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第三三話 余談 ゴーフェン・エルセンドルの契約

正月で絶対太ったよなぁと気が気でないこの頃。

新年ですね。今年も宜しくお願いします。

私は画家であり、建築家(尤も、ベック・トリスタ殿程聡い訳でもないが…)であり、天文学家であり、数学の教師でもある。これらの分野には一本の芯があり、突き詰めればある意味全て同じである。知り合いの錬金術師にそれを話した時、彼は「だからお前の科学は底が浅いんだ」と言ってのけた。底が浅い広い、深い狭いを体積で表現するならば、体積が同じであれば形がどうあれ全て万事問題無し、という極端な意見もあろうかと思うし、単に彼は無知なのだと諭すこともできたかも知れない。だが、まあそんなことは些事な事である。目下私の頭は、広大な牧草地の何処にいてもおかしくない、つまり、自分が何処に居るのか解らない位広すぎて、どこに向かって良いかも解らない、とでも言えば良いのか的確な言葉が出てこないのだが、とにかくそんな状態に置かれている。何故私がこんな事態に陥ったのか?それはアキト様の入れ慈恵であった。

彼は私にこう言った。

「この世は真っ白いキャンバスだ。自由に書けるが、逆にどこから手をつければよいのか悩んでしまうな。ところで君にはちょっとした論理体系を構築して貰いたい。なに、ちょっとしたお遊びだ。結果を求めない。しかも給料を出そう」

私こと、ゴーフェン・エルセンドルは、この日悪魔(アキト様)との契約により人知を超えた世界に放り込まれることとなった。


「ゴーフェン、この世界では一般的に十進法が使われているようだが、これは人の指が両手合わせて十本あるからだろう」

「十進法と言いますと?」

「簡単に説明すると、0から始まり9の次が繰り上がることだ。つまり、9の次は10になるだろう?」

「なるほど、それに敢えて名前をつけるとうことは、他の進法が絡んでいるのですか?」

「鋭いな。では二進法は解かるか?」

「今の理屈でいいますと、1、2…1の次にくり上がるのですから…えっと、0、1、10、11、100 といった感じでしょうか?」

「流石物分りが早いな、ではこの二進法にはどんな特徴がある?」

「特徴ですか…、ああ、これは…0と1の二つの状態でを表現できるということですか?」

「そうだ、光と闇、上と下、有りと無し、まあ色々あるな。それらの状態を複数連ねることによって、数を表現できるということだ」

「それは…興味深いです、ね…」

その言葉に満足気にアキト様は頷き、紙とペンを取り出した。そして更に興味深い話を続けられた。

「これに論理和や論理積、否定…という考えを加えると…」

そう言いながら、図を書いていかれる。

「と基本はこの3つだな。この図形は組織や分野といったもののある種の表現にも使えるな」

「そう、ですね…。なんとなく分かりますが…いや、ちょっと時間を下さい」

「まあ、ゆっくり考えれば良いさ」

アキト様はそう言うと、そっと立ち上がり、琥珀色の飲み物を持ってきて机に置いた。透明なグラス2つも。

「この透明なグラスが高値で売れてね。生産が間に合わない状態だ。酒も売りたいが出荷は何年も先だな」

そう言って、私の分も注いで頂いた。私は、琥珀色の酒をゆっくり嚥下した。

「うまい…」

今まで飲んだどんな酒よりも強烈な刺激があり、しかし味わい深い味に思わず声が出てしまったのだ。

「そうだろう。一口金貨一枚だ」

「ブー、ゲホゲホ!」

「大丈夫か?まあ、なんだ偶には贅沢も良いだろう。私の唯一の楽しみだ」

「はぁはぁ、そうですね。しかし頭がスッキリしました」

「そうか」

アキト様は満足そうに目を細められた。

「では続きと行こう。先ほどの論理和、論理積、否定を論理演算子にすると、論理演算が可能になる。

例えば、論理和は…」

と紙上に0と1を書いていかれる。

続いて、

「論理積がこう。否定が最も簡単でこう、だ」

「なるほど興味深いですね。しかし、これはどのように使われるのでしょうか?」

「今の段階ではまだ存在意義を感じないだろう。では次に論理回路を説明しよう。論理和、論理積に2つの入力と1つの出力。否定に1つの入力と1つの出力を用意し先ほどの演算を行うとするならば、どうなる?」

「論理和、論理積は、2つの入力ですよね。これはこの二つをそれぞれ計算するとすると、出力は必然的に1つ…。否定の入力は当然1つですね。なるほど仕組みは解りました」

「では、…この様な論理回路はどうなる?」

そう言ってアキトさまは、図を示された。

「解りにくいか、では同じこれを2つ繋げよう。解かるか?」

アキト様をがっかりさせたく無い、その思いが私を支配し、焦らせた。かつて無い程、頭は回転し、そして気づいた。

「…加算ですか?」

「正解だ」

私は、ふぅと息を吐いた。

これが悪魔(アキト様)との契約の人知を超えた世界への入口だった。

その後も教えを受け、私は、これに無限の可能性を見出したのだ。筆舌に尽くし難い新しい世界が広がり、私は自分が何処にいるのか位置を見失ってしまった。アキト様の真っ白なキャンバスの話を思い出した。そういうことか、と。


後の大発明家、ゴーフェン・エルセンドルの契約の日であった。


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