第四十節 ソリね~……
部屋に荷物を下ろし、一段落してから馬車の手入れをしていると少女の声がした。
「お食事が出来ました」
視線を向けると、馬車の向こうからこちらを覗いている。
「ありがとう、今行くよ」
少女に誘導されるように戻ると、すでに皆は席に付いていた。
見れば、何とも家庭的な料理が湯気を立てて並んでいる。
旅烏のような暮らしには、こう言ったメニューは懐かしくもありがたい。
「おぉ、美味しそうだね~」
私の言葉に、少女は笑顔を浮かべた。
夕食を食べ終わった頃、熊にも似たオッサンが凄い剣幕で雪崩れ込んできた。
「おい! あの馬車は、いったい誰のだ?」
なんだ? 喧嘩でも吹っ掛けてるのか?
その時に、キッチンから少女が走ってきた。
「あ、お父さん! お帰りなさい!」
はい?
お父さんですと?
これが?
少女が説明するとオッサンは、すぐに懐っこそうな笑顔に変わった。
「ほう、あれは、兄ちゃんのかい! あれは、たいしたもんだ! よく見つけたな~」
どうやら、馬車自体に驚いていたらしい。
やはり、おやっさんお勧めは凄いようだ……
ゴツイ外見に似合わず意外にフレンドリーだったオッサンは、
すでに私達の輪に溶け込んでいる。
だが、メインは馬車の話のようだ。
また、よせばイイのに遥子が下手に話を振るもんだから
「まず、あの軸だ! あれが逝っちまったら話しにならねぇ」
あらら……始まっちゃったよ……
約1時間後……
「それだけ、あの馬車はスゲ~ってこった!」
はいはい……解ってますから……
だが、これだけ馬車に詳しいなら質問してみたい事がある。
何気に、この国の地図が壁に貼ってあるので、それを指差しながら言ってみた。
「これから北へ向かう予定なんですが、この先はどんな感じですか?」
それに、オッサンは眉をしかめる。
「何? 北へ馬車で行こうだと?
いや~……あの馬車が、いくら化け物でもさすがに無理だ。
どう頑張っても、雪に車輪が埋もれちまうぜ!
この天候じゃ、すぐにでもソリが必要になるだろうな~……」
ソリか~……
ん?
ならば、あれはどうだ?
ちょっと聞いてみよう。
「えっと……マスター……で宜しかったです?」
私の言葉に、オッサンは顔を真っ赤にして言った。
「何だよ! その、ふざけた呼び方は! そんな、こそばゆい呼び方はヤメテくれや!
周りには、オヤジって呼ばれてんだ! それで頼むよ!」
なるほど……
「では、改めて……オヤジさんは、ソリの職人なんですよね?」
「おうよ! これでもココいらじゃ、ちっとは有名だぜ!」
ほう……
「では、その腕を見込んで一つお願いしたいんですが……」
私は馬車の前で、オヤジさんに絵を書きながら説明をしていた。
「こんな感じの物なんですが、いかがでしょうか?」
「ほう! 兄ちゃん、面白れぇ事を考えやがるな!
気に入った! この俺に任せておけ!」
オヤジさんは、ドンと胸を叩いた。
次の朝……
朝から、オヤジさんのテンションが妙に高い。
「今日は、面白れぇ仕事だ! わくわくするぜぇ!」
ずいぶんと、楽しんでくれているみたいで……
遥子達は町を見て廻りたいと言うので、
私はオヤジさんを馬車に乗せて作業場へと向かった。
そこに着くと、すでに木を切る音が響いて来ている。
オヤジさんは中に入ると大きな声を上げた。
「おう! 紹介するぜ! 兄ちゃんだ!」
いや……まったく紹介になっていませんが……
しかし、その声で3人の人が走ってきて整列した。
「宜しくお願いします!」
私も合わせてお辞儀をするが、
本当に判ってるのかなぁ?
「これが、ウチの若い衆だ!」
なるほど……
「それで、さっそくだが寸法を測るからよ! 向こうに回してくれるか?」
指示されるままに馬車を回して馬を繋いでいると、
オヤジさんが只ならぬオーラを発し始めた。
近寄りがたいほど真剣な表情で折りたたみのメジャーを当てる姿は、
まさに職人そのものだ。
「よし! 決まったぞ! おい! ゴーニーで4本! ハチゴーで4本切ってくれ!」
「はい!」
綺麗に揃った掛け声と共に、作業は開始された。
数え切れないほどに立て掛けてあるソリの部品を、鋭い視線で見ている。
「うむ、これだな……」
大きな2本の板を持ってきた。
「さて、これからが本番だからよ! 兄ちゃんはその辺で座っててくれ」
私は素直に頷くと、隅に置いてある椅子に腰掛けた。
寸法通りに切られた木が、あれよと言う間に組み上がってく。
さすが、職人技だ。
「よっしゃ! 組み付けるぜ!」
威勢の良い掛け声で持ち上げられたソリが馬車の横に運ばれると、
それが取り付けられた。
馬車の下に専用ジャッキが取り付けられると、
オヤジさんは大きく頷いた。
「よっしゃ~! 兄ちゃん、これでどうだ! 世界に一台の馬車だぜ!」
まさに昨日、絵に描いた通りに仕上がっている。
こりゃまた凄いな……
「さすが、お見事です!」
それに、オヤジさんは照れ笑いをした。