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きみと描く、英雄の詩  作者: 寛喜堂秀介


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21 遠州久遠は騒ぎを起こす



 休日が明けて月曜日。

 いつも通り、久遠と登校すると、妙な空気を感じた。

 俺たちを見た何人かの生徒が、こちらを見てなにやらひそひそと話しあったりしてる。あんまりいい空気じゃない。



「久遠、見られてるのに気づいてるか?」



 玄関で上履きに履き替えてから、久遠に耳打ちする。

 空気がざわめいた気がするが、いまは気にして居られない。



「気づかなかった」


「気にしなかった、の間違いじゃないかって気がするが……気をつけろよ。あんまり変な行動しないようにな」



 注意を残して別れ、教室に向かう。

 教室は、輪をかけて妙な雰囲気になっていた。

 HRにはまだ早いので、教室に居るのは10人程度。

 その全員が、椅子を寄せあって、なにやら話している様子だった。



「おう、みんなおはよう。何事だ?」


「お前事だよタッキー」


「いつも言ってるがタッキーはやめろ普陀落ふだらく



 なにやら立ち上がってビシィッ! とポーズを決めるボサ髪眼鏡の友人に、抗議の声をあげる。



「はっはぁ! いつも言ってるよなぁ! 三木女史のことをミキ丸と呼び続ける限り、俺はお前をタッキーと呼ぶのを止めないとっ!」


「それでお前がなにを得するんだよっ!?」


「得はしない! だがオレの中の正義が! お前の所業を許してはならないと訴えかけるのだ!!」



 いつものことだが、お前はいつのまに正義の味方になった普陀落。

 心の中での突っ込みは聞こえるはずもなく、友人はその場に居る全員を代表するような位置に足を運んで、ポーズをとる。ゴゴゴゴゴ……とでも擬音をつけたくなるような、そんな体勢で。



「いいタイミングだ。この際モノ申してやろうじゃないか! お前のミキ丸に対する所業と超絶美少女の! 巨乳の! 幼馴染との関係についてなぁっ!!」



 とりあえずお前がなんについて物申したいかわかった。

 そしてお前もミキ丸って言ってるじゃねえか。



「お前が俺の幼馴染について死ぬほどうらやましがってるのはわかるが……」


「ち、違う! オレは巨乳の幼馴染などうらやましがってはいない! 巨乳なんて! 幼馴染なんて! しかもそれが美人だなんて!」


「……フダラクさいてー」


「ごはぁっ!?」



 女子の一人のつぶやきに、ボサ髪眼鏡はひざ蹴りで頭をカチあげられたようにのけぞった。

 しかし、不屈の闘志は折れない。



「そっちは置いといて……ミキ丸の話だ!」


「そっちも分からん。俺がミキ丸になにをしたってんだよ」


「なになに? わたしの話ですか?」



 と、唐突に、背後からミキ丸の声。

 みんな一斉にビクッ! となって腰を浮かせた。お前らなんなの。



「おう、ミキ丸、おはよう」


「おはようございます。あとナチュラルにミキ丸呼びはやめてください」


「すまん。でも普陀落もミキ丸って言ってたぞ」


「くそっ! 親友を売ったなタッキー!?」



 俺の言葉に、ミキ丸が目を細め、ボサ髪眼鏡に向き直る。



「はっはっは。木造船に封じ込めて渡海させてあげましょうか普陀落くん?」


「ち、違うんだ三木……これは……くそっ! みんな、ここはオレに任せて逃げろっ!」


「なんで僕らも関わってるみたいな言い方するんだよ! 地獄には一人で落ちろ普陀落っ!」



 普陀落の言葉に、クラスメイトから抗議の声が上がる。

 まあ当然のあつかいである。そして正義はどこ行った普陀落。いつものことだけど。



「待て! 三木! 違うんだ! 誤解がある! 深刻な誤解だ! タッキーに騙されちゃいけない! 話せばわかる!」



 見苦しく言い訳を続ける被告人に、ミキ丸はふらり、と近づいていき。



「……まあ、今日のわたしは機嫌がいいから、許してあげます」



 と、免罪を宣言した。


 うそだろ。

 あの状態になったら最後、本気で謝るまで止まらないはずなのに。

 命を拾ったはずの普陀落も、信じられない、というような表情をしてる。



「マジで機嫌よさそうだな真里絵」


「いやー。そう見えますか? ふふふ」



 ミキ丸は上機嫌で頭をかいた。



「なにがふふふだよ」


「いや、先輩に聞きましたよ刹那くん、遠州さんといっしょに道場に来たらしいじゃないですか」


「おお、聞いてたか」


「ええ。遠州さん、道場に通うんでしょ? 釣られて刹那くんも来てくれるでしょうし、これで刹那くんとれます! 遠州さん様々ですよ!」



 喜びすぎだよこのバトルジャンキー。

 まあ正直、事件が起こる前なら、ミキ丸と戦るのは二度と御免だったが……いまならもう一度くらいは挑戦してもいいんじゃないかと思い始めてる。


 クラスメイトたちが「あれっ?」って顔してるけど、あいにくミキ丸はお前らが思ってるほど乙女じゃない。

 まあ男女だからおたがい意識しなくもないが、それよりも先に、ミキ丸に取って俺はいい好敵手ライバルなんだよな。だからこそ、心が折れてた時はむちゃくちゃ後ろめたかったんだが。



「ああ、はやく謹慎が解けませんかねえ! 謹慎解けたらまた試合やりましょ試合! 楽しいですよお!」


「待て。落ち着け。復帰早々骨を折られたくない。もうちょっと修業させろ。というか修業につきあえ」


「えー。手の内わかったら、楽しくないじゃないですかー」



 だめだこの修羅。

 教室に入ったときの変な空気も吹き飛んで、みんなどん引きしてるじゃねえか。







 ミキ丸が空気を完全粉砕してくれたおかげか、そのまま何事もなく昼となった。



「あの……刹那くん? 遠州さんとの日曜日の出来ごとについて、ちょっと小耳に挟んだんですけど……」


「たいへんです!」



 近づいてきたミキ丸を追いこして、久遠の友人――猩々寺紀伊が必死な表情ですがりついてきた。体操服だ。どうしたいったい。



「遠州さんが! 助けてください!」



 秒で理解した。

 こうしちゃ居られない。すぐに駆けつけないと。



 ――久遠お前気をつけろって言ったよねーっ!?



 心の中で悲鳴を上げながら立ち上がる。



「案内してくれ! すまんミキ丸! またあとで!」



 声をかけて、教室の外に飛び出す。

 久遠の友人は、もうすでに体力が尽きたみたいな顔色をしてたが、それでも必死に走って案内する。


 着いた先は、柔道場。

 入口には人だかりが出来ている。

 もうこの時点でいやな予感しかしない。



「この中か? ……すまん。通してくれ」



 疲労困憊の様子でへたり込んだ少女に確認してから、人だかりの中に無理やり体をねじこんでいく。

 扉の前まで出て、そこから中を覗き込むと、久遠ともう一人、ちょっと強面の女子が、険悪な感じでにらみ合っていた。


 道場の中には二人だけだ。

 久遠は体操服の上に、借りたのだろう。柔道着の上だけ羽織っている。

 対する女子は、上下とも柔道着。しかも本職――柔道部員なのだろう。黒帯だ。



 ――ああ、これは。



 なんとなく察した。

 あの女子は、久遠と同じクラスの子だ。

 猩々寺紀伊が体操服を着ていたことを思えば、体育の時間にあの子と柔道の話をしたんだろう。

 そして無神経に感情を逆なでして、「じゃあちょっと柔道体験してみる?」みたいな流れになったに違いない。


 久遠への説教は、この際後にするとして。



「すまん」



 上履きを脱いで道場に上がり、二人の間に割って入る。



「……なに? 試合の邪魔なんだけど」


「刹那」



 二人が同時に口を開いた。

 推定柔道部女子の方は不機嫌絶頂って感じで怖い。



「すまん。いまから試合しようとしてるんだよな? どういう経緯でそうなったのかは聞かないけど、ひとつだけ注意しとく」


「……なに?」



 女子部員さんに話しかけると、彼女は不機嫌ながらも尋ね返してきた。



「久遠はとんでもない馬鹿力だから、油断してるとマジ危ないぞ。それだけ警戒しとけば、相手は素人だ。怖い相手じゃない」



 久遠のやつは、柔道はド素人だ。

 だけど怪力がある。油断して舐めてかかれば、骨のひとつも折られかねない。

 単純に危ないし、そこまでやると、この子の部での立場が危ない。先生がお目こぼししてくれる範疇も、越えてるだろう。



「……刹那。ボクにアドバイスはないのか?」



 久遠が不服そうに抗議してくるが、そんなものはない。

 久遠自身のためにも、すこしは痛い目を見たほうがいい。



「すこしは反省しろ。一度ぶん投げられてこい」



 まあそれでも、事故が起きそうなら全力で止めるけど。


 その後。

 忠告したにも関わらず、女子部員さんは久遠にぶん投げられてしまった。

 かなり重量差がある感じだったのに、ひょいと引っこ抜かれて腰から落とされた。

 まあ注意したかいがあったのか、ちゃんと受け身は取れてたけど、それでもかなり痛そうだった。


 女子部員さん、マジ申し訳ないです。




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