第50話 大変厄介なことになりそうだ
ガルドから通信が入ったのは、少し眠気を誘うような穏やかな昼下がりのことだった。
「輸送の仕事を取ってきたぜ」
あまりに似合わない単語が飛び出し、俺は思わず耳を疑った。
「……お前が?」
「おう、俺がだ」
「積めないだろ。自慢の砲塔を下ろしてカーゴでも増設したのか?」
ガルドの愛艦ヴァナルガンドは、全長160メートルの重装戦艦だ。積載スペースを削り倒して巨大な主砲をねじ込んだ、歩く弾薬庫のような船である。間違っても運送業の窓口をやるようなツラじゃない。
通信画面のガルドは、どこか得意げに鼻を鳴らした。
「積めねえのは分かってる。だからお前らに回す仕事だって言ってんだよ。俺は護衛でついていく」
「……へえ。ただの脳筋かと思ってたが、営業の真似事くらいはできるようになったわけだ」
「抜かせ。食料品と医薬品のセットだ。辺境の入植地向けでな。ルートの治安が悪すぎて受け手が困ってたところを、俺が『腕利きの囮と護衛がいる』って交渉してやった」
「金額は?」
「悪くない。俺が値切らせなかったからな」
そこは素直に評価していいかもしれない。脳筋の強面で迫れば、並の荷主は折れるだろう。
「わかった。詳細を送ってくれ」
「おう、後でな」
通信が切れる。ガルドが仕事を持ってくるとは珍しいこともあるもんだ。赤牙の件が片付いて以来、俺たちの旅団もようやく落ち着いてきた。こういう堅実な稼ぎを続けるのが一番なんだが……ガルドが絡んでいる時点で、嫌な予感しかしないのは職業病だろうか。
ガルドのデータを精査していると、今度はクラウスから通信が入った。
この男、いつもタイミングが良すぎて背中が寒くなる。
「例の座標の件だ」
例の、というのは、以前回収した脱出ポッドのログから判明した座標のことだ。軍に放り投げた話だったので、てっきり俺たちの手は離れたと思っていたのだが。
「軍が動いたのか?」
「動こうとして、止まった」
「止まった?」
俺の問いに、クラウスの声は一段と低くなった。
「施設の座標が、別の勢力の管轄に引っかかった。軍が表立って手を出せない理由が出てきたんだ」
「……別の勢力ってのは?」
「そこまでは俺の守備範囲外だ。ただ、赤牙より規模がデカい。それだけは確かだ」
クラウスが「確かだ」と言う時は、状況は最悪だと同義だ。
俺は小さく息を吐き、「わかった。報酬の上乗せは期待していいか?」と聞いた。
「情報の質次第だ」
「質なら保証する。……また連絡する」
通信を切り、旅団のメンバーを集めて共有する。
「別の勢力が絡んでいるらしい。規模は赤牙以上。軍すら手が出せないデカいヤマだ」
しばしの沈黙。あのガルドでさえ、黙り込んで眉間にシワを寄せている。
「ヴェルナー、何か心当たりはあるか?」
俺の問いに、内偵のスペシャリストであるヴェルナーが慎重に口を開いた。
「……少し。赤牙の上層部が、さらに巨大な組織と繋がっているという噂はありました。裏が取れなかったので黙っていましたが、今の話と合わせると、パズルのピースが嵌まりますね」
「名前は?」
「まだ出せません。ただ、辺境のチンピラ紛いの集団じゃない。もっと、星系全域を股に掛けるような組織です」
「宿題が増えたわね」
リーネが端末を叩きながら、他人事のように呟く。
「殴りに行くか?」
「どこをだよ、ガルド」
「……わからん」
「わからないなら待ってろ。暴れるのは場所が決まってからだ」
会議の後、一人でブリッジに残った俺は、ふと思い立ってメーディアのシステムログを開いた。
ヴェルナーの「もっと広い範囲を動いている組織」という言葉が、どうにも引っかかっていた。
俺は、メーディアの50kmバフの発生源――ゲーム時代には「超科学モジュール」と呼ばれていた装置のデータを引っ張り出す。
説明文:古代文明由来のモジュール。特殊なエネルギー場を発生させる。
イベント配布の伝説級。設定なんてそれだけで十分だった。ゲームなら。
「リーネ、起きてるか」
「なに」
「前にメーディアの波形データを取ったよな。あれ、送ってくれ」
「持ってるけど、急にどうしたのよ」
「なんとなく、気になっただけだ」
「はいはい」
送られてきたグラフを眺める。
古代文明の特殊エネルギー。現実にこの船は動いていて、50km圏内にバフをバラ撒いている。だが、その原理を俺は知らない。
そこへ、クラウスから追加のデータが届いた。
『施設の内部データを入手した。興味があるなら送る』
届いたデータをリーネに回して30分。彼女から、今までに聞いたこともないような緊張感を含んだ通信が返ってきた。
「ケイト……これ、見て。変なものが映ってる」
「変なもの?」
「施設の中心部にエネルギー反応があるんだけど、熱源でも動力炉でもない。正体不明の波形なの。……さっき送った、メーディアのデータと並べてみて」
俺は言われた通り、2つのグラフを重ね合わせた。
施設のエネルギー反応と、メーディアの心臓部の波形。
完全に一致はしていない。だが、周期の間隔、特有の減衰パターン、ピークの形。
――偶然にしては、あまりに似すぎていた。
「……これは、どういうことだ」
「似てる、なんてレベルじゃないわ。私も3回確認したけど、間違いなく同系統の技術よ」
メーディアは、ただの豪華なネタ戦艦じゃなかったのか?
なぜ、辺境の秘密施設に同じ「鼓動」がある?
「データを保存しておいてくれ」
「言われなくてもしてるわよ」
リーネが溜息混じりに付け加える。
「……はいはい。とんでもなく面倒なことになってきたわね」
「全くだ」
翌朝。俺はガルドが持ってきた仕事のデータを眺めながら、窓の外に広がる星海を見つめていた。
秘密施設、謎の波形、そして軍すら動けない巨大な闇。
それらが、この「プリンセス・メーディア」という船を軸に、一本の線で繋がろうとしている。
「ケイトさん」
シャルロッテから通信が入る。
「ガルドさんのお仕事、積み込みの準備を始めてもよろしいかしら?」
「ああ、頼む」
「分かりましたわ。……安心してくださいませ、シャンデリアは傷一つつけさせませんから」
「ああ、頼りにしてる。シャンデリア以外も注意してくれ」
通信が切れ、静寂が戻る。
メーディアのエンジンは、今日も優雅に低く唸っている。
自分が何者であるかも語らず、ただ薄く光る尾を引いて。
「……さて。今日のところは、大人しく運び屋を演じるとするか」
俺は黄金の玉座(※誰も座らない)の横に立ち、広大な宙域へと船を向けた。
大変な厄介事の予感。だが、この「お姫様」の操縦桿を握っているのは、世界で俺一人だけなのだから。




