第48話
軍から連絡が来たのは翌日の午前中だった。
メインスクリーンにヴェーバー中佐の顔が映ったとき、俺は昨日より疲れが濃くなっていることにすぐ気づいた。目の下の影が深い。寝ていないのかもしれないし、寝ている場合ではないのかもしれない。
「ゴルダ運送の輸送艦を確認した。ゼクス方面のルート上だ」
中佐の声は淡々としていた。報告慣れした声だ。
「状態は」
「残骸だ。襲撃の痕跡がある」
俺は一拍置いてから、次の質問をした。
「クルーは」
「確認中だ。現時点では不明」
不明、という言葉の重さを、中佐は説明しなかった。俺も聞かなかった。残骸という言葉が出た時点で、期待できる話ではないことはわかっていた。
「作戦への影響は」
「前倒しで動くことになる。詳細は言えないが、向こうが先に動いた以上、こちらも早める必要がある」
「わかった」
中佐は少し間を置いて、言葉を選ぶように続けた。
「繰り返しになるが、あなたたちは動かないでほしい」
「従う」
それだけ言って、通信は切れた。スクリーンが暗くなり、ブリッジに静けさが戻る。
想定はしていた。応答がない時点で、良い結果は期待していなかった。ただ、想定していたことと、現実になることは、少し重さが違った。頭でわかっていることと、腹に落ちることの差というやつだ。
端末を開いて、定期便の運航情報を確認した。見合わせ通達は出ていた。ゴルダ運送の便はその前に出港していた。タイミングの問題だ。誰かの判断ミスではない。通達が間に合わなかった。それだけのことだ。それだけのことで、中型輸送艦が残骸になった。
リーネから通信が入った。
「中佐からの話、聞いた。向こうが先に動いた、ということで確定ね」
「そうなる」
リーネの声はいつもより少しだけ硬かった。
「軍の作戦が前倒しになるなら、ゼクス方面の動きが早まる。はいはい、じゃあ私たちは」
「動かない。方針は変えない」
「わかった」
短い沈黙があった。リーネが何か言いかけて、やめた気配がした。
「クルーの件、続報あったら教えて」
「ああ」
通信が切れた。
想定の範囲内だった。囮任務の時点で、赤牙が何かしてくる可能性は考えていた。ただ、想定の範囲内というのは、起きなければいちばんいい話でもある。起きないまま終わってくれれば、それに越したことはなかった。
旅団通信を開いた。全員が繋がるのを待ってから、俺は口を開いた。
「軍から連絡が来た。ゴルダ運送の便は残骸で発見された。襲撃の痕跡がある。クルーは現在確認中」
誰も何も言わなかった。
最初に沈黙を破ったのはガルドだった。
「やっぱり殴りに行くべきだったか」
「今更言っても」リーネが遮った。
「わかってる。ただ言いたかっただけだ」
ガルドの声には苛立ちがあった。何かにぶつけたいのに、ぶつける先がない苛立ちだ。俺にもわかる感覚だった。
「……クルーの方々は、どのくらい乗っていましたの」
シャルロッテの声が、いつもより静かだった。
「中型輸送艦だ。標準的な編成なら10人前後だと思う」
シャルロッテは少し黙った。シャンデリアの話が出なかった。
「そうですか」
それだけ言って、黙った。珍しいことだった。
ヴェルナーが切り出した。
「軍の作戦が前倒しになるなら、ゼルヴァ周辺の動きも変わってきます。内偵ルートで確認できることがあるかもしれない」
「頼めるか」
「やってみます」
俺は全員に向けて言った。
「方針は変えない。軍が動く。俺たちは動かない。ただし、状況は把握し続ける。以上だ」
通信が切れた。
ブリッジにひとり残って、俺は窓の外を見た。
方針は変えない、と言った。それは本心だ。軍が動いている以上、俺たちが割り込む理由はない。下手に動けば足を引っ張る。わかっている。ただ、ヴェルナーに情報収集を頼んだのは、何もしないままでいる気になれなかったからでもある。動かないと決めることと、何も知らないまま待つことは、違う。
端末に通知が入った。輸送依頼だ。マルダ方面、食料品の返送便。条件を確認する。悪くない。メーディアのカーゴに積んで、明朝出発にする。
窓の外に、プリンセス・オーラが薄く光っていた。こいつは今日も黙って飛んでいる。文句を言える口がない。それだけが今のところ助かっている点だ。喋れたら絶対に余計なことを言う。
夜になっても、ヴェルナーからの続報はなかった。軍からも何もない。ゴルダ運送のクルーの安否も、まだわからないままだ。
端末を閉じて、椅子の背にもたれた。
動かない、と決めた。今回はそれが正しい判断だと思っている。軍が動く。拠点は特定した。向こうも動いた。状況は進んでいる。俺たちが焦って動く理由はない。ただ、待つのと、終わったと思って待つのは、少し違う。終わっていない。まだ何も終わっていない。
プリンセス・オーラが窓の外に薄く揺れていた。
軍が動く。次に何かが起きるとしたら、それは俺たちの想定の外から来るかもしれない。赤牙は追い詰められている。追い詰められた相手が何をするかは、読めない。
窓の外を見たまま、俺は小さく息をついた。
「まあ、その時はその時だ」
誰もいないブリッジで、俺はそう呟いた。




