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きみと描く、英雄の詩  作者: 寛喜堂秀介


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20/28

20 思い出に残る一日を



 賽ノ目神社は泉下町の北、石積地区にある神社だ。

 町を北東から斜めに斬るように流れる須弥しゅみ川を見守る、小高い丘に位置し、夏祭りの時期には多くの人が集まる場所だ。


 俺は祭の日には欠かさず遊びに来ていたし、久遠も小学生のころはいっしょだった。

 ミキ丸は……来たり来なかったり。友達と約束があれば来てたって感じか。はぐれても平気な顔してた、みたいな話は聞いたことがある。一匹狼すぎるだろ。



「刹那?」


「おっと、すまん。お腹一杯でぼーっとしてた」



 神社の境内をながめていると、ふいに久遠に声をかけられて、言葉を返す。

 久遠が張り切って作ってくれたお弁当は、かなり量が多く、完食した後、二人ともお腹がはちきれそうになったので、しばらく休憩していたのだ。



「久遠は、腹の具合どうだ?」


「まだ満腹感がある。眠気もちょっとある……別段予定が押しているわけではない。もう少しゆっくりしてもいいだろう」


「そうしよう――あ、久遠、麦茶くれないか?」


「うん。飲むといい」


「さんきゅ」



 久遠が麦茶をコップに入れてくれたので、口をつける。

 まだ6月中旬。気温的にはそれほど高いわけじゃないが、晴れた正午ともなると、蒸すこともあって暑い。



「あー、冷たい麦茶が気持ちいいな……そういえば久遠、事前に聞いてた予定はここまでだったけど、午後からはどうする予定なんだ?」


「モヒカン……」


「いやそれはいいから。それにモヒカンはたしか飯を食べる前の予定だろ? 昼からどうする?」


「神社の境内でいちゃいちゃする」


「え?」


「神社の境内でいちゃいちゃする」


「いや、繰り返さなくてもいい……いや、え? どういうこと?」



 いや、まあデートなんだし、そういうのがあってもおかしくないかもしれない。

 だけど、基本的に「いっしょに遊ぶ」つもりで居たので、かなり本気で動揺してる。



「あまり身構えることはない。ボクたちが普段通りにしていれば、だいたいそんな感じだ」


「いや普段の俺たちそんなにイチャイチャしてないよね!?」


「ならば、読んでみよう。参考文献たるボクの小説を」



 久遠は、言ってボストンバッグをあさり、黒い帳面を取り出す。

 そしてぱらぱらとページをめくると、開いたままの帳面をこちらに寄越してきた。


 しばし、小説を黙読する。

 いちゃいちゃ、というより、久遠との日常会話がそこにあった。

 まあ、手をつないだり、肩を寄せ合ったり、みたいな、あからさまな恋人距離なのが違いと言えば違いか。



「会話なんかはほんとに普段通りなんだな……」


「書いたのは疎遠になっていた時期だしね。それこそが、遠州久遠が求めていたもの、なのかもね」



 ふと思う。

 黄泉返る前の遠州久遠にとってのヒーローにも、俺はなれたんじゃないかと。



 ――馬鹿か、俺は。



 頭をよぎった未練をかき消す。

 とっくの昔に俺自身が捨てた、見ようともしなかった可能性だってのに。


 あのころの俺は格闘技に夢中だった。

 あのころの俺はミキ丸しか見てなかった。

 ただヒーローでありたいと、それしか考えていなかった。


 その結果がいまだ。

 挫折し、夢破れて……だけど、一握りの夢が残った。

 いまの久遠が、俺をヒーローだと言ってくれる。頼ってくれる。

 いまはそれを二度と手放さないように、それだけを考えていればいい。



「二人きりだね」



 と、久遠がつぶやく。

 さきほどから神社の由来を記した看板の前から動かない、神社巡りが趣味っぽいおじさんがいるので、別に二人きりってわけじゃない……と、突っ込もうとして、気づく。


 久遠の指先が、小説の一文を差していることを。

 まだ読んでないところだけど……なるほど、会話を再現してみようってことか。



「そうだな」



 俺は作中の刹那の台詞を読み上げる。

 棒読み気味になるのは許してほしい。



「刹那はいつでもボクを守ってくれる」


「当たり前だろ。俺はお前のヒーローなんだから」


「……それだけ?」


「それだけってなんだよ。別に下心なんてないぞ」


「知ってる……でも、ボクはそれが、ちょっとだけ残念だと思う」


「下心がないのが残念? なんでだよ」


「ボクは知ってる。キミに……Hな気持ちが無いわけじゃないことを。なのにそれをボクにまったく向けないってのは、ちょっと残念」


「なにが残念なんだよって突っ込みはさておき……さてはお前、読んだな?」


「ベッドの下になんて隠すのが悪い」


「くそっ! 母さんのやつ、なんで久遠を勝手に部屋に入れた!」


「そこは幼馴染の特権ということで……それにしても、ずいぶん巨乳がお好きなようで」



 あの……かなり居たたまれなくなって来たんですけど。続けなきゃダメ?

 というか久遠(中学生)、どうやって俺の趣味を知った。視線からか。秒で納得した。京都の大学に行った近所のお姉さん(巨乳)、今ごろどうしてるだろうか。



「えーと――くっ! 別にいいだろ! そういうのは別腹なんだよ! リアルの子をそういう対象にしちゃうと後ろめたくなるお年頃なの!」


「そうか。残念だけど、ほかの子も対象として見ないのなら……まあいいか」


「どういう意味だよ」


「鈍感過ぎるキミにはわからない意味だよ」



 言って、久遠は俺の手を握ってくる。

 なんというか、こういう甘酸っぱい会話をしながらだとものすごく恥ずかしいんだけど。あとここでパート終了してるから終わっていいよね?



「――ありがとう、刹那。ちょっとどきどきする」


「そういうの口に出すなよ。俺もすっげー恥ずかしかったっての」


「うふふふふふふ……」


「あの……それつくり笑い? それとも心からの笑い? どっちにしろ感情篭もってなくてすっげー怖いんだけど」



 俺が突っ込むと、久遠は真顔に戻る。急すぎて怖いよ。



「不自然だったか。笑顔は練習したが、笑い声というのは、そういえば練習していない。だからだろう……練習しておいた方がいいのだろうか?」


「使用頻度的にはすっげー少ない気がするけど、やっといた方がいいと思う。俺の心の平穏のためにも」


「そうか。なら練習しよう」



 久遠さん、練習するのはいいけど、いきなり「ココココ……」と笑いだすのは止めてください。漫画かよ。







 それから、しばらく雑談に時間を費やし、気がつくと3時を回っていた。



「たっぷりいちゃいちゃした!」



 と、久遠が宣言する。

 そんなにいちゃいちゃだったろうか、という疑問はあるが、まあ客観的に見ればアウト判定だよな、と思う。同級生に見られたら死ぬほどからかわれるやつ。



「これからどうする?」


「うむ……実は小説では、この日のデートはこれで終わりなのだ」


「すっげえ健全だった!?」


「中学生のころの小説だからな。適度に刺激があって適度にいちゃいちゃできれば満足だったのだろう……しかし、いまのボクたちは高校生だ。もうすこし進んでもいいんじゃないかと思うのだが」


「いやいや、今日はせっかく小説の筋道をたどったんだ。最後まで小説通りに行こうぜ……ちょっと天気が怪しそうだしな」



 空を見ると、いつのまにか分厚い雲が流れて来ている。

 日が陰って、一気に心地よい涼しさになったが、東の空がだいぶ暗い。ひょっとして降るかもしれない。そう思うと、早いうちに帰るのもいいだろう。



「ほら、バッグ貸して。持つから」


「ああ。ありがとう」



 久遠からボストンバッグを受け取り、二人そろって石段を降りて行く、その途中で、思わず足を止める。



「……刹那?」


「久遠、ちょっと戻ろう。知り合いだ」



 石段を降りてすぐ。須弥川の土手沿いを歩いているのは、茅谷玲子かやたにれいこだった。

 久遠の同級生で、女子グループのリーダー格。さらに言えば、俺自身中学の時に同級生だったことがある。

 散歩なのだろう。大きな黒い犬を連れている。種類はちょっとわからないが、ゴツい足の、いかにも強そうな犬だ。


 ゲームセンターでは、さんざん同じ高校のやつに見られたけど、それでも知り合いに見られるのは気恥かしい。



「ボクは見られても平気だが」


「俺も、気にしすぎるのもどうかと思うんだけどな……あいつ地味にミキ丸と仲いいんだよ」



 ミキ丸が一匹狼気質なので、親友って感じでもないが、それなりに遊んだりもするらしい。

 で、俺とミキ丸に対して「つき合っちゃえばいいのに」くらいは言ったりする勘違い勢なのだ。



「久遠と二人で居る所を見られたら、絶対面倒くさいことになる。お節介焼きな性格だから、よけいに」


「お節介焼き、というよりうるさ型、という印象だがな」


「それはお前がやらかしまくってるからだ」



 久遠の言葉に、目を眇めて突っ込む。

 そのことに関しては疑問の余地などない。



「……よし、行ったな。あらためて、帰るとするか」


「ああ。せっかくだから、刹那の家で夕飯を作ろう。カレーでいいな?」


「カレーで悪いはずがない……ところで久遠、デートはどうだった?」



 尋ねると、久遠は笑った。

 心の底から、楽しげに。魅力的な笑顔で。



「楽しかった。ドキドキした……素敵な一日だった」



 たぶん、今日のことは忘れないだろう。

 そう思える一日だった。



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