6.
よし! と心を決めて立ち上がれば頬には一筋の涙が伝った。
これもきっと夏のいい思い出へと変わることだろう。指先ではらって、前を向いた――その時だった。
「沙織!」
「初香ちゃん!? それに秋庭君も」
わたしの目の前には大事な大事な初香ちゃんが現れた。
「なんでここに……」
「なんでって途中で沙織がダッシュしていくところが見えたから急いで追ってきた! それより真田はいっしょじゃないの?」
「真田君は、その……」
口よどむわたしに初香ちゃんは顔をしかめる。
「もしかしてその涙って真田のせい? 秋庭、連絡するの少し待って」
「わかった」
スッと指示を飛ばす初香ちゃんと、コクリとうなずいて返す秋庭君。2人でいる間に何かあったのかと思うほどに息バッチリだ。驚いて何度も瞬きをしてしまったが、このままだと真田君にあらぬ疑いがかけられてしまう。
「真田君は悪くないの! 悪いのはわたしだから……」
悪いのは逃げ出したわたしだ。彼はただ、想いを告げてくれただけ。両手を身体の前で振って、ちがうの! と主張しながらも、気持ちが落ちこんでいく。けれどそんなわたしに秋庭君は声をかけてくれた。
「それでもあいつは御堂をまかせてくれと言ったんだ。どんな理由があれど女を泣かせていい理由があるものか」
真田君も優しいけれど、そのお友達の秋庭君も優しいのね……。思いがけず渡された優しさに胸が温まる。けれどその言葉にはわたしよりも初香ちゃんがじんと来ているようだった。
「秋庭……」
「だから九重。とりあえずその拳を下ろせ」
「人が感動している最中にその一言いる!?」
「お前の場合、御堂のこととなると我を忘れるだろう」
「さすが秋庭、分かってる!」
「当面のライバルは御堂だからな……」
ガッツポーズを向けて笑う初香ちゃんと、どこか遠くを見つめる真田君。けれど交わっていないはずの2人の眼差しはどちらも温かいものだった。まるで信頼しきっているかのよう。
「それで御堂。一体何があったんだ?」
「それは……」
「ちょっと秋庭。威嚇しないでよ! 沙織が恐がるでしょ」
もしかしてこの2人って……。
それはわたしの都合のいい考えかもしれない。
けれど目の前の初香ちゃんはきっと、わたしの気持ちを伝えたくらいじゃ嫌いになんてならないはずだ。いや、嫌いと言われてもいい。喧嘩してもいいから。その時は何度だって頭を下げて仲直りしてもらうから。
だからわたしは勇気を出して一歩ふみ出すことにした。
「ううん。いいの初香ちゃん」
「沙織」
「実はね、わたし」
真田君のことが好きで……と続けようとした時だった。
「沙織ちゃん!」
「真田君!?」
あの場に置き去りにしてしまった真田君が額に汗を浮かべながら駆け寄ってくる。そしてわたしの目の前で勢いよく頭を下げた。
「驚かせて、困らせてゴメン。もう少し時間と場所を考えるべきだった。考えなしでゴメン!」
「あやまるのはわたしの方なの。だから頭を上げて真田君」
「沙織ちゃん……」
おずおずと顔をあげる真田君はどこか不安気だ。だからわたしは今度こそ彼に、そして初香ちゃんに失礼なことをしないように胸の前で小さく手を固めて気合を入れた。
「初香ちゃん!」
「え、わたし?」
このタイミングで名前を呼ばれた初香ちゃんは指先を自分の方に向けて首を傾げている。けれど用事があるのは初香ちゃんだ。先にわたしの想いを伝えなければフェアじゃない。
「わたし、真田君が好きなの。初香ちゃんの好きな人だって知ってたのにごめんなさい……」
許して、とは言わない。
ふざけないでよ! って怒られるのも承知で深く頭を下げる。
けれどわたしの頭に乗せられたのは温かい手のひらだった。
「知ってたよ、わたし。沙織が真田の事好きだって」
「え?」
「まぁ気付いたのは秋庭に『真田が沙織のこと好きだ』って教えられてからだから結構最近なんだけど」
「そんなわたし……」
じゃあずっと前から初香ちゃんのこと傷つけて……。
自分でも気付いたのはついさっき。さすが初香ちゃんと手を叩きたいところだけど、今回ばかりは冷や汗を流すので精いっぱい。けれどカタカタと震えるわたしに初香ちゃんは笑みを向けてくれた。
「だからわたしなりに真田のこと、沙織の彼氏になっても大丈夫かって見極めた上でこの花火大会に来てるから! それにもしも真田が沙織のことを泣かせたらその時はわたしがどうにかするから! だから安心して!」
「俺、もうすでに一回初香ちゃんジャッジ食らったもんね……」
「ええ!?」
「本当は何泣かせてんのよ! って殴りたいところだけど、今日のところは許してあげる。だって沙織が自分の想いを自覚して、わたしにこうして伝えてくれたんだもん」
「初香ちゃん……」
もしかして気付かなかったのってわたしだけなの?
でも、そっか。嫌われなくて良かった……。『気合』と言いかえた緊張の糸はほどけていく。だって出来れば初香ちゃんと喧嘩なんてしたくないもの。初香ちゃんはわたしの大事なお友達だから。
「だから真田になんかされたら教えてね」
「うん! 初香ちゃんも、秋庭君にイジメられたら教えてね。初香ちゃんのためならわたし、がんばるから!」
両手をグッと固めてアピールすれば初香ちゃんは目を丸くする。けれどすぐに笑顔の花を開かせる。夜空に浮かぶ花火にだって負けないくらい、大きくて綺麗な花を。
「もちろん初香ちゃんが心配しているようなことはしないけどね! だから改めて沙織ちゃん。好きです。おれと付き合ってください」
真田君は今度は笑顔でわたしに手をのばす。
答えはもう、決まっている。
「こちらこそよろしくお願いします」
彼の手を取って、頭を下げる。
その瞬間、空にはこの日一番大きな花が広がった。まるで今日の主役はわたしだとでも主張しているようだ。けれどそれくらい、喜んで譲ってあげよう。だってわたしは主役でなくとも、大好きな人がいっしょに居てくれれば十分だから。
『これにて花火大会を終了いたします』
花火大会終了のアナウンスが流れたけれど、わたし達の炭酸みたいにしゅわしゅわはじける恋は始まったばかりだ。
きっとこれから今日よりもずっと楽しい日が続くのかと思うと自然と笑いがこぼれるのだった。




