22 手紙が一通舞い込んで
柔道場での決闘騒ぎの後。
家に帰ってから、盛大に反省会を開いた。
さすがに決闘沙汰までやらかすとなると見過ごせない。
事情を聴くと、売り言葉に買い言葉というか言葉のすれ違いというか……久遠が捌くにはすこし高度な案件だったので、微妙に責めにくくて困る。
ともあれ、そんなことがあった翌日。
俺と久遠はまたしても衆目を浴びながら登校することとなった。
「あれが……」「ウワサの……」「横の男……」
ひそひそ話がうっとうしい。
だがなんとなく、注目されてる理由もわかってきた。
原因は……当然と言えば当然だが、久遠にある。
近ごろなにかと問題を起こしているから――ではない。
どうやら、もっとポジティブな意味で、久遠は注目されているようなのだ。
いや、元々美少女だし巨乳だし、注目される要素はあったんだろう。
ただ、ぼっち気質ゆえ他人と関わりあいの薄い久遠は、学校ではちょっと痛いファッションの風変わりな美少女、以外の何者でもなかった。
それが、いきなり人が変わった。
教師に論争を仕掛けるわ、クラスの女子リーダーと諍いを起こすわ、決闘めいた騒ぎまで起こした。
そんなふうに思いきり目立つ人間が、媚びない、怖じない、そして巨乳の美少女なのだ。人気が出ないはずがない。
そのうえ日曜日の久遠の堕天使ファッションが、かなりの数の生徒に目撃され、しかもそれが好意的に受け止められているらしい。まあ正直すごくかわいいし、わからんでもない。
結果。
久遠は、学校のアイドルめいた存在になりつつある……らしい。
そして、残念ながら当然の結果として。
「視線が痛い……」
朝のHR前。
教室の机に突っ伏しながら、俺はうめくように吐き出した。
まあ久遠に人気が出たら、その隣にいつも居る野郎は誰だよ、となるのは当たり前で。
おかげで俺に向けられる視線の種類というのは、かなり強い。中にはあからさまに敵意を向けてくる野郎も居て、本当にめんどくさい。
「お疲れ様ですね刹那くん」
そんな俺に、ミキ丸はどこか楽しげに話しかけてくる。
「おう。すっげー疲れてるぞ。お前は楽しそうだなミキ丸」
「わたしはいつも通りですよ? 刹那くんがそう見えるのだとしたら、刹那くんの心がとっても弱ってるんだと思います」
「いや、わりと普通に楽しそうに見えるんだけど……なんなの? 俺が弱ってるのを見るのが楽しいの?」
「刹那くんが弱ってる姿を見るのは楽しくはないですね! 弱ってる刹那くんを助けられるのは楽しいと思ってますけど!」
びしっ、と親指を立てるミキ丸。
マジかよこいつ。根っからのヒーロー気質かよ。
でもよく考えたら他人の不幸を喜ぶとか、人間として最低な気もする。
いや、悪人ではないし、むしろ頼りにしてるし、尊敬すらしてるんだけど。
「いや、助けるのはいいよ。なにか具体的な問題があるわけじゃないし」
「具体的な敵がいないとつらいですね! 力づくで解決できることなら得意なんですが!」
まあ殺人鬼すらぶっ倒すバーバリアンだからな。
「――で、いま刹那くんが抱えてる問題って遠州さんがらみですよね……実際どうなんですか? 傍から見てると、地味目な女の子がひとつのきっかけで学校のアイドルに変身! みたいな少女漫画みたいな事態になってますけど……」
「アイドルの話はやめてくれ。あいつを思い出す」
関係ないとわかってても、アイドル、と聞くと賀古みらいを――殺人鬼“人狼”を思い出さずにはいられない。
「ああ、思い出しちゃいますかー。賀古みらい、刹那くんの推しでしたもんねえ」
推しというか、本当に好きだったんだよ。
そしてそれが反転していまやトラウマなんだよ。あの「いぇいいぇい」を思い出すと震えるんだよマジで。
「――ってのはともかく、漫画だったら恋人役確定の刹那くんからすると、どうです、彼女?」
こいつ……わかってて聞いてるだろ。
いまのあり様が答えだよ。
「正直ひやひやしててみてられない……感情に無頓着なのにぐいぐい行くせいで、いろんな方面に差し障ってる……外野から気楽に愛でてる野郎どもはいい気なもんだよ」
「はっはっは。でも、よかったじゃないですか。刹那くん、あれだけ熱心に欲しがってた幼馴染ですよ幼馴染」
「ちがう……俺が欲しがってたのは幼馴染ヒロインであって、なんかはた迷惑な被保護者じゃない……コレジャナイ……」
まあ、言いながら久遠には感謝もしてる。
見失っていた夢を取り戻してくれた恩人で、守るべき大切な存在だ。なんだかんだいって、好ましく思ってもいる。
でもちょっとは自重してくれと、心の底から思う。
いや、おとなしくしてたらしてたで、他人の感情がわからない久遠は、なにかしら騒ぎを起こしていただろうが。
◆
放課後。
久遠と合流してから、今日一日ついて回った野次馬の視線にうんざりしながら、玄関へ。
下駄箱で靴に履き替えていると、久遠が開けた下駄箱から、一通の封筒がひらりと舞い落ちた。
外野から小さなどよめきが起きた。
お前らうるさいよ。
「久遠。それラブレターか? 手紙とはまた古風だな」
手紙を拾い上げ、不思議そうに眺めている久遠に声をかける。
漫画以外では初めて見たかもしれない。
いや、まったく聞かないわけじゃないし、見たことないのは俺がモテないからってのもあるんだろうが。
俺も一生に一度でいいから、ラブレターを貰ってみたいもんだ。モテ期って、本当に存在するんだろうか。
いや、実在するかもわからないそんなものに期待してると、先輩みたいに彼女いない歴30年、みたいになってしまう。
嫌だ。そんな将来図は御免だ。もうちょっとがんばろう……久遠が人並みのコミュ能力を手に入れたら。
「……ふむ」
久遠は手に持つ封筒をじいっと見つめて。
びりびりと封を破ると、中に入っていた妙にファンシーな柄の便箋を取り出した。
「おい、ここで見るのかよ」
むっちゃ人目があるんだけど。
心なしか野次馬連中が動揺してるんだけど。
「拝啓、遠州久遠様……」
「おい、音読をやめろ。やめてやれ」
公開処刑かよ。なんてやつだ。
人の心がねえのかこいつ。いや、ないのか。
あまりに鬼畜な所業に身震いが止まらない。
野次馬連中も驚愕の表情を浮かべてる。そりゃそうだ。もし自分がラブレターを送っていたらと考えると……軽く死ぬるな。一生モノのトラウマじゃねえか。
「これはラブレターではない。見てくれ」
「おいやめろ。この光景が第三者からどう映るか考えてから行動しろ」
たとえ久遠の言葉が事実でも、知らない人間にとっては他の男からのラブレターを親しい友人(男)に見せている図だ。
人前で手紙を見て、音読して、他人に見せる恐怖の三連コンボの完成である。
「しかし、読んでもらわなくては始まらない」
「いまここじゃなくていいだろって話だよ……まあ、どっちにしろ学校じゃ人目を避けてってのは無理かもしれんが」
言いながら、久遠を促して校舎を出る。
手紙の内容は、さっきちらっと見て把握した。
たしかにラブレターではない。だが、呼び出しの手紙ではあった。
場所は、商店街の喫茶店。
用件は、あなたと話がしたい、とだけ。
ラブレターだと思わなかったのは、差出人がよく知る女生徒だったからだ。
差出人の名は、茅谷玲子。
久遠のクラスの、女子グループのリーダーの名前だった。




