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わたし、甘い蜜のような令嬢に溺愛されています  作者: りんご飴ツイン


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第一章 ありふれた少女の日常

 

「ピーチファルナ、ピーチファルナっ。早く起きなさい!」


「むにゃにゃむう……うるしゃいなあ」


 ごしごしと人差し指の腹で目をこする少女がゆっくりと目を開ける。


 寝癖ばっちりな銀のように輝く髪の少女は母親を確認して、ゆらりと手を伸ばす。ぎゅうっと首に腕を回して、一言。


「だっこぉ」


「はいはい、一人で歩きなさい」


「ぅえー?」


「えーじゃありません、もう!」


「だっこぉー」


 わちゃわちゃ攻防を繰り返し、最終的に腰にしがみつくピーチファルナを母親が引きずる形で落ち着いていた。……そちらのほうが普通に歩くより体力使いそうなのだが?


 ずりずりとリビングまで移動すると、ちょうど朝食を机に並べ終わったらしき父親がそれを見て軽く肩をすくめる。


「今日は引き分けくらいか?」


「たまにはあなたがピーチファルナを起こしてくれない? メイド仕事とは違って、単純に重くてキツイのよね」


「できることならいくらでも起こしてやりたいものだが……年頃の女の子って父親に部屋に入られるだけでも嫌がるものじゃないか? 洗濯物は別にしてだの、お父さんの体臭臭いから近づくなだのと同じように。正直言って、ピーチファルナに嫌がられたら立ち直れないぞ!!」


「ピーチファルナに限って、そんなことなさそうだけど。いつまで経っても甘えん坊だし」


「そう、か?」


「少なくとも一般的な年頃の女の子は『お父さんは冒険者として頑張ってくれているんだ!!』なーんて友達に自慢げに言ったりはしないものだと思うけどね」


「そうか。……そうかぁ」


 なんだか、こう、貫禄なんて何もない笑みを浮かべる父親だが、幸か不幸か母親の腰にしがみついてぐーすかし出したピーチファルナが気づくことはなかった。


 と。

 リビングに家族三人集まった時だった。


 ドタバタと忙しない足音が響いたかと思えば、ドバン! と扉を開いて飛び出してくる影が一つ。


「さあ、癒すですわよ!!」


 最近になって他国の王女と縦ロール仲間(?)になったと自慢げに話していた令嬢だった。


 つまりはシンシヴィニア=セレリーン。

 ノブリスオブリージュ、貴族として舐められないための『義務』としていつもはお高いドレスを着ているのだが、今の格好は安物の短パンにシャツ一枚であった。友達(ピーチファルナ)の家に来る時までノブリスオブリージュを貫くほどガチガチに縛りつけられるのに耐えられるほど達観してはいないということだ。


 領主の娘はピーチファルナの母親にしてお気に入りのメイド経由で知り合った同年代の友達を見つけた勢いのまま飛びかかっていた。


 ぎゅう! と。

 ピーチファルナと、お気に入りのメイドの二人を抱きしめる。


 どうせ二人に癒してもらう気満々だったのでちょうどいい、というわけだ。


「あら、シンシヴィニア様。どうかされましたか?」


「お偉いさんが今日やってくるんですわよ! その報告が今来たんですわよ!! 遅っそいですわよ!! なんでこう準備期間を想定した早めの報告という基本中の基本ができないんですわよ!! ああもう、()()()()()()()()()()()()()って結構めんどくさい奴ですわよね、単に遊びに来るだけだとしても放置するわけにもいかないですわよね、つまり今から相応の準備しないといけないということですわよね、それを一日すらない時間でやらないとなんですわよね、ああもうやってられないですわよお!!」


「シンシヴィニア様。そんなに大変なら、こんなところに来ている暇はないのでは?」


「分かっているですわよ、でもやる気を出すためにも癒しが必要なのですわよ! これは作業効率を上げるためですわよ、決して最近ピーチファルナと話す機会がなくて我慢の限界だったわけではないですわよ!!」


「むあ……シンシヴィニア、ちゃん?」


 母親経由で知り合った友達。

 ()()()()()()時から数年前の幼いピーチファルナだからこそ領主の娘だなんだ権力なんて気にせず仲良くなれた。


 一度仲良くなれば、いくら権力だなんだ立場の違いを思い知っても友達をやめてやる理由はない。ピーチファルナはそんなものより友情を大切にするし、シンシヴィニアもまた同じだからだ。


 というわけで。

 遠慮するわけがない。


 ぎゅう! と思いきり抱きしめ返すのなんて当然だろう。


「久しぶりだね、シンシヴィニアちゃんっ。なになに今日は遊びに来たの? よっし、いっぱい遊ぼうかー!!」


「こら。さっきの聞いてなかった……よね。完全に寝ていたし。とにかく、シンシヴィニア様は忙しいのよ。邪魔をしないように」


「ええーっ!? せっかく久しぶりに会えたのにっ」


「あ、あうう。誘惑が、癒されまくるけど、この誘惑を振り切れそうにないですわよ! もう、全部投げ捨ててもいいですわよね?」


「よくありません。シンシヴィニア様、未来の領主として多大な努力をなされているというのに、こんなところでご自分を曲げるおつもりで? ノブリスオブリージュ。ご自分で掲げたものをご自分で曲げたとして、それでいいと思えるならともかく、シンシヴィニア様なら必ず後悔するよね? だったら、頑張りましょう、ね?」


「む、むう。分かったですわよ、ええ本当はちゃんと分かっているですわよ! でも癒しが、誘惑が、うう!!」


 気がつけば。

 ピーチファルナの耳元に口を寄せて、どこか甘えるようにシンシヴィニアはこう言葉を紡いでいた。


「もうちょっとだけ、抱きしめてほしいですわよ。ノブリスオブリージュ、貴族としての『義務』を果たす活力になるから……」


「ちょっと? わたしは一日中でも構わないよ!! ほらぎゅーっ!!」


「あうう!! 誘惑が、癒しがあ!!」


 さて、シンシヴィニア=セレリーンは誘惑にして癒しを振り切り、きちんとお仕事に戻れるのだろうか?


「もうちょっと、もうちょっとだけなら……えへへ」


 ……この様子だとかんっぜんに無理だろう。

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