第十四章 己が意思を貫くために
「シンシヴィニア様っ、落ち着いてください!!」
「ほら、当主様は捕まえろとか何とか言ってはいますけど、冷静に話し合えば解放してくれるって!! だからとりあえず捕まって……」
「うるっさいですわよ! いいからそこをどくんですわよお!!」
ゴッボァン!! と轟音が炸裂する。捕まえろなどと命令されはしたがセレリーン伯爵令嬢相手に強行的な手段を用いるわけにもいかない私兵どもが薙ぎ払われる音であった。
元騎士や元冒険者を複数人相手にしながら、まさしく圧倒しているシンシヴィニア=セレリーンが廊下を駆け抜ける。繊手を振るい、魔法を放ち、その度に私兵の誰かか宙を舞う。
「おい、やべえぞ! シンシヴィニア様には『あのスキル』があるっ。時間をかければかけるだけチャージ時間を稼がれちまうっ。くそっ。どれだけチャージした? どれだけ飛べるようになった!?」
「くそったれ! 『あのスキル』使う暇を与えるなよ!! この際かすり傷くらいは許容……できねえっつーの!! 女の子の肌だぞっ」
「とにかく動きを止めろ! なんか、こう、柔らかいので雁字搦めにするような優しい拘束手段ねえのか!?」
セレリーン伯爵家が私兵。
十代前半のシンシヴィニアが生まれた時から共に過ごしてきた者が大半であった。つまり彼らにとっては娘も当然なのだ。何やら当主が捕まえろなどと命じたために行動してはいるが、だからといって傷をつけるような真似ができるわけもない。
と、その時だった。
ゾッバァ!! と何かがシンシヴィニア=セレリーンの頬を掠めたのだ。
「づッ……!! 水の、槍……っ!!」
横殴りの間欠泉にも似ていた。
針のように細く束ねられたそれが矢よりも早く宙を走り抜けたのだ。
高圧水流。
高速で撃ち出された水は鉄をも穿つ破壊力を生み出す。
じわりと水の槍が掠め切れた頬に血が滲む。
その先。シンシヴィニアに傷をつけるのも厭わない男が一人。
「追いついたぞ、シンシヴィニアっ。貴様が何をしようとしているかは知らないが、余計なことをする前に拘束してやる!!」
セレリーン伯爵家当主。
男は五つの魔法陣を展開、ゾッバァ!! とそれぞれの魔法陣から水の槍を射出する。
一発であれば回避もできたかもしれない。が、いかに伯爵家が住まう屋敷とはいえ廊下は廊下。横幅がそう広いわけではない。五つもあれば、回避できないよう配置することもできる。
「……ッ!!」
そして。
そして。
そして。
「天の上に君臨する神聖にして全能なりし女神の逆位相、すなわち地の底に沈む不浄にして無能なりし女神よ、ここに魔法を写し示せ!!」
ゾッバァ!! と五つの水の槍がシンシヴィニアを守るように掃射された。
互いが互いを削り殺すようなものだった。当主が放った水の槍とシンシヴィニアを守るように放たれた水の槍とが真正面から激突、相殺、弾けるように霧散する。
「な、ん……!?」
全く同じ魔法が後方よりシンシヴィニアを守るように放たれたことよりも、先の声に聞き覚えがあったことに驚愕を露わにするシンシヴィニア。
そう、その声は、
「レモンファルナさん!?」
「いつも言ってるけど、シンシヴィニア様がメイドごときにさん付けなんてする必要ないわよ」
レモンファルナ。
メイド服姿の彼女はシンシヴィニアが縦ロールの仕立てを任せるほどに信頼しているメイドであり、友達の母親であった。
「今の、なんっ、レモンファルナさん魔法使えたんですわよ!?」
「あんなのまがい物に過ぎないのよ。聖女なんてものを崇拝している連中に言わせれば穢れた力ってヤツよね」
「聖……っ!?」
サラリと告げられたその単語の意味を知っているシンシヴィニアが何事か言いかけたところで、レモンファルナは引き裂くようにこう続けた。
「そんなことより、シンシヴィニア様にはやらなければならないことがあるのでは? こうして私兵や当主様さえも敵に回すだけの『理由』があるはずよ」
「まさか、知って──」
「いるわけないわよ。まあシンシヴィニア様は意味もなく暴力を振るうような人ではないことは知っているけどね。だから、早くやりたいことをやっちゃいな。ここは私に任せてさ!!」
「任せてって、それがどういう意味かわかっているんですわよ!?」
「当主の決定に逆らうってことよね。こんなの聖女だなんだくだらないもので雁字搦めだった箱庭からあの人と逃げ出した時に比べればちっぽけな反逆よ」
言って、前へ踏み出す。
シンシヴィニア=セレリーンを庇うように、いいやそうではなく、
「行きなさい、シンシヴィニア様。貴女様が心より焦がれる願いを貫くために!!」
背中を押して、見送るように。
「……っ! 本当、もうっ!!」
どこまでも眩しく、憧れで、いつだって足りないものを与えてくれるメイドの言葉を胸にシンシヴィニアは力を解放する。
「すぐに終わらせてくるですわよ!! だからあんまり無理しては駄目ですわよっ。そうですわよ、危なくなったら逃げるように!!」
目的地まで距離があったためにチャージ時間が必要だったが、それももう十分。シンシヴィニア=セレリーンが所有するスキル、すなわち『前』どこから取り出したのか不明だったピーチファルナの背中を斬った剣を『引き寄せた』そのスキル。
「スキル『瞬奏』発動ですわよ!!」
瞬間移動。
異なる座標へと対象を移動させるそのスキルでもって、シンシヴィニア=セレリーンの身体が消える。ゼリシア=キラーゾーンの下へと、ノブリスオブリージュを貫くために。




