第十五章 結集、そして
「なんかバッタンバッタン倒れていくんだけど、本当に大丈夫なのこれ!?」
「意識を奪っているだけだから、心配いらないでごぜーますよ」
元騎士や元冒険者など実戦経験豊富なはずの私兵たちが次々と倒れていく。言葉を発する暇もなく、何かしら身動きをする隙すら見出せずにだ。
レイ=レッドスプラッシュ。
『蠅の女王』の素体となったベルゼ=クイーンエッジの死体に魔族だった頃の力の全てを封じ込めた上で捨てた令嬢の手にあるは魔法道具『ハニートラップ』。無自覚や無意識など、自分でどうこうしようと思うことなく機能しているものを歪め、好きに弄る道具である。
レイ=レッドスプラッシュが現在所有している魔法道具は『ハニートラップ』を除けば残り一つ。魂魄を現在の己が肉体を除くいずれかの肉体へと上書き、憑依させる魔法道具である。
魂魄漂流式転生術、そんな無茶苦茶な機能さえも発揮するのがベルゼ=クイーンエッジが生み出す魔法道具の凄まじさであった。
と。
屋敷内に蔓延る私兵を軽々と蹴散らしながら突き進むレイとピーチファルナが廊下の角を曲がった時だった。
バッゴォン!!!! と。
二つの水の槍が真っ向から激突、撒き散らされた衝撃波を浴びたピーチファルナの体勢が崩れ、倒れそうになる。
「あっ……」
咄嗟であった。
決して狙ってなどいなかった。
倒れそうになったピーチファルナを支えようと腕を伸ばすレイ。結果、後ろから抱きしめる形となったのた。
「おっととっ。あ、レイさんありがとっ」
「い、いえ……」
腕に伝わる温かさがあった。
もう二度と味わうことはないのだと諦めていた幸せであった。
レイ=レッドスプラッシュにはこれだけあれば良かった。そのためなら世界を隅から隅まで吹き飛ばすことも辞さないだけの覚悟があった。
──だからこそ、ピーチファルナを傷つけてきたのが他ならぬ己が所業であることが許せなかった。
だから。
だから。
だから。
「あ、お母さんと、領主様!? あれ、なんっ、なんか喧嘩してるし! 待って待って、なんでそんなことになってるの!?」
「……、ふう」
一つ息を吐き、切り替える。
くだらない後悔や懺悔に費やす時間がもったいない。
今は目の前の現実に立ち向かう時。後悔や懺悔にその身を差し出すのは全てが終わった後でいい。
「とりあえず止めるでごぜーますか」
小さな棒状の魔法道具を振るうだけで良かった。『ハニートラップ』が撒き散らす、超常にて隠蔽された蜜のように甘い匂いが領主を蝕み、無自覚や無意識へと介入する。
ガヂリッ!! と動きを止める領主を確認して、レモンファルナもまたその動きを止める。領主と全く同じ魔法でもって相殺し続けてきたメイドにとって、領主が敵対行動に出なければ戦う理由はないからだ。
「お母さんっ、なにこれどういうこと!?」
「ピーチファルナっ、なんでここにいるのよっ」
「ぅえ? なんでって、そんなのシンシヴィニアちゃんを助けに来たに決まってるじゃん! それよりなんで領主様と喧嘩──」
と。
その時だった。
ゴッバァン!!!! と壁をぶち抜き、レモンファルナとピーチファルナの間に飛び込む集団があった。
「治安維持部隊推参だコラァッ!」
「おらおらお偉いさん襲うような恐れ知らずはどこだあ!? もちろん俺らを敵に回す覚悟はあったよなあ!! 何せ、俺らは! 治安を維持する部隊なんだからなあ!! こーゆーのを解決するのがお仕事なんだぜベイベーっ!!」
「さあ、今こそ人助けです! 将来の騎士として困っている人を放ってはおけないですしね!!」
「はぁ。テンション高すぎだし、ケファミアがなぜか馴染んでいるし、なんでこんなことになっているのさ?」
何やら騒がしい連中であった。
……なぜか一緒になって見覚えのある少女が剣をブンブン振り回しながら一際大きな声で騒いでいた。
「あ、ケファミアにオリミアだっ」
「ピーチファルナじゃないですか。ちょうどいいところにいました。敵はどこですか? 将来の騎士たる私の剣で斬り刻んでやるですよ!!」
「いや、わたしも今来たところでよくわからないというか……って、そうだ! お母さんっ。なんで領主様と喧嘩してたの!?」
今頃知らない少女が二人ほど混ざっていることに気がついたのか、ざわめき始めた治安維持部隊の連中を放ってピーチファルナは母親に視線を向ける。
対してレモンファルナは呆れたように目を細めて、
「馬鹿娘は後で説教ね。まあそれはそれとして、説明の必要がありそうね。治安維持部隊まで出てきたことだし」
「お説教!? なんで!?」
「戦う力もなしに騒動に首を突っ込んでいるからよ! 友達のためとはいえ、無謀な挑戦していい理由にはならないのよ、馬鹿っ」
「で、でもっ」
「でもじゃない!」
何事か言いかけた馬鹿娘を一喝で黙らせて、レモンファルナは切り替えるように首を横に振る。改めて(可愛い女の子がついてきているなんてラッキーじゃんという結論に至った)治安維持部隊の連中やケファミアたちに視線を向けて、己が知り得る限りの騒動の顛末を話し始めた。
ーーー☆ーーー
「めんどくさいことになったな」
騒動の外、セレリーン伯爵家の屋敷を見据える男が一人。
ローラン。
ピーチファルナの父親は静かに腰の剣に手をやり、
「もしかして、これはお前の仕業か?」
「ギッギクッ!? なんで分かったのヨ!?」
ぐにゅり、と景色が歪んだ風に見える現象の後に歪みから出現した女が素っ頓狂な声をあげていた。
額から伸びたねじくれたツノに白と黒のマーブル模様の瞳。踊り子が着るような露出の多い服から褐色の肌を覗かせる彼女の名はネフィレンス。『旧世代』、あるいは旧『魔の極致』第三席たる魔族はどこかばつが悪そうにあらぬ方向へと視線を向けながら、
「違うのヨ。私チャンは戦力を集めようとレイの手駒であるレッドスプラッシュ公爵家やその配下どもが『敵』を殲滅するよう誘導しようとしただけなのヨ。『あれ』よ『あれ』、レイから借りた『ハニートラップ』使って無自覚や無意識で誘導すれば簡単に済むはずだったのニ、どこぞの令嬢が無自覚や無意識の改変さえも跳ね除けるくらい強い意志で抗ったせいなのヨォ!! ああもうレイに『ハニートラップ』返したせいでリカバリーできないしサァ!!」
『ハニートラップ』は無自覚や無意識を改変する。意識せずにいる不可視の力に流されるように対象を動かすことも可能だが、あくまでそれは自覚なき誘導である。
強き意志で突き進む者を真逆に誘導するような強制力はない。あくまで無自覚や無意識による自覚なき誘導、軽く背中を押すようなものなのだから。
……『前』シンシヴィニアが良いように操られていたのはレイが強き意思を逆手に取ったからである。何も直接的に方向性を定める必要はない。軽く背中を押すだけでも結果は変わるものだ。
ゆえに『前』のシンシヴィニアの行動には強き意志はあっても救いがなかったのだろう。
「よく分からんが、あそこには家内がいるし何とかなるか。それより、だ。シンシヴィニア様の気配が飛んだ。それもよりにもよってゼリシア=キラーゾーンの近くにな」
「だかラ? 一つ二つ手駒が無駄死にするくらいなんだってのヨ。それ以上の手駒を揃えテ、物量で押し流──」
「助けにいく。移動手段は任せたぞ」
サラリと。
当然のように言ってのけたローランへと何事か言い返そうと口を開いたネフィレンス──の首筋に刃が突きつけられていた。
抜剣。
まさしく並大抵の戦士では視認すら不可能なそれを、しかしネフィレンスはしっかりと目で追った上で黙って素通りさせた。
パチクリと、なんでそんなことをやっているのかだけに驚いたように目を瞬くネフィレンス。そんな彼女へとローランは突きつけるようにこう言ったのだ。
「私は決してシンシヴィニア様を見捨てる気はない。だが長距離を瞬時に移動する手段はない。今まさに距離の概念を無視して現れたお前と違ってな。ゆえに交渉の時間だ。私をシンシヴィニア様のもとまで飛ばせ。断るなら力づくだ。さあ、どうする?」
「…………、」
ここが分岐点であっただろう。
ネフィレンスが損得勘定のみで動くことなく、人間ごときに指図されるのは不愉快だと思うような魔族であったならばローランは確実に殺されていただろう。
だが、
「ハァ、本当人間ってのは分からないわネ。マァどうせ使い潰すならもちろん『敵』にぶつけるケド……もうちょっと待つことネ」
「なぜ?」
「どうせ使い潰すなら有効活用したいからヨ。ナニ、あいつらも人間だし同じような結論に行き着くはずヨ。ならそれに合わせてぶつけるべきよネ」
「待て! 時間を無為に消費してはシンシヴィニア様を危険な目に合わせ──」
「これ以上は譲歩しなイ。嫌なら制御不能なガラクタと判断しテ、ここで廃棄処分ヨ」
「……、チッ!」
ローランには長距離移動用の力はない。元よりネフィレンスを説得できるか否かだったのだ。最高ではなかったにしろ、最低ではないとプラスに考えるしかないだろう。
ーーー☆ーーー
運命のレールが切り替わる音と共に呟きがあった。
「世界の記憶ちゃんを偽造するなんてふざけた真似してくれたものちゃん」




