第三十八節 謁見ね~……
買い物を済ませて馬車に戻ると、とりあえず看板を外した。
さすがに『今野商店』はマズかろう……
街を抜けてデヴォンニャー邸に辿り着くと、許可証を見せて庭へと入って行く。
庭と言っても、その城のような建物はまだ遥か遠くだ。
もはや、意味が判らないほどの敷地である。
ようやく近くまで来ると、深そうな堀がある。
「こりゃ、完全に城だな……」
私が呟くと、皆頷いている。
そこで改めて許可証を見せると、大きな橋が倒れるように降りてきた。
なんか、目の前で見ると凄いな~……
物々しい雰囲気の中、私は無言で馬車を走らせた。
入り口まで来ると、数人が寄って来た。
「馬車は、お預かりさせて頂きます」
執事らしき人が言うので、周りの人にチップを渡した。
どうやら、これもマナーらしい。
まったく……ホテルじゃないんだから……
天井が異常に高く、幅10メートルはあろうかと言う長い通路を歩いていくと、
何やら立派そうな騎士達から鋭い視線を感じる。
どうも、歓迎されていないようだ……
しばらく歩いていると、前方に女性が立っている。
まだシルエットしか見えないが、腰から下が寺の鐘のようになっているので
間違いなく女性だろう。
その時、後からダッツが囁いた。
「あれは、刻少佐百合様です」
なるほど……
一応ここに来る前に、ダッツとナーヴェに基礎知識を叩き込まれた。
それによれば、刻少佐百合はデヴォンニャー公爵の姉だそうで、
かなり我が物顔で幅を利かせていると言う話だ。
そして権力に物を言わすだけの地位にいる為、
あの人に嫌われると相当に厄介な事になるそうだ……
目の前まで来ると凄く派手ではあるが、それが似合う綺麗な御姉様だ。
刻少佐百合は、私を睨むように見ながら言った。
「貴方が、そうですか!」
知らんわ……
主語は何処に行ったんだと言う、突っ込みは置いといて……
「お初にお目にかかります、今野勇太と申します。以後、お見知り置きを……」
教えて貰った通りに挨拶を交わすと、
刻少佐百合はフンっと言う顔で言った。
「貴方達の力など、借りなくても良くってよ!」
機嫌が悪そうに振り返ると、そのまま立ち去って行った。
ん?
力を借りるだと?
私は、ダッツに囁いた。
「今の何だ? 聞いてるか?」
それに、小さく首を振った。
沙耶の奴……いったい何を仕込みやがった?
執事に案内されるままに、大きな広間の前まで来た。
「では、こちらになります」
チップを渡して、中へと入って行く。
ここが、謁見の間のはずだ。
そして、部屋の中央で腰を落として、下を見たまま公爵を待つらしい。
やがて、誰かが入ってきた。
横目に見ると、その風体からしてデヴォンニャー公爵のようだ。
そのまま目の前の大きな椅子に腰掛けると、間が抜けた甲高い声が響いた。
「苦しゅうない、面を上げい」
どこの殿様だよ……
そのまま、5秒ほど置いてから顔を上げた。
「そなたが、今の勇者か?」
ん? 何か間違って覚えてないか?
「お初にお目にかかります、今野勇太にてございます」
「長旅ご苦労であった。さっそくじゃが、依頼の話は聞いておるか?」
少し間を置いて、私は言った。
「いえ、急を要するとの沙汰故、内容も知らされぬまま参上仕りました」
私に続くように、公爵は声をひっくり返しながら言った。
「おぉ、それは頼もしいのぅ。実は東にある城を魔物に占拠されておっての。
その討伐を頼んだのじゃ」
ほう……
「そなた達には、この国を自由に動けるように取り計らっておく。
詳しい事は、そこにおるポリニャー伯爵に聞くと良い。期待しておるぞ」
私達が深く頭を下げると、公爵はその場を立ち去って行った。
伯爵は私達に近寄ってくると、
「ささ、もう頭を上げてください。お疲れ様です」
明るく声をかけて来た。
ダッツに目配せすると頷いているので頭を上げて静かに立ち上がると、
そこには大きな目に、白髪交じりのパーマが印象的な人物が居た。
長身でスリムな体格は、貴族らしからぬ渋めな服装と相まって
ダンディーな雰囲気を漂わせている。
伯爵は、片手を左右に振りながら続けた。
「私に、堅っ苦しい挨拶は無しですよ。気楽に行きましょう」
何だか、フレンドリーな人だな……
「それで、東の城なんですけどね? そりゃもう、グッチャグチャで悲惨なんですよ~」
そこを笑顔で言ってどうする……
「もう、町なんて壊滅ですよ。あはは」
あははじゃなくて……
「それで、騎士団が助けに行ったんですけどね? もうケッチョンケッチョンで」
ダメだこりゃ……
ひとしきり説明を聞くと、広い部屋に案内された。
「では、本日はご苦労様です~。明日には全部用意出来ますので、ごゆっくり~。
あっ、後でお食事もありますよ~。それでは失礼します~」
そして、扉は閉められた。
どうやら、今日はここで泊まる事になりそうだ。
しかし、何だ? あのテンションは……妙に疲れた……
黙っていればイイ男なんだが、見た目との落差がありすぎる……
第一印象とは、意外に当てにならないものだ……