつけた。途端に窓ガラスを粉々に砕いて銃弾の雨が降り注ぎ、ウチらは窓際の壁まで転がってかろうじて被弾を避けた。さらに続けて、屋上からのロープを使い、一人は拳銃乱射、一人は手裏剣、一人は抜刀と、三人で役割分担(今一意味不明だが)した伊賀者トリオが乱入して来た。

 美貴がHScを連射し、由美が投げナイフ、私は村正ですかさず仕留めたが、続けてまた三人同パターンで乱入して来るのだからたまらない。完全に人海戦術じゃんか。落ち目と言いながらとにかく人数だけはいるみたいだ。二度目の襲撃もかろうじて凌いだものの、こちらにもはや飛び道具は残されていない。私は弾切れのライラプスを懐ろにしまい、村正の柄を両手で握りしめた。由美はダガーナイフを美貴に手渡し、自分はフォールディングナイフの刃を起こした。美貴は不慣れなナイフを構え、私達は窓際に並んで伊賀者の三度目の襲撃に備えた。もう死は覚悟の上だ。無念だが、これも運命。

 そして再び三つの影が私達の目の前に出現した。

 これまでか。

 次の瞬間、向かいのアパートの屋上から放たれた三発の銃弾が、迫る伊賀者の頭を正確に撃ち抜き、彼らはそのまま地上に落下して行った。

 ハッとして見ると、月明かりに照らされたあちらの屋上に、愛銃64式小銃を構え、こちらのアパート屋上の伊賀者達をフルオート射撃で掃討中の、我らがケイロンおじさんの勇姿がそびえていたのでありました。やったー。間に合った。助かったーッ。ウチらは手を取り合い、飛び上がって喜び、おじさんに向かって叫んだ。

 「おじさん素敵ー!」

 「サイコー!」

 「ありがとう!」

 おじさんは屋上の伊賀者掃討を終えると、小銃をかざしてみせた。

 その時、廊下の方で怒号と銃声が轟き、すぐ静かになった。ほどなく、ドアを誰かがノックし、聞き覚えのある声が聞こえた。

 「おーい、三人娘、生きてるかァ」

 「あの声は」

 「先輩だ!」

 「キュレネさん」

 ウチらは駆け寄ってドアを開けた。

 肩までかかる茶髪、ブラウスにベスト、プリーツスカート、紺のソックスにローファー、左手には首刈りウサギのアクセサリーがぶら下がったスポーツバッグという、どこから見ても今どきのギャル風女子高生の美少女が、満面の笑顔で立っていた。だがその右手に構えているものは、ヘッケラー&コックVP70、ストック装備のマシン・ピストルで、その銃口からは白煙が立ち昇っている。

 彼女のコードネームはキュレネ。太陽神アポロンの妻の一人で、元は狩猟好きな河の神の孫娘、山でライオンとレスリングしているのをアポロンが見かけて一目惚れしたというトンデモキャラ。で、彼女はまるっきりそのものな訳。詳細は後述。

 エリスの女性メンバーはウチらを除いて五人いるけど、全員凄い美人なのは当然の話。ただし全員本名共々年齢不詳。これを尋ねる度胸のある者はまずおるまい(いたとしたら瞬殺だ)。その五人の中で一番若く見え、つまりウチらと最も年齢が近いのは彼女なのだが、竹下通りを歩いてる普通の女子高生以外の何者でもない、そんな彼女がマシン・ピストル使いの怪力美少女なのだから恐ろしい話だ。

 ちなみに彼女は自分の事をキュっちんと呼ぶようウチらにも言っている。いくら何でも先輩に対してそれはとウチらがためらうと、満面の笑顔でこう言うのだ。

 「呼ばんと殺すぞ」

 冗談じゃないのだからそう呼ぶしかない。

 「ありがとう、助かりました!」

 「もう駄目かと思ったよー」

 「キュっちーん」

 しがみ着くウチらをよしよしとなだめるキュっちんは、本当に優しくていいお姉さんである。

 その後ろから、長身でスーツ姿、七三分けに眼鏡の中年男性が現れた。左手にブリーフケース、右手に連射式クロスボウを持っている。

 「すみません、私も参りました」

 中年男性──テウクロス、愛称テウさんはそう言った。テウクロスはトロイア戦争の英雄アイアスの弟で、弓の名手の名だ。いつも温厚な笑みを絶やさないこのおじさんはクロスボウの達人で、一見実直誠実な公務員風であり、口調も常に丁寧、ウチらに対しても必ず「さん」付きで呼びかける。エリスの男性陣の中で最も殺し屋らしくないのはこの人だろう。

 「あーっ、おじさん二人にキュっちんってもう最高じゃん」

 私が感極まってそう言うと、二人は苦笑し、

 「伊賀者はまだ来るよ。油断しないで、包囲網突破だ」

 「おお、忘れるところでした」

 と、テウさんがブリーフケースの底から取り出した物は、私の愛銃ライラプスの22口径用弾倉マガジンが五本。それと由美用の投げナイフ二十本入りベルト。やったー。これでピストル撃ちの伊賀者と渡り合える。大喜びの私達を美貴が指をくわえて見ていると、キュっちんがその肩をポンと叩いて、

 「ほれ、これ」

 と、スポーツバッグの中を広げて見せた。そこには美貴の二丁のモーゼル用マガジンが五本ずつ。美貴は改めてキュっちんに抱き着いて感謝した(ところで美貴がC96と称しているアレは、マガジン装填とフルオート射撃が可能なM712タイプであり、看板に偽りありと私は時々いじってやるのだ)。二十発入マガジンを手にしたカサンドラ美貴は燃えた。

 「よっしゃあ、これで弾幕が張れるぞーッ!」

 テウさん達が状況を説明する。

 「ダイダロスさんとは途中で合流し、今三百メートル程南の廃ガレージ内に待期中です」

 「一人で大丈夫かいって言ったんだけどさ」

 「『なーに、俺にはこいつがついてる』って、例のM29をかざしてましたよ」

 それは言うまでもなく、おっちゃんの永遠のアイドル・ダー☓ィハ☓ー御愛用の44マグナムの事である。んな事言ってもおっちゃん一人で伊賀者の集団に見つかったりしたら、かないっこない。急がなくては。

 私達は廊下に転がっている伊賀者達の屍を踏み越え(怨むのなら無能な上役を怨んでね。ごめん)、アパートの階段を駆け降りた。向かい側のアパートから降りて来たケイロンと、こちらの階段下で合流する。

 「さっきはありがとう」

 ウチらは改めて、おじさんに礼を言った。

 「礼ならこの二人に言いな。アガメムノンの親父が『救援なら君一人でたくさんだろう』なんてぬかしやがるのを、無言で睨みつけ、ついて来たんだ。あいつ、紙みたいな顔色になってたぜ」

 ウチらは改めてじんと来た。本当にありがたい先輩達だ。

 さてその時。アパート前の通りの左右から、何やらひたひたわさわさと押し寄せる気配が感じられた。テウさんが右手を額にかざし、左右をゆっくり見回して、のんびりした口調でこう言った。

 「おおっ、伊賀者の黒津波ですなぁ」

 「うわぁ、団体様のお着きだぁ」

 さっきまで脂汗を流していた女ヲタがまた言ってる。私と由美は顔を見合わせ、軽く肩をすくめた。

 「やったァ、忍者の集団と肉弾戦だ!」

 キュっちんが早々とVP70をスポーツバッグにしまい、ランドセルよろしく背中にしょって、左の手のひらに右の拳を叩き込み、張り切って叫んだ。

 「伊賀者とガチンコだぜ!!」

 キュっちんの本領は生身による格闘戦なのだ。さすがにライオンやクマとのレスリングが趣味のキャラの名を頂いただけの事はある。

 実はエリスの男性陣にキュクノス(海神ポセイドンの息子で不死身の肉体キャラの名)という人がいて、彼はいつも学生服姿、やはり茶髪の美少年風、キュっちんと並んでいると双子の兄妹みたいだけど、まるっきり赤の他人だそうで(「シ☓イニ☓グ」のようだと本人達の前で口を滑らせた御仁がいたそうだが、その後の消息は不明との事)。で、この二人は本物の双子のようにとても仲が良く、トレーニングルームでは本格的なレスリング・スタイルで、いつもそーぜつな模擬戦をやっている。名前まで似ているが、彼の方はキュっくんと呼ばれているのだ。それはさておき。

 「おいおい、少しは緊張感を持ってくれよ」

 あまりに能天気な部下達に呆れた様子で、小銃に銃剣を取り付けながら、ケイロンのおじさんがそうぼやく。のんびり口調とは裏腹に、私達はそれぞれの得物を手にして、きりきり油断無く身構えて伊賀者の襲来に備えたのだ。あえて丸腰になったキュっちんを除いて。

 「えーそれじゃ、援護よろしくッ」

 こらこらというケイロンの声を背に、キュっちんが身をかがめて殺到する伊賀者の「黒津波」めがけて飛び込んで行く。おっちゃんが待機してる場所まで血路を開くつもりなのだ。

 伊賀者は南部式自動拳銃、手裏剣、そして日本刀といった得物で、数に物を言わせて私達を踏み潰しにかかった。私達もまた一斉に火ぶたを切った。

 ケイロンの64式、テウさんのクロスボウ、私のライラプス、美貴の二丁モーゼル、由美の投げナイフが、押し寄せる伊賀者を次々と撃ち倒す。

 その一方、大乱戦の渦中にあって大はしゃぎのキュっちんが、銃弾と手裏剣と白刃の嵐をかいくぐり、得意の回し蹴りを片端から決めて、伊賀者を棒のように打ち倒して行く。あんなミニで回し蹴りなんかやったら丸見えじゃんとか思うだろうけど、そこはキュっちん、ちゃんとブルマーはいてます。日によって気分を変えて赤青黒でおや今日は赤だって余計な事を。

 キュっちんの回し蹴りは強烈で、大の大人の肋骨を軽く粉砕してしまう。それとラリアット、アックスボンバー、いずれも一撃で首の骨がへし折られ、頭蓋骨が砕かれる凄まじさなのだ。まあウチらだってそうだけど、あんな華奢な美少女が信じ難い超絶怪力を発揮して、屈強な伊賀者をほとんど子供扱いでぶち殺し続けて行く光景は、まさに鳥肌ものである。

 テウさんがクロスボウで放つスチール製の矢は、キュっちんを後ろから襲おうとする伊賀者を次々と串刺しにしていく。この二人も仲良しだ。時々テウさんの腕にキュっちんがしがみついて、

 「パパァ、ディズニーランド連れてってぇ」

 なんて言ってるところを見ると、ほんとの親子にしか見えなくてうらやましい。いやしかしそれとは何という対照的なシーンだろう。暴れまくるキュっちんの勇姿に感じ入った表情のテウさんがつぶやく。

 「いやはや、まさしく鬼神の如きですなぁ」

 そこに伊賀者が至近距離から拳銃を発砲する。テウさんは何気に防弾加工のブリーフケースでそれを防ぐ。由美が投げナイフを放ち、私がライラプスで応戦すると、さすが伊賀者、夜空高く飛んでそれをよけ、左手の日本刀を振りかざし、右手の拳銃を発砲しながら、私達に迫った。その動きが空中で凍りつき、そのまま地べたに激突する。テウさんがポケットより取り出した、超ミニクロスボウから放たれた矢(これもスチール製)が、伊賀者の額を射ち抜いたのだ。 

 「油断も隙もありませんねぇ」

 テウさんは余裕でそう言いながら、ミニクロスボウをしまい、改めて大型の方でキュっちんの援護を再開したのであった。

 そして反対側では。おゝ我らが畏友カサンドラ美貴が、必殺技・モーゼル二丁拳銃しかもC96フルオート水平射撃で伊賀者を片端からなぎ倒しておる。これはどうせあいつが語り手の回(本Sでは交代制なのだ)でまたぺらぺらしゃべり倒すに決まっているから、説明は略す。 

 こうして伊賀者の人海戦術にも息切れが見え始めたところで、64式の正確無比な膝撃ちを続けていたケイロンが立ち上がり、叫んだ。

 「続けーッ!!」

 私達は一丸となって突撃し、見事伊賀者の包囲網を打ち破り、奇跡的生還を果たしたのだった。


 前Sのクライマックスとなった、CEO(ゼウス)を頂点とするSCS上層部との全面対決において、テウさん、キュっちんらエリスの面々は、こぞって私達への加勢を申し出てくれた。

 だけど姐御(ニケ)とケイロン、そして私達三人は、彼らに深く感謝しながら、これを丁重に断った。この件は私達の問題であり、あなた達を巻き込みたくない、と。彼らは無言のまま頷き、私達がルビコン川を渡った時点で、ゼウス宛に書き置き一枚を残し、いずこともなく姿を消したのであった。

 みんなどうしてるかなぁ。

 無理なのは判っているけど、またキュっちんやテウさん達に会いたいよ。

 

  

 




次回はバーチャル訓練ものになる予定です。語り手は交代制で、女ヲタがまた暴走するでしょうw

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