第十二話 かわいい+かわいい=メチャクチャかわいい、となるに決まっている
ピーチファルナはおしゃれに無頓着である。
お金がない今はそんなものに構う余裕はないが、お金があった頃だってそんなものに構うことはなかった。変に目立たない、無難なものでいいじゃん、というわけだ。
そんなピーチファルナがふりふりでキラキラした、絵本のお姫様のようなふわふわドレスを纏っていた。もちろんレイ=レッドスプラッシュから着せられた形である。
「れ、レイさんこれやっぱり似合わないってえ! 場違いにもほどがあるよお!!」
「そんなことないでごぜーます。くふ、くふふっ☆ メチャクチャかわいいでごぜーますよ」
「う、うう」
高級店、その一角。
本来であれば予約が必要であるほどの高級衣服店に入ったものだから、てっきりレイが欲しいものを買いに来たのだと思っていた。
それが、これである。
肌触りからしてのめり込みそうになるくらい触り心地が良いふわふわドレスを着せられたピーチファルナは戸惑ったように身をよじらせていた。
錆びた鉄のような銀髪に痩せ細った身体、総じて『くすんだ』印象の自分が着ていいのかと思っていた時だった。
「それでは次でごぜーますね」
「…………、ぅえ?」
他の客はおろか店員さえも見当たらない、広く豪華な店内にて、それはもう眩い限りの笑顔を浮かべて漆黒の美女がぐいっと詰め寄ってくる。
両手いっぱいに抱えた服、その値札が目につく。
……例の理性吹き飛ばすステーキと同等かそれ以上の数字が飛び込んできた。
「ふっ、ふひぃほお!? にゃにしょれわたしなんかが着ていいものじゃないよ、レイさあん!!」
「ん? もっとふさわしいヤツが良かったでごぜーますか? 近場にはこの程度のものしか揃っていなかったから妥協したのでごぜーますが、やっぱり取り寄せてでも──」
「なんか怖いこと言ってるう!! 取り寄せなんてしなくていいからあ!!」
「くふふ☆ そうでごぜーますか。それでは早く着替えようでごぜーます。くふ、くふふ、くふふふふっ☆ 早く、はふっふうっ、着替えるでごぜーますよっ」
「うわあーっん!! なんかレイさんが怖いよお!!」
ーーー☆ーーー
「ハッハァ。平和ボケしてんなぁ。流石はお嬢様。いい子いい子と囲われて育ってきたんだろうなぁ」
眼帯の大男であった。
大型の肉食獣のごとき圧を放つ彼は背後に十人ほどの男を連れて街中を歩いていた。ザァッと人混みが左右に割れる。大男たちが放つ圧に自然と道を譲ってしまっているのだ。
どいつもこいつも厳つい顔をしたゴロツキども。
あるいは『戦士』とでも呼ぶべき、何か。
その中心だろう、眼帯の大男は口の端をつり上げる。
「レッドスプラッシュ公爵家が巨大であればあるだけ歪みもできるもんだ。正と負や光と影のように味方が増えた分だけ、敵も増えるってもんよ。それこそ隙があれば寝首をかいてやろうって連中は大勢いるもんだぜ」
つまりは、そういうことだった。
国内でも絶大な影響力を誇るレッドスプラッシュ公爵家の『敵』が送り込んだ刺客こそ、彼らであった。
歴戦の猛者は獰猛に笑う。
護衛の類を遠ざけて、こんなありふれた街に一人で足を運んだ隙だらけの令嬢へと突きつけるように。
「さあて、楽しい楽しい戦争の時間だ」
ーーー☆ーーー
「ふひ、はふっ、もう無理。わたしこんなお高いの着れないよお!!」
次から次に、流れ作業のように見るからにお高いものを着せられた。そのどれもがきゃぴきゃぴなんて擬音が似合いそうな、凄まじく『かわいい』ものだった。
似合わないにもほどがある、と思うのだが、少なくともレイ=レッドスプラッシュはそうは思わなかったようだ。着替えるたびに頬を赤くして、身悶えて、しまいには床に倒れてビクンビクンしていた。
「ん? あれ、レイさん!? 大丈夫レイさーん!? なになにどうしたのもうなんなのこれえ」
……ちなみに今のピーチファルナの服装は雲のようにふわふわしているフリフリ満載の、真っ白なドレスであった。『かわいい』が飛んでくる。ぐいっと近づいてきた『かわいい』がレイの視界いっぱいに広がるばかりか、びくんびくんしているその身体を心配そうに撫でてきた。
それがどれだけ破壊力のあることか、当の本人は気づいていなかった。
「か、かわっ、ひふうーっ!!」
「うわあん! なんかすっごいびくんびくんしてるう!!」
ーーー☆ーーー
前提条件は理解できただろうか?
未だ見えない『真相』は数多なれど、甘く沈むには十分。
一生を左右する、最初で最期の選択はすぐそこに。




