貴族らしく、それでいて彼女らしく
過去の一幕。
シンシヴィニア=セレリーンを突き動かす憎悪の起点が一つ。
『……ッ!!』
ローランにレモンファルナ。
『あの人たち』の子供にして、『あの人たち』に愛されていることが存分に伝わってくるくらいに毎度のごとく話題に出てくる少女。すなわちピーチファルナ。
そのピーチファルナを意図的に孤立させ、なおかつ他の街や国に逃亡しないようにすること。それがレイ=レッドスプラッシュからの命であった。
『……ちくしょう』
達すること自体は造作もない。
セレリーン伯爵家はそれだけの力を『持っている』。孤立させたいなら、領地を支配するだけの力でもってたった一人の少女から奪えばいいだけだ。
ピーチファルナには友人がいた。両親が領主暗殺を目論んでいたという噂が流れた末に自殺した、という状況でもピーチファルナのことを友人と言ってくれるような少女がいた。
──ならばその少女から奪えばいい。ピーチファルナのそばにいる限り、セレリーン伯爵家支配地において少女を含む親族全員が一切の仕事ができなくなるように圧力をかけるなど『生活環境を奪い去る』脅しをかければ、いつかはピーチファルナのそばから離れるものだ。
『わらわは、こんな、クソが!!』
後はピーチファルナがこの街でギリギリ生活ができるくらいに調整すればいい。奪って、奪って、奪い去って、しかし自暴自棄になって街から飛び出すまでは追い詰めない。無理に『外』に出るよりは、『中』で生きながらえたほうがまだマシだと思えるような状況を作り出せば──孤独な牢獄が完成する。
『ふざけやがって、ふざけやがって! ふざけやがって!! レッドスプラッシュ公爵令嬢め、わらわにこんなことをさせてタダで済むと思うんじゃないですわよ!!』
ピーチファルナを孤独に沈めるにあたって一つ条件があった。シンシヴィニア=セレリーンが主導すること、という条件が、である。
レッドスプラッシュ公爵家からの命にセレリーン伯爵家が逆らうわけがなく、結果としてシンシヴィニアの手で『あの人たち』の子供を孤独に追いやることとなった。
跳ね除けるのは簡単だろう。
その後、より多くのものを奪われるだけで。
これがシンシヴィニア=セレリーンだけの問題ならば、跳ね除けていただろう。だが、これはセレリーン伯爵家の問題である。
逆らえば、そのツケをセレリーン伯爵家『全体』が払うことになる。そう、シンシヴィニア=セレリーンが『持っている』力でもってピーチファルナを苦しめているように、レッドスプラッシュ公爵家が『持っている』力でもってセレリーン伯爵家『全体』が苦しむことになる。
セレリーン伯爵家が支配している領地『全体』の人民が苦しむよう、レッドスプラッシュ公爵家が手を回せば──今のピーチファルナのように孤立することとなる。
これが派閥を先導する頂点であればまだ自力でどうにかできたかもしれない。が、あくまで派閥の構成物の一つでしかないセレリーン伯爵家は周辺の同派閥領土から孤立するよう『繋がり』を断たれてしまえば、いつかどこかで干上がるのは目に見えている。
何割、だ。
推定ではあるが、何割もの餓死者が出ることが予測されているのだ。
跳ね除けられるわけがない。
シンシヴィニア=セレリーンが掲げし正義のために、セレリーン伯爵家が『持っている』人民の全てを飢えの地獄に突き落とすわけにはいかないのだ。
少数を切り捨て、大勢を救う。
正しく、立派で、支配者たりうる判断で──なんと『貴族らしい』理屈だろうか。
間違いではない。
この正しさを踏みにじってはいけない。
だけど、それでも。
だからといって正しさ『だけ』で終わってはならない。
『絶対に、覆してやるんですわよ』
すでに数年にも及んで伯爵家の力でもって一人の少女を苦しめていた。それは紛うことなき罪である。きちんと償うべきだ。
だけど、まだだ。
シンシヴィニア=セレリーンは地獄の底に落ちるべきだろう。脅されていたんです、だから私は無実なんです。そんなくだらない言い訳はしない。
だけど、だけど、だ。
償う前にやるべきことがある。
『いつか、必ず! 絶対に!! 「あの人たち」に変わってピーチファルナを救ってみせるんですわよ!!』
ノブリスオブリージュ。
『持っている』からこその『義務』。
シンシヴィニアはピーチファルナよりも『持っている』のだから、その分だけ分け与える『義務』がある──なんて話ですらない。
何も悪いことをやっていない女の子が伯爵家、いいや公爵家の力でもって苦しんでいるのだ。救いたいと、そう思うに決まっているではないか。
いつか、必ず、絶対に。
領地の民を守った上で、己が手で苦しめているたった一人の少女『も』救い出してみせろ。
ーーー☆ーーー
点と点とは繋がった。
領主の娘に騎士の剣持つ女。二人の因子があの場面で動いた理由は明確となった。
「れ、レイさーん? なんでわたし膝枕されてるの?」
「くふふ☆ そんなの私がしたいからに決まっているでごぜーます」
だけど、まだだ。
最大にして最悪の因子が未だ不透明なままである。
「まあ悪い気はしないからいいけ……ふひゅう!? にゃっにゃにっ、耳のあにゃにゃにゃあ!?」
「ぐりーぐりぐーりー☆ ぐりりー☆」
すなわちレイ=レッドスプラッシュ。
かの令嬢はなぜピーチファルナに固執しながら、ピーチファルナから『奪う』ために状況をセッティングしたのだ?
「ナニコレナニコレナニコレ、にゃふう!?」
「耳かきでごぜーますよ、ピーチファルナちゃん」
甘く、苦く。
矛盾した狂気は、しかしたった一つの理由で繋がっている。
「ふ、ふほわあ……っ!?」
「好き、好き、くふふ☆ 大好きでごぜーますよ」
「しゅっしゅきって、また、にゃふにゃあ!?」
「だから私だけでピーチファルナちゃんを満たしてでごぜーます。ピーチファルナちゃんだけで私を満たすでごぜーますから」
ドロドロ、じゅわりと。
その言葉は胸焼けするほど濃厚で芳醇で甘ったるくて──しかし奥の奥は苦く淀んでいた。




