第二十一章 ノブリスオブリージュではなく
ゴッゾォンッッッ!!!! と超常の濁流が解き放たれた。警告も忠告もなく、ただただ敵を粉砕するためにゼリシア=キラーゾーンが放ったそれは、しかし、
「わたしには! 効かないんだからあ!!」
ぱちゅんっ! とピーチファルナが腕を真横に薙いただけで弾けるように消え去った。
そのまま前に踏み出す。
真っ直ぐに、友達を傷つけたクソ野郎へと。
「そうですよね。事情は知りませんが、敵意があることも領主様の娘らしき人を傷つけたことも丸わかりなんですっ。話は無力化してからでもできますし、とりあえずやっつけないとですよねえ!!」
「ピーチファルナにケファミアまで、もう! ナニコレ馬鹿どもが芋づる式に引き寄せられているさっ」
「だから任意で使用可能にするのは嫌だったのよ、すぐ調子に乗るんだから!! 待ちなさい馬鹿娘!!」
ピーチファルナを追いかける形でケファミアやオリミア、レモンファルナが飛び出す。対してゼリシア=キラーゾーンは軽薄に笑みを広げて、片手を突き出す。
ブォンッ!! と多種多様な武具が出現、数十に及ぶ物理的な物量が暴風に巻き込まれる形で射出される。
「げっ、またそれかよっ」
「そのための刃です!! ここは私に任せてください!!」
「だから、もう、私も手伝うさ!!」
素っ頓狂な声をあげるピーチファルナを庇うようにケファミアとオリミアが前に出る。ケファミアは剣を、オリミアはスキルで巨大化した両腕を振るう。
つい先ほど、超常の無効化の弱点を突く形で射出された百の武具をそうやって薙ぎ払ったばかりである。今回もまた同じように対応すればいい、と考えた時だった。
ドッバァンッッッ!!!! と。
剣や腕が武具に触れた瞬間、耳をつんざく爆音が炸裂したのだ。
強烈な閃光と強大な爆風とが場を席巻する。ゼリシア=キラーゾーンやシンシヴィニア=セレリーンの髪が靡き、地面がひび割れるほどだった。それほど強力な爆撃が炸裂したのだ。
爆風に巻き込まれたのだろう。ピーチファルナを飛び越えて遥か後方に落ちたケファミアとオリミアがドン、ゴンッ!! と鈍い音を響かせる。
どろり、と。
ピーチファルナの顔にヌルヌルとした生暖かい感触があった。ケファミアやオリミアが噴き出した赤い液体がかかったからだと気づいた瞬間、ピーチファルナの背筋に冷水を浴びたような、おぞましい悪寒が走り抜けた。
「う、そ!? ケファミア、オリミア!!」
「馬鹿っ。逃げなさい!!」
ブォッ!! と爆風を引き裂き、爆発しなかった数十の武具がピーチファルナへと襲いかかる。その刃が瑞々しい肌を引き裂くその前に、割り込むように飛び出した母親が両手を突き出し力ある言葉を紡ぐ。
「『炎の書』第六章第三節───炎獄爆撃!!」
ゴッバァ!! と展開された魔法陣から津波と見間違うほどに膨大な炎が噴き出した。まさしく紅蓮の壁のごとき波が迫る武具を呑み込み、炸裂する爆撃を圧倒的熱量で焼き尽くしていく。
「あ、ああっ。大丈夫ケファミア、オリミア!?」
「取り乱している暇はないわよっ。今は自分のこと──」
母親が何事か言いかけたその声が途切れる。
トン、と。レモンファルナの目の前にゼリシア=キラーゾーンが出現したのだ。
「っ!!」
どうやって、と疑問が浮かぶ前に、レモンファルナは反射的に動いていた。魔法陣を展開、その口から力ある言葉を紡ぐ。
「『風の書』第八章第六節───魔癌風砲っ」
「残念ちゃんだけど、これでチェックメイトちゃん」
レモンファルナが具現化した漆黒の風は上級に位置する強力な魔法であった。が、それだけだ。たった一つの魔法でしかなかった。
対してゼリシアが具現化するは百を軽く超える魔法の数々。炎、水、風、土、とにかく多種多様な魔法が濁流のように解き放たれる。
ゴッゾォンッッッ!!!! と一つ一つを視認することもできない魔法の濁流が漆黒の風を押し潰す。その漆黒の風にどんな効果があったのかも不明なまま呑み込み押し潰せるほどの圧倒的物量。それほどの物量がそのままレモンファルナへとなだれ込む。
肉が裂け、骨が砕ける異音が響く。
先のケファミアやオリミアのように、母親が鮮血を撒き散らしながら吹き飛ぶ。
「お母さんっ!!」
「他の誰かに埋め込んだストックちゃんを自分が使用ちゃんすることはできない、それに写し模倣ちゃんできるのは同時に十個まで。それだけ知っていれば簡単に叩き潰せるちゃん」
軽薄な笑みと共に毒々しい言葉が続く。
「これにて場違いにも首を突っ込んできた集団ちゃんの中でも最大戦力ちゃんである穢れし聖女ちゃんを撃破ちゃんっと。さて、ちょうどいいちゃんから『旧世代』ちゃんであるレイ=レッドスプラッシュでも殺しておくちゃん。過去に情報送信ちゃんされる前にね。まあこの状況ちゃんだとセレリーン伯爵家当主ちゃんとか場違いちゃんな連中が邪魔ちゃんしてきそうだけど、全知全能の敵じゃないちゃんしね」
ギラリと日光を反射する刃があった。
ゼリシア=キラーゾーンの右手に握られし剣が唸る。単なる物理的な攻撃。超常を一切使わず、武術という名の『能』に乗せた横殴りの斬撃をピーチファルナは視認することすらできなかった。
だから。
しかし。
「させるわけないでごぜーますよお!!」
ダァンッ!! と地面を踏み砕く勢いで突っ込む影が一つ。レイ=レッドスプラッシュ。肉の器の能力に関しては自在に振るうことができる古き金字塔は両足が内側から破裂するほどに脚力を絞り出し、ピーチファルナとゼリシア=キラーゾーンとの間に飛び込んだのだ。
その手に握った小さな棒状の魔法道具を突きつける。ピーチファルナを押しのけて、バックステップで斬撃を回避しながら魔法道具の機能を解放。瞬間、じゅわりとピーチファルナの鼻腔をくすぐるは甘い蜜のような匂いだった。
「『ハニートラップ』発動でごぜーます!!」
甘い蜜のような匂いを体内に吸い込んだ対象の無自覚や無意識へと影響を及ぼす行動支配能力。『これまで』幾千幾万幾億もの繰り返しの中で人々を操ってきた脅威は、しかしブォワッ!! と斬撃が撒き散らす魔法の暴風によってその効果を失う。
おそらく斬撃に乗せられた魔法は初級程度。人体を壊すほどの破壊力もない、それこそ華奢な女の子を一、二歩よろめかせる程度の風であった。が、それもまた使い方次第で必殺と変じる。
例えば、
「その魔法道具ちゃんは知っているちゃん。匂いをトリガーちゃんとして無自覚ちゃんや無意識ちゃんを操るなら話は簡単ちゃん。こうして風で匂い成分を吹き飛ばせばいいちゃん」
そして、と。
無自覚や無意識への介入が不発に終わったと見るやいなや突きつけている『ハニートラップ』の内蔵魔力を破壊エネルギーと変えて射出するレイ=レッドスプラッシュを見据えて、全知全能を司りし怪物は軽薄に笑う。
笑って、前に踏み出す。
「かつての力ちゃんを捨てた旧『魔の極致』第七席ちゃんだったならば、簡単にひねり潰せるちゃん」
ゴッボァア!! と圧倒的な超常の物量が『ハニートラップ』の内蔵魔力による閃光を呑み込み、そのままレイ=レッドスプラッシュを薙ぎ払う。超常の濁流、無数の暴虐が六百年前の『戦争』を生き抜いた怪物をいとも簡単に叩き潰したのだ。
「レイさ……っ!!」
「いいからさっさとくたばるちゃん。ここは甘ちゃんが首を突っ込んでいい場所じゃないちゃん」
吐き捨て、軽薄に切り捨てたゼリシア=キラーゾーンがその手に握った剣を振るう。今度こそピーチファルナを斬り裂くために。
「それは! 冗談じゃ済まないですわよお!!」
ガギィンッ!! と割って入った令嬢がゼリシアの刃を受け止める。シンシヴィニア=セレリーン。先ほどまで幾度となくゼリシアの攻撃を受けて、無事な箇所を見つけるのが困難なほど全身傷だらけであるというのに、それでも友達を救うために前に出たのだ。
「知っていても不可解ちゃん。他人におんぶにだっこちゃんなお荷物ちゃんを庇う理由ちゃんがあるわけ? それともシンシヴィニアちゃんが掲げる誇りはそんな奴さえも庇い立てすることに優越感ちゃんを抱く程度のものちゃん?」
「知っている、なんて意味深に言っておいて、肝心な部分を知らないようですわね、ゼリシア。誇り? 確かにわらわはノブリスオブリージュを掲げてはいるけど、そんなもん関係ないんですわよ!!」
プシュッ、ぶしゅう!! と傷口から鮮血を噴き出しながら、それでもシンシヴィニア=セレリーンは笑みさえ浮かべてこう叫んだのだ。
「ああそうですわよ、ようやく戦う本当の理由ってヤツが分かったですわよ!! ノブリスオブリージュなんて関係ない、ただ友達を見捨てたくないだけなんですわよ!! わらわは! ピーチファルナもゼリシアだって!! 絶対に見捨てたくないんですわよお!!!!」
一瞬。
これまでケファミアやオリミア、ピーチファルナの母親にレイ=レッドスプラッシュさえも難なく薙ぎ払った全知全能の使い手が虚をつかれたように全身を硬直させた。
そう、『義務』なんてなくたって全力を尽くすに決まっていた。ピーチファルナがどこまで甘え癖が強くとも、ゼリシア=キラーゾーンが隠さなきゃいけないほどの『何か』をやっていたとしても、それでも助けたいに決まっているのだ。
友達だから。
理由なんてそれだけでいい。
もちろん無条件に何でもかんでも与えるだけが友情ではないからこそこうして激突してはいるが、それだって最終的にみんなで幸せになるためだ。
大切だからこそ、レッドスプラッシュ公爵家を敵に回すような行動に出ている真意を知りたいのだ。力を貸すにしても、止めるにしても、全ては真意を知ってから。その上でゼリシア=キラーゾーンのために何ができるのかを考えたいのだ。
そのためならなんだってできる。
ピーチファルナのためでも、ゼリシア=キラーゾーンのためにだって、シンシヴィニア=セレリーンは命をかけて戦うことができる。
「シンシヴィニア、ちゃん」
「今ならまだ間に合うですわよ。抵抗をやめて、素直に何をやったか話して! そうすればっ、わらわはゼリシアの味方になれる、絶対に味方になってやるんですわよ!! だから!!」
虚をつくことはできたのかもしれない。
ようやく、シンシヴィニアさえも把握していなかった本音はきちんと伝わっただろう。
だからこそ。
硬く、強く定まる決意も存在する。
「いいからさっさとくたばるちゃん」
「ゼリ、シア……ッ!!」
「ここはシンシヴィニアちゃんがいていい場所じゃないちゃん! だから、だから!! さっさとくたばるちゃんっっっ!!!!」
「ゼリシアァァァあああああああああッ!!!!」
その時、シンシヴィニアは確かに見た。
多種多様な力を自在に操る怪物、なんかじゃなく、ゼリシア=キラーゾーンという一人の少女が泣きそうな顔をしていることに。
(なんて顔してるんですわよ、ばかっ! そんな顔しておいて、よくも『持っている』なんて言っていたものですわよ!!)
直後に超常の濁流があった。
圧倒的な物量がシンシヴィニア=セレリーンへと襲いかかる。




