誰よりも知っているからこそ
ケファミア。
白銀のツインテールに緋色の瞳という特徴的な外見の女騎士である。
彼女の名をこの国で知らぬ者はいないだろう。十五歳と若く、しかも女ながらに数々の武勲たてることで騎士としての地位を確立した、まさしく歴史を変えた偉業の達成者であるのだから。
冒険者なんかであれば(多少過去にやらかしていたとしても)実力さえあればいいという面が強いが、騎士ともなれば名誉や伝統など『古き慣習』こそが絶対だという面が未だに色濃く残っている。
その中でも『性別』が一番わかりやすいだろう。
誇り高き騎士には男こそがふさわしい、なんてものが未だに色濃く残っているのだ。
それっぽい言い分はあるだろうが、本質にあるのは特権の確立だろう。色々な条件を定めることで、その条件を満たす者こそが偉いんだと言い張りたいだけだ。
であればこそ。
性別も身分も何もかもが条件を満たしておらず、それでいて騎士として有名となってみせたケファミアの実力と努力がどれほどのものかがよく分かるというものだ。
……最初の最初、騎士団に入団するために片っ端から騎士を薙ぎ払うことで実力を認めさせた、という経歴が残っていることから、単なる脳筋女とも言えるのかもしれないが。
『ふふん、どうですか。人間やればなんだってできるんですっ』
過去の一幕。
冷徹なりし戦女神、無慈悲な暴虐、ブリザードソードクイーン、などなど様々な二つ名がつけられるくらいには恐れられているケファミアだが、幼馴染みであるオリミアの前でだけは表情を綻ばせて、無邪気に笑うものだった。
『いや、やればできるって言ったってさぁ。ねえケファミア、どこの世界に単身で数百人規模の盗賊団に喧嘩売る奴がいるのさ? いくら頭でっかちなクソ野郎どもを黙らせるくらいの手柄を立てるためと言ったってさぁ』
『まあいいじゃないですか。あのハゲワキガ鼻毛団長が歯軋りするのを見れただけで頑張った甲斐があったってものです』
『はぁ』
何か大きな手柄をたてるために無茶した時は幼馴染みの少女に無事に帰ってきたと教えること、それがケファミアの習慣であった。
呆れたように首を横に振って、なんでもなさそうに装っている幼馴染みが、本当は心配してくれていることを知っているからだ。
騎士はケファミアの夢だ。
例えどんな障害があったとしても、諦めるわけにはいかない。だけど、だからといって大切な幼馴染みに心配をかけていいわけでもない。
だから、である。
せめて自分の口から大丈夫だったと伝えること、それが毎度のように心配かけさせている幼馴染みにできることだろう。
『まったくさぁ、今時子供の頃に読んだ絵本の騎士に憧れて、実際に騎士になっちゃう奴なんて早々いないって』
『ん? そんなにおかしなことですか??? 憧れは己が剣で叶えてなんぼですよっ』
『もうやだこの脳筋』
騎士の剣持つ女。
この国で唯一の正式な女騎士。
そんな彼女が『騎士の座を捨ててまで』救いたいと願ったのが幼馴染みの少女であった。
ーーー☆ーーー
何か特別なことがあったわけではない。
幼馴染みの少女とは生まれた頃から一緒で、離れ離れになることなんてこれっぽっちも考えたことがなかった。
オリミアのことはケファミアが一番よく知っている。それこそオリミア自身よりも詳しい自信があった。
だから。
筋肉の塊にしか見えない禿頭の騎士団長からの言葉を聞いた時、ケファミアは理解ができなかった。
『オリミアが……例の連続令嬢誘拐・殺人事件の犯人、ですって?』
連続令嬢誘拐・殺人事件。
下は男爵家、上は公爵家と幅広い範囲の令嬢を誘拐、身代金などの要求はせず、きっちり二十日後に自宅へと死体を送り届ける、という悪趣味な事件である。
調査にはケファミアも参加していた。
一向に進展しない状況に苛立ちさえも覚えていた。
犯人さえ特定できれば、それがどれだけ強大な敵だろうとも即座に粉砕してやる。そう思っていたのだが、
『何がどうなったらそんな話になるんですか!? そう、そうです、誘拐手段も経路も犯人の目星さえもついていないくらい何もわかっていなかったのに、どこから犯人はオリミアだって一足飛びな話になるんですか!?』
オリミア。
幼馴染みの少女は確かに冒険者として生計を立てているくらいの実力はあるが、屈強な護衛に守られた令嬢を誘拐できるほどではない。
護衛に気付かれることなく手品のように令嬢を攫うような力、オリミアが持っていないことはケファミアが一番よく知っているのだから。
だから、しかし。
騎士団長はこう答えたのだ。
『「蠅の女王」からの情報だ。あの生体情報ネットワークからの情報であれば、確実だろう』
『……ッ!?』
『蠅の女王』。
ある女の肉と臓と血と骨と神経とを分解、再構築した生体情報ネットワーク。全てを一と〇とで判定する魔法『道具』に善悪も利害関係も権力図も関係ない。ありとあらゆる俗世のルールに縛られることのない、『公平な』システムと言えるだろう。
その精度は高く、ゆえに絶対に間違えることのない判断基準なんて扱いを受けているほどである。
『蠅の女王』がそう判断したなら確実だろう。
半ば思考停止した考えは国中に広まっている。現に治安を司り、悪を取り締まる長たる騎士団長であっても『蠅の女王』からの情報なんだから確実だろうなんて考えているくらいなのだから。
システマチックな判断
結論だけをポンと投げ出す回答装置。
その奥にどれだけの根拠があり、どれだけの証拠があり、どれだけの基準があったかなんて誰も分からない。ただただ『今まで間違いがなかったから、今回も大丈夫だろう』という楽観に流されているだけだ。
今まで間違いがなかったと断言なんてできないのに。少なくとも『公平』だから大丈夫と楽観視していた連中は『蠅の女王』が下した判断を正しいかどうか精査しているわけがない。それでうまくいっている風に見えるから、それが正しいのだと判断しているに過ぎないのだ。
かくいうケファミアもまた、流されていた一人だった。今この瞬間まで『公平』なんていう言葉に騙されていた一人に過ぎなかった。
だけど、今ならば。
『蠅の女王』なんていうガラクタよりもずっとずっと、ケファミアはオリミアのことを理解している。
連続令嬢誘拐・殺人事件。
そんなクソみたいなものにオリミアが関与しているかどうかなんて迷うまでもなく即答できる。
オリミアはそんなことしていない。何らかの理由でやらざるをえなかったとしたら、やる前かやった後に必ずやケファミアに報告する。せめてケファミアの剣で決着をつけてほしい、そう考えるに決まっているからだ。
妄信的に信じるのではない。
あり得ないとは思うが、あり得たとしても『連続』とはならない。脅されていたなり何なり理由があったとして、前か後にでも必ずケファミアに報告する。
困った時、必ずやオリミアはケファミアを頼ってきた。逆にケファミアだってオリミアを頼ってきた。一人で抱え込まず、せめて幼馴染みとだけは負担を共有すること、そうやってずっと生きてきたのだから。
ゆえに、あり得ないのだ。
オリミアが犯人であれば、『連続』なんて起こり得ない。万が一オリミアが関わっていたとすれば、最初の事件、その前後で必ずやケファミアへと相談しているのだから。
ならば、答えは一つ。
『公平』だろうがなんだろうが知ったことじゃないが、クソッタレなガラクタが誤った判断を下したということだ。




