第十三章 点と点とが集まるその先にこそ
轟音が連続していた。セレリーン伯爵家が本邸にて炎やら水やら風やら土やらが噴き出すように乱舞しているのだ。
お屋敷の壁なんて容易く貫く暴力の数々、その中に友達がいるかもしれない。そう考えたら、足が動かに決まっていた。
「シンシヴィニアちゃんっ、今行くから!!」
ピンクの寝巻きのまま家から飛び出したピーチファルナは漆黒のシンプルなドレス姿のレイ=レッドスプラッシュを伴って街を駆け抜ける。
距離はそう遠くはない。複数の魔法が乱舞しているのが見えるほどなのだから。
「やはり魔族やそれに匹敵する力の波動はなしでごぜーますか。これはもしかしたら……人間同士の小競り合いでごぜーますかね」
「え、え? つまりどういうこと!?」
「全員敵に回しても私一人で叩き潰すことができるということでごぜーますよ」
くるり、とレイの手の中で回るは小さな棒状の魔法道具。すなわち、
「魔法道具『ハニートラップ』は無自覚や無意識を操るでごぜーます。正確には自覚なしに行っている行為全般に干渉可能なのでごぜーますよ」
「はにー……? っと、そうだ! ケファミアやオリミアを探さないとっ」
「必要ないでごぜーますよ」
「え、でもなんか大変そうだよ!?」
「私だけで叩き潰せると言ったでごぜーますよ。だというのに、ケファミアやオリミアとの合流に時間をかければその分だけ無駄に死者が増えるでごぜーますよ」
「うっ。それは……もおいいや! レイさんに任せた!! なんかいい感じにして!!」
そんな会話を交わし終わった頃にはセレリーン伯爵家本邸、その正門へと到達していた。
こんな時でも己が役割を全うすべく屹然と立っていた二人の門番が何事か警告でも言おうと口を開いた、その瞬間の出来事だった。
ガヂリッ!! と。
言葉の通りに二人の門番の動きが止まった。
「血流に内臓の動き、それに電気信号。自分でも意識せずに行っているそれらによって人間は活動しているでごぜーます。すなわち無自覚、無意識のうちの行動によってでごぜーます。ではそれらに干渉できれば? 答えは簡単、身動き一つできなくなるでごぜーますよ」
今回『は』動きを止めただけだった。『前』、ピーチファルナが『ハニートラップ』でゴロツキどもを殺そうとした際には血液の流れそのものを固めることで動きを止めると共に酸素の運搬機能を阻害することで『どんな結果になっても死ぬように』細工していたのだが……もちろん『今』のピーチファルナが知る由もない。
「? ???」
というか、ピーチファルナは『今』何が起きているかもわかっていなかった。
「質問でごぜーます。ああ口の動きだけは自由にしてやるでごぜーますよ」
「ぷはっ!? がぶべぶっ!?」
「がっばぐっ!? なん、これ何が……っ!?」
まるで溺れかけているところに強引に引きずり上げられたかのように喘ぐ二人の門番の都合なんて完全に無視して、淡々と問いが流れる。
「この騒動の原因はなんでごぜーますか?」
「当主様がシンシヴィニア様を捕らえよと命じられたんだ。屋敷の中で私兵とシンシヴィニア様とがやり合っているんだよ」
答えてからだった。
あれ? と首をかしげる門番だが、レイが構うわけもない。軽く『ハニートラップ』を振るうだけだった。まるで糸を切った人形のように二人の門番が地面に倒れたのだ。
「うわっ、倒れ、大丈夫!?」
「気絶させただけでごぜーます。ピーチファルナちゃんの好みに合わせるに決まっているでごぜーますよ。それより敵がわかったことだし、さっさと片付けるでごぜーます」
無自覚や無意識へと干渉すれば『意識せずに問いに答えていた』なんて結果を導くことも可能である。
魔法道具『ハニートラップ』。
六百年前には大陸全土を相手に『戦争』を仕掛けた魔族、その第七位たる旧『魔の極致』第七席が作り出した兵器なのだから、この程度のことはできて当然であろう。
ーーー☆ーーー
その時、ピーチファルナの鼻腔をくすぐるは家が焼ける焦げ臭いにおいと──じゅわり、と甘い蜜のような香りであった。
どこか懐かしいと感じるのはなぜだろう、と首をかしげるピーチファルナ。その理由は、未だ見えず。
ーーー☆ーーー
「なんだか大騒ぎなのさ」
その時、噴水がある広場に足を運んでいたオリミアは多種多様な魔法が乱舞するお屋敷を見つめていた。伯爵家の本邸ともなれば貴族所有の私兵が大勢配置されているはずだ。治安維持部隊や騎士団とは違ってあくまで個人保有の戦力のため『個人的な理由でも』使える私的な兵どもがどれだけいるのかは不明だが、あれだけド派手に暴れている以上、よっぽどの強敵が攻め込んでいるのだろう。
「テメェら気合い入れろよ! 領主様のお屋敷を襲うクソ野郎がいるってんだ、今こそ治安維持部隊の本領を発揮する時だコラァ!!」
「しゃあっ! いくぜベイベーっ!!」
何やら騒がしい連中が屋敷めがけて走っていた。治安維持部隊。ああいった騒動を武力でもって解決する組織である。
お勤めご苦労様とでも言おうとしたところでオリミアは気づく。
『やってやるですうーっ!!』とか何とか叫ぶ脳筋が混ざっていることに。
「あの馬鹿っ、何やっているのさ!?」
そんなの決まっている。
絵本の中の、それこそデフォルメされまくった綺麗事の塊みたいな騎士に憧れているような少女なのだ。今まさに襲われている誰かを助けるために駆け出すのなんて当然のことなのだ。
「ああもうっ、なんで黙っていこうとするのさ! 待つさこの脳筋馬鹿っ、私もいくからさあ!!」
ガシガシと頭を掻きながら悪態をついて、だからといって見捨てるわけにもいかない。あんな馬鹿のことをオリミアは好きになってしまったのだから。




