1話
「……ねぇねぇ乃亜、乃亜って北中だったよね、3組の凛太郎くんって知り合いだったりする?」
お昼。お弁当の蓋を開けながらふみちゃんがなんの脈絡もなく声を潜めて聞いてきた。
ふみちゃんはどことなくふわふわとしている女の子で、おさげと金色メガネが良く似合う。
「え、早瀬凛太郎?あぁ、まぁ、知り合いだよ」
凛太郎は背が高くて顔のパーツも整っていて、それに加えて優しくて「いい人」を紙に書いたような性格だ。彼は昔から女の子に人気があった。
「知り合いかぁ、あんまり仲は良くない?」
「あーそうだね、幼なじみではあるんだけど、今はあんまり話してないかな」
幼なじみではある。家も近い。小さい頃、学校以外は凛太郎と過ごしていたくらい仲がよかった。
中学三年生の時、凛太郎に告白されて、仲も良かったし私達はひっそりと付き合い始めた。親同士仲が良かったからお互いの家族には筒抜けだったけど友達にはあまり言えなかった。理由は単純。私に自信がなかったのだ。私が周りを気にしすぎていた。私は可愛くない。凛太郎に相応しくなかった。肌も綺麗じゃないし目は細いし脂肪も…。凛太郎に憧れる子達はみんな可愛いのに、私が彼女だなんて認められるわけがなかった。
案の定、認められなかった。関係が周りにバレた時、私は笑われSNSで叩かれ、叩いた子と一緒に職員室に呼ばれたし、凛太郎も笑われ心配された。
傷ついたし怖かったけど、私は案外取り乱さなかった。叩いた子の気持ちもわかる。正直私は凛太郎に対して恋はしていなかった。告白されて嫌じゃなかったら付き合うものだと思ってたいた。周りの子達は本気で凛太郎が好きなのに、私なんかが人気者の凛太郎と付き合うなんて笑える。自分が叩かれていることを知った日、職員室に呼ばれる前の日に、私は一方的に凛太郎を振った。家の立地からよく顔を合わせるけれど、あの一件以来彼とは言葉を交わしていない。
「そっかぁ。昨日シフトの時に凄いかっこいいお客さんが来てね、かわいいキャラクターのパンを2個買っていって、恥ずかしそうにレジに並んだの。この人可愛いなぁって、私その人のこと気になっちゃって。今日の朝その人があのかっこいいって噂の凛太郎くんだって分かってね、前から北中出身だって聞いてたから乃亜に聞かなきゃ!って思ってたの〜」
ふみちゃんはへにゃっと笑って恥ずかしそうに卵焼きをつまんだ。ふみちゃんはパン屋さんのバイトを少し前から始めている。凛太郎がパン好きなのは今も変わらないらしい。
「恋しちゃったってこと?」
雛乃がふみちゃんにニヤニヤしながら聞いた。雛乃は私がこれまで見てきた女の子の中で紛れもなく一番の美少女で、自分が可愛いことを自覚している。可愛くいる努力を惜しまない女子力満点のパーフェクトガールである。
「い、いやぁ、そこまではまだ…かな、ちょっと気になるっていうだけだよ。ていうかさ、私なんてほらあんまりぱっとしてないしさ、凛太郎くんきっと困るよ」
私より全然かわいいふみちゃんが慌てたように取り繕う。雛乃がそれを見てペットボトルの水をドンッと置き直した。
「ぱっとしてるのだけが可愛いってことじゃないでしょ。ふみは可愛いよ!ふわっとしてるからいいんじゃない。自信持って!ふみに好かれるのを困る奴は所詮誰からも愛される勇気がないヘタレだけだから安心しなさい」
「ちょちょちょっと、雛乃ちゃん、声が大きいよ!……へへへ、でもありがとう」
ふみちゃんは恥ずかしそうに雛乃を止めたが、可愛く笑った。あーふみちゃん可愛い、癒しだなぁ。雛乃はまだ言い足りなそうな表情をしている。そんな不機嫌な顔も絵になるなぁ。
「あっ、乃亜、お弁当傾いてるよ」
「えっ、あーあーあー、タレが染みちゃった」
「あははは、なんでそんなことになってるのよ、ふふふ」
雛乃が笑いながらティッシュを分けてくれた。
あぁ、ふみちゃん、凛太郎が気になってるのかぁ。ふみちゃんならお似合いだよなぁ。可愛かったなぁ、恋愛の気持ちが絡むと女の子って可愛くなるんだよなぁ。
それにしても雛乃が言う言葉は説得力がある気がする。はっきり言うからかな。「誰からも愛される勇気がないヘタレ」、それは自分のことを言われたような気がしていた。
「…て!ちょっとまって!!」
ぐっと腕を捕まれ我に返る。見えたのは赤信号と勢いよく走る車だった。驚いてバランスを崩したけど誰かに支えられたようだ。状況に頭がついていかない。ん?なんだ?
「危ないですよ、前向いて歩かなきゃ」
顔を上げて目に入ってきたのは高い鼻と薄くて綺麗な瞳。なになに、なにこの男の人!綺麗なんだけど……。私か見惚れていると少し照れたように笑って、腰に大きな手を当てひょいと立たせてくれた。
「怪我してませんか?」
「大丈夫です……」
見れば見るほど綺麗な人だった。栗色の少し長い髪に健康的な色をした唇。長い睫毛に真っ白な肌。足も長くて細い。私の心臓はうるさいくらいに大きく鳴っている。こんな近くて聞こえないよね、大丈夫だよね……?
「ならよかったです。具合でも悪いんですか?さっきからフラフラ歩いてましたし、顔赤いですよ?」
顔を覗き込まれて我に返る。近い……!!
「あっ、えっ、あっ」
フラフラ歩いてたって?しかもさっき私持ち上げられた?それに今顔赤い?え、ま、まってまって、それは、凄く凄く恥ずかしい……
「あの、いえ、そんなことは……」
「ん、そうですか。あ、ほら信号青になりました。それじゃ」
栗色の彼は颯爽と歩き出す。
「あ、すみません、ありがとうございました!」
人にかき消されたかもしれないけど、今私が出せる精一杯の声を出してお礼を言った。
誰だろう、どんな人なんだろう。彼が知りたい。バランス崩した私を簡単に立たせてくれたからきっと力持ちだ。あんなに容姿が良ければやっぱり恋人がいるのかな。あの人に愛されるってどんな人なんだろう。きっと美人で性格がいいんだろうな。……あぁ、私は無理だな。
無理なんだろうけど、頭の中は彼でいっぱいだった。




