星空メイドの所感。
「そういえば、あなたとしては秘書さんって編集長のお相手としてどうなんですか?」
お茶を飲みながらラザーニャは星空色のメイドにそんな質問を投げかけてみた。
ラザーニャはよく知らないのだが、星空色の肌と満月のような双眸を持つ彼女はどうも希少な種族というやつらしく、昔はそのせいで結構酷い目にあっていたらしい。
編集長に拾われてからはそんなふうに酷い目や理不尽な目にあわされるようなことはほぼなくなったらしいが、それでも普通の生活は簡単にはできない。
外出すれば奴隷商人的な人達に毎度毎度追いかけ回されるから、まともに外を出歩くことすらできないそうだ。
それでも『前』に比べるとずっとずっといいらしい、それを救いと言っていいのか、それとも完全な普通を得られない理不尽さを嘆くべきか、とラザーニャは悩んでいる。
ともあれ、そういう理由から星空メイドは編集長に恩義を感じており、とても慕っている。
そんな彼女の視点から見て、果たしてあのセンス以外は割とパーフェクトな秘書はどのように見えているのだろうか?
星空メイドはラザーニャの問いかけに少しだけ考える仕草をした後、こう答えた。
「マイナス一万二百点です」
「随分低くないですか? 低いっていうか、マイナス……?」
どうしたってあのセンスの悪さで点数が引かれるので百点満点はまあないだろうと思っていたラザーニャだったが、まさかマイナスまでいくとは思っていなかった。
「理由を聞かせていただいても?」
「はい。まず、あの秘書は大変顔が良く、性格も悪くないです。ワタシとガチンコバトルをしても相打ちできるほどの強いため、あるじさまの護衛としてこれ以上ない人材でしょう。ワタシと同じくあるじさまに恩があり、あるじさまに忠誠を誓っている。そして、あるじさまをあいしている。…………あるじさまも、あの秘書のことをあいしていらっしゃるので、あるじさまの結婚相手として、この世界にあの秘書以上の男はいないでしょう。悔しいですが『良い点』だけを考慮すると花丸満点です」
星空メイドは顔を顰めながらそう言った、ラザーニャは思っていた以上に彼女が秘書のことを褒めるので、それをかなり意外に思った。
「そ、そうですか……というか、ガチンコバトルしても相打ちになるんですね……」
ラザーニャは秘書の強さのことはよく知っていた、とにかくものすごい魔術師であるということだけは把握していた。
すごいどころかほぼこの世界一だと世間で囁かれていることも知っていた。
けれども星空メイドがそんな秘書に相打ちできるくらい強いことは知らなかった。
ラザーニャは自分よりもずっと背の低い、どう見ても自分と三つか四つは歳が離れていそうな、十代前半くらいの女の子の顔を思わずじいっと見つめてしまった。
「……ええ、悔しいですけどギリギリ相打ちです。本当に忌々しい。……それじゃあ、減点の内容も続けてお話ししますね。まず、王配候補なんてものをやっていること、これでマイナス三百点です。あるじさまのこと大好きなくせに、他の女の結婚相手の候補になるなんて。……それが、あるじさまの強い要望であったとしても、です」
顰め面をさらに歪ませる星空メイドに、そりゃあの二人のことを自分よりよく知っていてかつ付き合いの長い彼女の視点から見ればそういう意見になるのは当然だろうとラザーニャは思った。
だってものすごくあからさまなのだあの秘書は、少なくともラザーニャは秘書との初対面の際に秘書が編集長に惚れているのであろうことにすぐに気付いた。
そのくらいあからさまでわかりやすいのだ、それなのに他の女の旦那候補をやっているのである。
「あー……そういえば自分、どうして秘書さんが王配候補になったのか、というか候補になるのを断らなかったのかはよく知らないんですよね、その頃自分はまだ故郷の世界にいたので。……編集長がそうしろって言ったから仕方なくそうしてるらしいってことくらいしか」
「……そうでした。あの頃はまだざーにゃ先生はまだいませんでしたね。あの秘書、最初は候補になるつもりはないって言い切っていたんです。けど、あるじさまがどうしても、と。自分なんかの護衛……秘書なんかで収まっていていいひとじゃないからって、王配になってもっともっといい生活をしろって……それでも、とあの男が言えば、ワタシはまだあの男のことを許せたのに……結局押し切られやがったんです、アイツは」
星空メイドは両手で何かを捻り潰すような仕草をしつつ憎々しげにそう言った。
「だからワタシはあの男が嫌いです、大嫌いです。あるじさまがあの男のことを大好きだから、どっかでゴミクズみたいに死ねばいいと願うことすらできないところも含めてクソです」
大変不満げな顔でぶつくさという星空メイドに、それでもたった三百点の減点なんてだなよラザーニャは思った。
なら、他の一万点はなんなのだろうか、きっと数多くの秘書に関する愚痴が出てくるに違いないと確信しつつラザーニャは残りの一万点の内訳を聞いてみることにした。
「そうですか、まあ確かに自分も彼が王配候補をやっていることに思うところはありますし……それでええと、残りの一万点は?」
「決まっているじゃないですか、あのクソセンスですよ」
星空メイドはギッと睨み上げるような顔でラザーニャの顔を見つめた。
何故こんなこともわからないのかとでも言いたげな顔だった。
「それだけですか? それだけで一万……?」
「それだけですよ!! あのセンスだけでマイナス一万点です!! これでもだいぶ甘めの減点ですからね!!」
力強いというか強すぎる声で星空メイドはそう言った、吠えていると表現しても過言ではなかった。
「ワタシの人生は、あるじさまに出会う前はクソでした、クソのクソのクソで、クソを煮詰めて煮詰めてさらに煮詰めたくらいにクソでした。それでもワタシが泣いたことは一度もなかった。ワタシが初めて泣いたのは、あるじさまに抱きしめてもらった時、はじめてヒトのやさしさに触れた時でした……けれどもそれは、やさしさを、ぬくもりを感じたからです、知るはずがなかった幸福を、はじめて感じたからです。……ワタシは痛みや恐怖、絶望で泣いたことは一度もなかった……そう、あの男のアレを見るまでは!!」
そう叫んだ後、星空メイドはしばらく黙り込んでしまった。
そしてポツリと呟いた。「こわかったんです」と。
「いつだったかざーにゃ先生が、あの秘書があるじさまへのプレゼントにって変な置物見せたって話してたじゃないですか、あんなのワタシからするとだいぶマシです。もっともっと酷いんですあの秘書は、センスが悪いとかもはやそういう次元じゃないんですよ、もはや恐怖なんですよ……!! 本気で泣き叫びましたからね、ワタシ!! あの秘書の、あの男のアレを見たその時に……!!」
一体彼女はどんなものを見てしまったというか。
『それ』のことを具体的に思い出してしまったらしい星空メイドはプルプルと年相応の女の子のように震えていた、月のような双眸も涙で潤みだす。
ラザーニャは慌てた、星空メイドのそんな顔を見るのは初めてだったし、そうでなくとも自分よりもずっと年下の子供が泣きそうになっていることに狼狽えた。
そしてラザーニャは思った、一体この子は何を見てしまったのだろう、と。
「ご、ごめんなさい、怖いことを思い出させるようなことを聞いてしまって……」
ひとまずラザーニャは謝った、星空メイドは両目を乱暴に手で拭った後、ズビッと大きく鼻を啜ってから「いえ、ワタシが勝手に思い出しただけですから」と鼻声で呟いた。
「……あの男の評価は以上です。欠点が酷すぎるのでマイナスですけど、欠点さえなければ憎らしいほどに百点満点……あんな、あんなクソのセンスなのに……!!」
そのまま星空メイドはその場で地団駄を踏み始めた、そんなタイミングでドアがガチャリと開く音が。
入ってきたのは編集長とついでに秘書、その後ろにも不特定多数の誰かの気配がそこそこ。
編集長はまずまだ瞳が濡れていてかつ地団駄を踏んでいた星空メイドを見て、次にラザーニャに視線を向けた。
ラザーニャはその瞬間に悟った、これ私が泣かせたことになる、と。
「い、いえ違っ……!!?」
弁明しようとしたラザーニャだったが、初手で慌てふためいたせいでより怪しさが増してしまったことに気付く。
余談だが、ラザーニャは三ヶ月ほど前に故郷のよく考えるとそこそこエグい漫画の内容を星空メイドに話して、泣かせるとまでとはいかなかったが大ショックを受けさせてしまった事がある。
編集長とついでに秘書も「こいつとうとうやりやがった」という目でラザーニャを見ていた。
「…………ザーニャ先生?」
疑り深い眼を向けられたラザーニャは大きく首を横に振った、もしもラザーニャがちゃちなバネ人形だったらぶっ壊れるような勢いで。
「ち、違います、違うんです信じてください故郷の変な話とか怖い話してたわけじゃないんですただ」
言葉を重ねれば重ねるほど怪しさと不信感が増していくのがラザーニャにはわかった。
星空メイドの方をチラリと見ると、地団駄を踏んでいたところを自分の主人に見られた事が恥ずかしかったのかそれとも情けなかったのか、その場で顔を覆ってしゃがみ込んでいた。
通りで隣からの援護射撃がなかったわけだとラザーニャは思った。
その場の空気が冷えるどころか凍りついていくのがわかった、編集長は言わずもがな、その隣の秘書も恐ろしい顔をしている。
秘書の顔を見て一瞬躊躇った後、冤罪を背負い込むよりはマシだと思ってラザーニャは叫んだ。
「私はただ……秘書さんのクソセンスな何かを見た彼女が怖くて泣いちゃったって話を聞いただけです!!」
叫び声の後、しんとその場が静まりかえった。
叫んだ後でラザーニャは思った、今の話、信憑性がほぼないな、と。
それでも事実なのだから仕方がない、今回悪いのは過去にそのクソセンスで星空メイドを泣き叫ばせたという秘書だ。
とはいえ、そんなものを思い出させるようなことを聞いてしまったのはラザーニャなので、全く悪くないというと嘘になるのだが。
ひとまず最初からここまでのあらましをざっと話してしまおうとラザーニャが口を開こうとしたその時、隣から小さな呻き声が。
呻き声というか嗚咽だった。
ラザーニャは隣で蹲る星空メイドを見た、顔は見えなかったが何やら悔し泣きでもしているかのような押し殺した声が聞こえてくる。
ぎぎぎ、とラザーニャは顔を上げた、顔を上げて編集長の顔を見た。
編集長はラザーニャと星空メイドを交互に見た後、仕方なさそうな顔で溜息を吐き、こちらに歩み寄ってきた。
「話はなんとなーくわかった。ザーニャ先生がまたおかしな話したわけじゃないことも」
そう言いながら編集長は星空メイドの前でひょいっとしゃがんで、彼女の肩を抱いた。
「わかってる、ちゃんとわかってる。悔しかったねえ。大丈夫、よーしよし」
と、そんなことを言いながら幼子にそうするように星空メイドの頭を撫でる。
嗚咽が大きくなる、ラザーニャはとりあえず自分の冤罪が晴れたらしいことに安堵はしつつ、泣き止まない幼い女の子の様子にオロオロする。
そんな三人の様子を見て、秘書は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
雑な人物紹介
・ラザーニャ・トマトスキー
異世界からやってきたと自称する小説家。
通称・異界語り。元の世界での知識や経験をもとにした小説を書いている。
ラザーニャはペンネームで本名ではない。
自室で眠った後に元の世界からこの世界にジャンプしてしまったらしい、なおどのような理由でこの世界にやってきたのかは本人も覚えておらず、気がついたらこの世界の病院で身元不明の謎の人物として保護されていた。
彼女はとある川で死体のように流れていくところを発見され救助されたらしい、なお発見時に彼女は何も身につけていなかったそうだ。
そんな証言を聞いた彼女は、何者かに召喚された後身包みを剥がされ『役立たず』として捨てられたか、なんらかの事故で自分がこの世界に流れ着いてしまったのではないかと思っている。
・編集長
とある宝石商のお嬢様、元々は宝石図鑑を作るという自分の趣味のために出版社を立ち上げた人。
ある日、拠点の近所に一番近いからとラザーニャが原稿を持ち込んできたため、それをきっかけに宝石関連以外の書物にも手を出すようになる。
実は身体が弱く、子供は生めないだろう、そもそも普通の人間並に生きられるかどうかもわからない、と医者から言われている。
秘書が自分に向ける想いに気付きつつそれでも彼を王配として推しているのは、彼にもっといい生活をおくって欲しいという理由もあるが、いちばんの理由は自分と一緒になっても幸せにしてあげられないから、というもの。
・秘書
歴史ある魔術師の家系の出身だが、家族との折り合いが悪く家を飛び出した。その後路頭に迷う一歩手前くらいの頃に編集長に拾われ彼女の護衛となった。
編集長に惚れているし王配候補なんて辞退したくて仕方がないのだが、主人である編集長がそれを許してくれない。
編集長とは『全力で王配決定戦に挑む』『全力を尽くしても駄目だった場合、彼が誰と結婚しようとも編集長は何も文句を言わずに受け入れる』という約束をしている。
センスがとても悪い。編集長やその家族、周囲の人々も頑張って彼のセンスをなんとかしようとしたが、駄目だった。
彼も自分のセンスに致命的な問題があることは承知しているが、それでもどうにもならない。
・星空メイド
夜の化身と呼ばれ恐れられる超希少な種族の少女。
メイド服を着ているが実はメイドではない。そもそも一般的に働いていい年齢ではなかったりする。
それでもあるじさまの役に立ちたいとメイド服を身にまといそれっぽいことをしている。
まともに外に出られない自分を憐れんだ秘書が善意100%で得体のしれないクソみたいなデザインの操り人形をお土産に寄越してきたのが、なんだかんだいって人生一のトラウマ。
編集長に拾われる前は心が死んでいたので泣く事も笑うこともできず、誰かに不満を持つことも好意を持つこともなかった。




