エピローグ スプーン勇者、それでも納得できない
魔王が去ったあと、世界は案外、普通だった。
空が割れることもなければ、大地が光ることもない。
魔王を退けたからといって、どこかから神々しい声が聞こえてくることもなかった。
風が吹き、木々が揺れる。遠くで鳥が鳴く。
それだけだった。
「……終わったんだよな?」
俺は、念のためにもう一度確認した。
「終わったな」
エルミナが淡々と答える。
「終わりましたね!」
カイルがいつも通り元気に頷く。
いや、二人とも軽いな。
魔王だぞ。
魔王と戦ったんだぞ。
しかも、勝った……というか、なんか戦う気をなくさせたというか。
正直、勝利の実感がまったくない。
「……ほんとに勝ったのか、これ」
ぽつりと呟く。
「少なくとも、魔王は退いた」
エルミナが言う。
「じゃあ勝ちです!」
カイルが言う。
「軽いんだよなぁ……」
俺は深く息を吐いた。
手元を見る。
右手に、金のスプーン。
左手に、銀のスプーン。
どう見ても食器だ。もう一度言う。
どこからどう見ても食器だ。
「……これで魔王が退く世界、普通に嫌だな」
「結果は出ている」
「その言い方やめろ」
結果は出ている。それはそうだ。
ゴブリンを倒した。
ゴーレムを倒した。
魔族を追い払った。
呪いを掬った。
運を掬った。
魔法を溜めた。
疲労を投げつけた。
そして、最終的に魔王を困惑させて帰らせた。
……いや、最後だけおかしくないか?
「最後だけじゃないな」
エルミナが言った。
「心読むな」
「顔に出ている」
「出るわ!!!」
納得できる要素が一個もないんだからな。
そのとき、カイルがはっと顔を上げた。
「ということは、勇者様!」
「なんだよ」
「これから、世界中に伝わるんですよね!」
「何が?」
「スプーンの勇者が魔王を退けた、って!」
「やめろ!!!!」
全力で叫んだ。
それだけはやめろ。
いや、もう無理かもしれない。
ここまで来たら、絶対に広まる。
スプーン勇者が魔王を退ける。
両手スプーンで。
「……終わった」
がくりと肩を落とす。
「終わったのは魔王軍ではなく、俺の尊厳かもしれない」
「勇者様、尊厳はあります!」
「ほんとか?」
「はい! すごく有名になります!」
「それは尊厳じゃなくて被害拡大だ!!!」
カイルは心から褒めている顔をしていた。
やめてほしい。本当にやめてほしい。
「……まあ」
エルミナが、珍しく少しだけ口元を緩めた。
「悪くはなかったんじゃないか」
「何が?」
「お前らしい勝ち方だった」
「それ褒めてる?」
「たぶん」
「たぶんやめろ」
でも。
ほんの少しだけ、胸の奥が軽くなった。
納得はしていない。全然していない。
今でも、なぜスプーンなのかはわからない。
剣でもよかった。槍でもよかった。
せめてナイフかフォークでもよかった。
いや、ナイフとフォークでもお食事感は消えないと言われたけど。
それでも。俺はここまで、これで戦ってきた。
このわけのわからないスプーンで。
この納得できない武器で。
「……まあ」
俺は、金と銀のスプーンを見比べた。
相変わらず、しっくりくるのが腹立つ。
「付き合ってやるよ」
小さく呟く。
すると、カイルが目を輝かせた。
「ついに認めたんですね!」
「認めてない!!!」
即答した。そこは譲らない。
「納得はしてない! 一ミリもしてない! でも使うしかないから使ってるだけだ!」
「それを認めたと言うのでは?」
エルミナが静かに言う。
「言わない!!!」
言わせない。絶対に言わせない。
俺は両手のスプーンを掲げた。
金と銀が、日差しを受けてきらりと光る。
無駄に神々しい。
やめろ。その気になるな。
「……帰るか」
俺はそう言って歩き出した。
エルミナが続き、カイルも軽い足取りでついてくる。
森の向こうには、いつもの道が続いていた。
たぶん、これからも変な依頼は来る。
たぶん、噂はもっと盛られる。
たぶん、俺はまたスプーンで何かを掬う。
嫌な予感しかしない。
でも。
「勇者様、帰ったらご飯にしましょう!」
「その言い方やめろ」
「両手スプーンですし!」
「使わねぇよ!!!!」
俺の叫びが、森に響く。
風が吹いて、木々が笑うように揺れた。
手の中のスプーンは、何も言わない。
ただ、やたらとしっくり馴染んでいる。
「……ほんと」
俺は空を見上げて、心の底から呟いた。
「どう考えても納得できない」
そして、その日もやっぱり。
俺の武器は、スプーンだった。
END
頭をからっぽにして読める作品を目指しましたが、いかがでしたでしょうか?
これにてスプーン勇者は終了です。お付き合いいただきありがとうございました!




