第十三話 表在化する暴威
真っ白でふわふわドレスであった。
ピーチファルナが一体何年、何十年働けば手が届くのかといったくらいにはぶっ飛んだ価格の服であった。
そんなものとは縁遠い生活をしていたピーチファルナはむず痒そうに身をよじっていた。落ち着かない。そわそわする。汚したらどうしようと変に意識してしまう。
それでも。
最終的にはこうして身に纏っている理由は簡単。
「くふふ☆ ピーチファルナちゃん、かわいいでごぜーますよ」
「かっかわっ、そんなことないって、もう」
レイ=レッドスプラッシュが心底嬉しそうに笑っていてくれるからだ。その笑顔のためならば、レイ本人が喜んでくれるのならば、似合わないことだってやり通せる。
……あんなにもお金を使わせて申し訳ないという気持ちが強いが、それ以上にレイ=レッドスプラッシュが喜んでくれるほうが重要なのだ。
だから。
だから。
だから。
「あ、れ? なんか人がいないような……???」
見渡す限り、誰もいなかった。
完全なる静寂が広がる。
いかに高級衣服店を筆頭とした『それなり以上の』人種が集まる区画だからと人通りが少ないといっても限度がある。いくらなんでもゼロはあり得ない。
では、これはなんだ?
まるでピーチファルナとレイ=レッドスプラッシュだけを『隔離』したような、この状況はどういうことなのだ?
「ハッハァ」
答えは。
凄まじい圧と共にやってきた。
「迂闊にもほどがあるんじゃねえか、公爵令嬢さんよぉ。貴族の中でも抜きん出た最上位、しかも未来の王妃が確定していると言わしめるくらいには盤石な第一王子との婚約まで結んでんだぜ。そりゃあ隙あらば蹴落としたいと思う奴はうじゃうじゃ出てくるに決まってんだろうがよ」
ダンッダダン!! と。
正面に降り立つ十数人の男たち。
その中心にして頂点だと確信させるほどに存在感がある、眼帯の大男の言葉が続く。
「『蠅の女王』の素体となった初代女王ベルゼ=クイーンエッジ、その血を受け継ぐ高貴なる王族も落ちぶれたもんでな。第一王子ともあろう者がココアパフィン男爵家の令嬢に惚れ込んじまったんだわ。だが、だからといって筆頭貴族たるレイ=レッドスプラッシュとの婚約を解消するとまでは言い出さなかったみてえでな。愛人枠か、秘密の恋人か。その辺で済まそうとしてるみてえだが、ココアパフィン男爵家はそんなんじゃ納得できなかったみてえだな。レイ=レッドスプラッシュさえいなくなれば、ココアパフィン男爵令嬢が正妻の座につく未来もあり得る、なーんて考えたのがテメェが死ぬ理由だ。理解できたか?」
「……わざわざ説明してくれるだなんて、親切でごぜーますね」
ぎゅっと。
目を白黒させていたピーチファルナを片手で抱き寄せながら、漆黒の美女は静かに言葉を紡ぐ。
対して眼帯の大男は歯をむき出しにして、獰猛に笑う。まさしく獣のごとき様相で。
「ははっ、ハーッハッハァ!! なぁに冥土の土産ってヤツさ。自分がどうして殺されるかも分からず死ぬのはあんまりだろう? だからこうして教えてやってんだよ、いつもな」
「なるほど、いつもこんなことばっかりやっているでごぜーますか」
「殺しっつーのは金儲けになるからな。馬鹿強い魔獣と死闘を繰り広げるより、よっぽどコスパのいい仕事ってわけよ。つーわけで俺個人は何の遺恨もねえが、殺してやるから。恨むなら殺してやりたいくらいの立場に陥った己を恨むこった、なあ!!」
言下に大男がブレる。
ズゾァアッ!! と空気が引き裂かれる音が鼓膜を震わせるほどであり──その音が届いた頃にはレイ=レッドスプラッシュの懐深くへと踏み込んでくる所だった。
音速挙動、あるいは超過。
音と比べないといけないほどの速度域に生きる怪物が腰に差してある得物に手を伸ばす。分厚く、巨大な剣を引き抜いた瞬間を、ピーチファルナは視認することすらできなかった。
ゆえに結果だけが示される。
何もできず、棒立ちのまま、結果だけが突きつけられる。
ザッゾォンッッッ!!!! と。
黄金の一閃が巨大な剣はおろか、大男さえも両断した。
「あ、が……?」
全てが決する、その少し前。
レイ=レッドスプラッシュは豊満な胸元に手を伸ばし、十センチにも満たない金属の棒を取り出した。その棒の側面にあるスイッチを押しながら、先端を下から上に振り上げたのだ。
たったそれだけ。
それだけの動きから紡がれし現象は以下の通り。
先端より放射された黄金の光が大剣も大男も呆気なく斬り裂いた……ばかりか、後方の男さえも巻き込んだのだ。横殴りの間欠泉を連想させる、超長距離砲撃。数十、数百、あるいは数千メートルに達する距離を一直線に突き抜ける黄金の光はありとあらゆるものを平等に斬り裂くだけの破壊力を秘めている。
「魔法道具『ハニートラップ』……の、裏技的使い方でごぜーます。本来の用途は匂いを振り撒き変異させるだけでごぜーますが、内蔵されている魔力を凝縮、放射することで戦闘にだって使えるのでごぜーますよ」
「え、えっ、ええっと!」
「大丈夫でごぜーます」
ぐらり、べちゃっ、と引き裂かれた肉片が左右に崩れ落ちるのを一瞥することもなく、片手で抱き寄せたピーチファルナの耳元に顔を近づけるレイ=レッドスプラッシュ。
甘く、甘く。
濃厚で粘っこい匂いをすりつけるように、囁く。
「すぐに片付けるでごぜーますから、ね」




