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決別は新たなる出会い

 青埼十字孤児院は思っていたよりずっと静かだった。小さな子供達以外は学校に行っている様だった。

 カオルさんが子供達に囲まれる。

「やほー、みんな元気にしてたー?」

 子供達は口々に自分達の元気を告げる。正直私は日向さんみたいなのが沢山居る物だと思っていたので素直な反応にほっとする。でも、この子達は親と暮らしていない。そう思うと、切ない様な、やるせない様な気持ちが私を襲った。

 カオルさんは子供達と遊んでいた、エプロン姿の女性に話しかける。

 私達は少し遠くから軽く会釈をする。

 カオルさんは施設の中へ行ってしまった。エプロン姿の女性と子供達が私達の方へ来る。

「こんにちは」

 『こんにちはーーー!』

 エプロン姿の女性が挨拶すると子供達も大きな声で挨拶してくれる。

「こんにちは」

 私はにっこり笑って。日向先生は少し戸惑いながら……。でもちゃんと挨拶をする。

「私はここでボランティアをさせてもらっている。宮藤(ミヤフジ) (マモリ)と申します。あの……失礼ですが。あなたがあの『白詰草』を書いた傘丘 日向先生ですか?」

 彼女は丁寧に挨拶をしてくれた後、日向さんに向き直る。

「はい、俺が……書きました」

 少し躊躇いが見られたけれど、彼は宣言した。

「そうなんですか。あの物語。私、大好きなんです」彼女は嬉しそうに言う。

「そんな、すみません。あの物語は俺だけの力で書いた物じゃ無いんです」

 対照的に日向さんはしぼんでゆく。

「美羽さんの……お話が元なんですか?」

 彼女は申し訳無さそうに日向さんに聞く。

「美羽さんを知っているんですか?」

 日向さんと私は驚いて向き合う。

「ええ、当事……今もなんですけど。引っ込み思案な私は美羽さんを驚かせてしまって……。でも、あの紙芝居はうろ覚えで……『白詰草』を読んだ時は本当に驚いたけれど、すぐに大好きになりました。もし、美羽さんの物語を元にした物だとしても、私はあの物語に出会えて良かったと思います」

 彼女はそう言ってにっこり笑う。でも手が震えているのが見えてしまった。

「あの? 大丈夫ですか?」

 私は彼女に声をかける。

「あ、すみません。私、本当に引っ込み思案なもので……知らない人と会うといつもこうなっちゃって……失礼ですよね……」

 彼女はおずおずと引っ込んでしまう。

「や、そんな事無いですよ」

 私は慌てて弁解をする。

「お姉ちゃんを虐めるな!」

 子供達が守さんを庇う様に私に群がる。

「あ、こら、お姉ちゃん虐められてないから! 大丈夫だから!」

 守さんが慌てて子供達をなだめる。

「すみません。本当すみません!」

 何だか妙な空間になってしまった。

「あはは、大丈夫ですから、そんな恐縮しないでください」

 そう話をしているとカオルさんがあの人を連れて来た。

 隣に居るだけで日向さんの緊張と恐怖が伝わってくる。

 雰囲気が伝わったのか、守さんも困惑している。

「ほら、連れて来たわよ。子供達の前じゃあれだから向こうで話してらっしゃい」

 そう言って隣の教会を指す。

「ありがとうございます」

 日向さんはカオルさんに頭を下げた。

「私は子供達と遊んでいるから……二人で行ってらっしゃい」

 そう言って私達の背中をポンと叩く。

「行きましょう。日向さん」

 私は側に居てあげるしか出来ないけれど、きっと一人よりは良い。そう思いたい。

「あ、守さん」

 もう一つ日向さんを勇気付ける為に私も出来る事をしよう。

「これ、良かったら……。子供達に読んであげて下さい」

 大事に、大事にして来た美羽お姉ちゃんの紙芝居。私は沢山勇気をもらったから、もう大丈夫。

「え、これって……」

 その場に居るみんなが驚きの顔になる。

「そうです。美羽お姉ちゃんの紙芝居です。良かったらここで使ってあげてください」

 決別。少しだけ寂しいけれど、日向さんがしおりを少女に渡したように。私も、私に出来る事をしたいのだ。

 私は守さんと子供達に向き直る。

「あなた達に四葉の加護がありますように」

 そうして私と日向さんと加山 宗一さんは教会へ向かった。

「まさか、もう一度会ってくれるとは思わなかったよ」

 加山さんは重い口を開く。

 ステンドグラスから差し込む光だけが照らす室内は薄暗く重厚な空気だった。

 日向さんは震えている。まだ恐怖は拭い切れていない様だ。

「俺は……一晩考えた……」

「色々な人から色々な話を聞いて、正直混乱した。そこにアンタが現れて俺はもう考える事すら諦めかけた」

 彼は必死に言葉を紡ぐ。文にするのは上手だけれど喋るのは苦手なのだろう。たどたどしい言葉が続く。

「だけど、慧が、コイツが居てくれたから……。俺はなんとか立ち直れた。俺も、アンタも、罪を犯した。だけどこうやって償っているアンタと、やけになっていた俺じゃ、全然違う。アンタが苦しんでいるのはなんとなく解る。だから俺が許した所でアンタは救われないと思う。だけど俺はアンタを許すよ」

 正直驚いた。まさか許す……。なんて……。

「な……俺はお前にあんなに酷い事をしたんだぞ!?」

 加山さんも衝撃を受けていた。

「ああ、だけど、いつまでもそれに縛られていちゃここの子供たちを幸せに出来ると思わない。それに俺も決別したいんだ。弱い自分と……だから! 俺は許す。そしてその上で俺は名前を捨てる。野川 勇人でも傘丘 日向でも無い。俺は、生まれ変わる。うじうじ悩むのも、もう止める。慧と美羽さんの物語を書くのに相応しい人間になる!」

 彼の決意と言葉に私が泣きそうになる。だけど最初に声をあげて泣いたのは加山さんだった。

「うぅ……すまない。本当にすまなかった…………」

 膝を付き、頭を床に擦りつけながら何度も謝る。

「顔を上げてくれ」

 日向さんは加山さんに視線を合わせる様に片膝を付く。

「これからは、あいつらの為に……子供達の為に、がんばってやってくれ。俺もがんばるから……。そして、俺がもし、美羽さんの物語をちゃんと書けたら……。久しぶりにみんなで飯を食おう。ここの子供達と、守さんと、カオルさんと、川崎さんと、俺と、慧とアンタ……みんなでだ。アンタの自慢の料理でさ……。昨日の天ぷら悔しいけど美味かったんだよ」

 最後は照れながら日向さんは言い切った。彼はやっぱり根幹は優しいのだ。そして、強く、温かい。私の読んだ『白詰草』そのものだ。

 そうしてしばらく、二人の様子を見送り子供達の居る孤児院の方へ戻ってゆく。そこではさっそく守さんによって紙芝居が読まれていた。

「『ああ、もうどうでもいいや、どうせ私は何も持っていないもの』」

「でもミウは思い出します。自分とあまり年の変わらない女の子からもらった名前を」

「『私は美羽(ミウ)』」

「そしてまた思い出します。お姉さんの様な年の離れた女性からもらった苗字を」

「『私は小鳥遊美羽(タカナシミウ)』」

「そして最後に思い出します。お母さんの様な女性からもらった希望を」

 私は守さんに彼女を重ねてしまう。

「美羽……お姉ちゃん」

 隣には優しい顔でその姿を見守る日向さん。そして少し疲れてはいるけれど愛おしいものを見る様な目で見ている加山さん。

「なぁ、慧」

 日向さんが私に声をかける。

「なんですか?日向さん」

 そう言って彼は名前を捨てたのだとハッとする。

「ご、ごめんなさい。日向さんじゃ無いんですよね」

「いや、良いよ。名前無いと不便だからさ、お前が俺に名前をくれないか?」

「そんな大事な物。私に決められないですよ!」

 そうだ、名前は大事な物。そんな簡単に決められない。

「いや、大事だからお前に決めて欲しいんだ。ここまで導いてくれたのは慧だからな」

「そんな事言われても……」

「大丈夫。慧にならどんな名前を貰っても大丈夫な気がするんだ」

 まったく……この人はなんでこんなに……彼の人生を考える。虐待、出会い、『白詰草』、出会い、変化、自由……

「『私は、名前を、苗字を、希望を、諦めない心を手に入れたから。それがまた欲しくなったら自分で探しに行くわ』ミウは言います」

 守さんの声が聞こえる。そして彼を縛っていた加山さんを見る。

小鳥遊(たかなし) 言羽(ことは)なんてどうですか?」

 加山さんと言う鷹が消えた彼なら言葉と言う羽を羽ばたかせて自由に遊べるはず。そういう願いを込める。

「ありがとう。俺がその名前の様になれるかはわからないけれど、名前に負けないようにがんばろうと思う。その名前と、希望と、諦めない心を持って……」

 う……何か、かっこいいし……。良いなぁ。でも、私も負けない。少しずつでも前に進む為に。

「こうしてミウは天使になり世界中に四つ葉のクローバーが稀に生えるようにし、それを手にしたモノに幸福を与える天使になりました」

「おしまい」

 守さんが終わりを告げる。加山さんが何かに取り付かれたように拍手を送る。目からは涙が溢れていた。

 私達も拍手をする。そうすると子供達にも伝わってゆく。守さんは恥ずかしそうにこちらにお辞儀をする。

「お疲れ様」

 カオルさんがそっと彼女を支える。

 ここには美羽さんの繋いだ物語達が合った。彼女のくれた一つの物語が、これだけの物を生み出したのだ。

「あー、宗にーちゃん泣いているー」

 子供達が加山さんを心配する。

「どうしたの? 宗おにーちゃん? どっか痛いの?」

 子供達は言羽さんを虐待していた頃の加山さんなど知らないのだろう。

「違うよ。今のお話に感動してね……」

 そっと加山さんが子供達を抱きしめる。

「さ、みんなのご飯を作らないと」

 加山さんはそう言って立ち上がる。

「勇人……いや、言羽君。また……会おう」

「ああ、約束守れよ」

「わかっている」

 そう言って子供達を連れて加山さんは施設に戻って行った。

「どうやら日向先生、吹っ切れたみたいね」

 カオルさんが守さんとこちらに来る。

「ええ、そしてもう傘丘 日向も、野崎 勇人も、捨てました」

「捨てた?」

「はい、それで彼女に、慧に名前を貰ったんです」

 言羽さんは落ち着いている。

「小鳥遊 言羽と言う、素敵な名前を……」

「あはは、やっぱりあなた達すごいわ! 私達なんかよりずっと美羽ちゃんの意思を受け継いでいる」

「本当……素敵な名前……」

 守さんが呟く。

「あなたも言羽さんと、慧ちゃんと、一緒に居れば変われるかもよ?」

 カオルさんが守さんを撫でる。

「え……でも……」

 守さんが言いよどむ。

 私と言羽さんは顔を見合わせる。

「私と……」

「俺と……」

 私達の声がシンクロしてゆく

 『友達になってくれませんか?』

 


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