好きだからこそ
「レイ、さん」
理解できていない、ということくらいは感じていた。
周回遅れにもほどがある。甘く、甘く沈んでいただけなのだから、追いつけるわけがないのだ。
「レイさん……ごぶべぶっ!!」
だけど、だからといって黙っていられるものか。胴体が消し飛ぶような現実味がない損傷ゆえに痛覚なんて正常に機能していない。そのせいか、不思議と恐怖はなかった。死ぬ、のだろう。ここで終わってしまうのだろう。
だけど、だからこそ。
確実に、完膚なきまでに叩きのめされたのならば、足がすくむこともない。今の自分ができることを、やりたいことを、きちんとこなすことができる。
「レイさん、ごめんね」
「…………、え?」
いっそ。
お前のせいで死ぬことになるとか何とか罵倒されたほうが楽だったのかもしれない。周回遅れで無知なピーチファルナは何もわかっていなかったけど、それでもそうやって驚いてしまう奥にこそ真相が眠っているのだろう。
どうでもいい。
真相なんて知ったことか。
おそらくは数日前に初めて出会ったあの瞬間から──いいや、何ならその前から好きな女のために残せるものがあるはずだ。
無知は、足を止める理由にはならない。
たった一つ、胸を張って大切だと言えるもののためなら人はなんだってできる。
「わたし、……正直よく、分かってない、けど。多分、色々と背負ってる、んだよね? わかんない、わかんないよ。でも、だけど……。レイさんが何かを我慢して、押さえつけて、妥協して。今まさに何かを決断したことくらいはわかるよ」
周回遅れがなんだ。
無知がどうした。
それでも、見えるものはあるはずだ。目の前の好きな人が今何を思っているのか。感情が正と負のどちらに傾いているかくらいは見抜けるはずだ。
ならば、手を伸ばせ。
引きずり上げろ。
「わたしは、相談できないくらい頼りなかったよね。でも、だけど、世界は広いから。レイさんが、そうやって……妥協せずとも、済むぐらい……、強くてなんでもできる人だって、いるはず、だから」
答えなんて分からない。
こうしてレイを残して死していくピーチファルナにできることなんて何もないのかもしれない。
こうして並べている言葉は整合性も根拠も何もなく、完全に的外れなものなのかもしれない。
だけど、どうした。
そんなの知ったことか。
「ほら、レイさんメチャクチャ美人さん、だから……一言助けてって言えば、誰だって助けて、くれるよ。何を悩んで、何を切り捨てて、何を決めちゃったのかは、分からないけど……絶対に、辛くなっちゃうような選択を選ばずに済む、方法はあるよ」
ぐしゃり、と。
惚れた女が表情を歪めているのだ。
ならば、やるべきは一つ。
「わたしだって、力を貸すから。こんな有様だけど、死んじゃうまでの少しの間なら、相談に乗るよ。だから、だから、ね。もう一人で抱え込まないでいいんだよ。色んな人を頼って、巻き込んで、最後には幸せになっちゃえ」
それは、
そんなのは、
「ふざけるんじゃ、ないでごぜーます」
相手が胴体を吹き飛ばされていることも、すぐ近くにまだ騎士の剣持つ女がいることも、何もかも頭から吹き飛んでいた。
レイ=レッドスプラッシュの腕が伸びる。
ピーチファルナの胸ぐらを掴む。
「無知で、見当違いで、的外れで、なんで、そんな、ふざけるんじゃないでごぜーます! 私、わっわたしは、ただ! ピーチファルナちゃんと幸せに暮らしたかったのでごぜーます!! それ以外なんて何もなくてっ、なのにいつもいつも邪魔が入るのでごぜーます!! ふざけやがって、どいつもこいつも私の好きを嬲りやがって!! ピーチファルナちゃんは私のものです、私だってピーチファルナちゃんのものでごぜーます!! それだけでよかったのに、なのにっ、また死にそうになって!! 挙げ句の果てに幸せになっちゃえ? ピーチファルナちゃんがいない未来で私が幸せになれるわけないでごぜーますよお!!!!」
もしも。
レイ=レッドスプラッシュの罪の全てを理解する者がこの場にいたならば、罪人の勝手な言い草に憤りを感じていたかもしれない。
だからどうした。
これはレイ=レッドスプラッシュが好きを求める物語であり、ピーチファルナが好きを与える物語である。
悪意の一端くらいは見てきた。容赦なく人を殺しておいて平然と笑えるレイ=レッドスプラッシュが真っ当な人間のそれとは違った価値観の持ち主であることくらいは理解している。
ピーチファルナも同じだ。
好きのためなら、なんだってできる人種であることは初めてゴロツキどもを殺すことに迷いがなかったことからも伺える。
だから、答えは決まりきっていた。
幸せの形は決して型にはめて定義するものではない。
大勢の人間が侮蔑と共に切り捨てる真っ黒なそれが横たわっていたとしても、それでも好きだと胸を張ることができるのならば、それでいい。
少なくとも。
無知で周回遅れで見当違いなことしか考えられない今のピーチファルナにとっては、胸に燃える好きこそ絶対なのだから。
「えへへ、そっか。だったら、頑張らないとね。あれ、あれだよ。ほとんど思い出せないけど、わたしの怪我を治してくれたのって、そこのネフィレンスって人、なんだよね? ええと、ぐるぐるなツノにぐるぐるおめめって、本当に人なのかな??? まあ、なんでもいいや。とりあえずあの人に頼る、ところからはじめよっと」
「ピーチ、ファルナちゃん?」
「一人で、抱え込んだって何も解決、しないよ。できないなら、できる人に丸投げすれば、いいんだよ。それが最終的に幸せに続くなら、少しは図々しくならないと、ね?」
だから、と。
ピーチファルナはこう続けた。
「さっきも言ったけど、レイさんももっと図々しく人に頼るべきだよ。有能だから、一人で何とかしようとするのかな?」
「でも、だって! 『魔の極致』に頼った時だって結局は失敗して──」
「だったら。もっと大勢集めればいいじゃん。どんな問題にしろ、人を集めまくれば、そのうち何とかなるって」
ポンポンと。
まるで幼子を慰めるようにレイの頭を撫でるピーチファルナ。
ぐじゅり、と。
甘く蕩けるような声が一つ。
「好きだよ、レイさん。だからこそ、レイさんには絶対に幸せになってもらうんだから。そのためなら、わたしが必要なら、こんなメチャクチャな怪我だってなんとかして、生き残ってやる。だから、ほら、笑ってよ。わたし、レイさんの笑顔大好きなんだから、さ」
そして。
そして。
そして。




