第31話 3秒前に出せ
客室係が見つからない。
ギルドの登録者リストは全部見た。条件に合う人材はゼロ。新しい候補も出てこない。
だが定期便は止められない。客は来る。予約は入っている。こいつの維持費も止まらない。
となると、やることは1つ。
「自分でやるしかないか」
操縦して、料理して、接客して。1人3役。
ゲーム時代はコントローラー1つで全部やれた。この世界じゃ体が1つしかないから、3つ同時は物理的に無理だ。
だが、やるしかない。
* * *
まず、助けを求めた。
助けを求めた相手は、客だ。
「ヘルムート夫人。お願いがあるんですが」
カリスト定期便の食後。ヘルムート夫妻が紅茶を飲んでいる時間に、頭を下げた。
「接客のコツを教えてもらえませんか」
マルタ・フォン・アイゼンシュタイン夫人は、元提督の妻であり、上流社会の社交を何十年もこなしてきた人間だ。接客の「される側」のプロ。つまり、何が心地よくて何が不快か、誰より分かっている。
マルタ夫人が目を丸くした。
「あら。ケイトくんが接客を?」
「客室係が見つからないんです。見つかるまで、自分でやろうと思って。でも俺、接客の経験がゼロで」
「ゼロで定期便を回してたの?」
「ロボがやってくれてたので……」
「なるほどね」
マルタ夫人がにっこり笑った。教えることが好きなタイプなのかもしれない。
「いいわよ。教えてあげる。ただし厳しいわよ?」
「お願いします」
ヘルムート氏が横で紅茶を飲みながら微笑んでいた。「やれやれ」という顔だ。
* * *
マルタ夫人の接客レッスンが始まった。
場所はメーディアの食堂。生徒はケイト。教師はマルタ夫人。観客はシャンデリアとロボ。
「まず基本。接客で一番大事なのは何だと思う?」
「……笑顔ですか」
「違うわ。タイミングよ」
「タイミング」
「そう。お茶の温度が何度かなんて、客は気にしない。大事なのは、お茶を出すタイミング。客が『欲しいな』と思う3秒前に出す。3秒前よ。3秒後じゃダメ。3秒前」
「3秒前って、分かるんですか」
「分かるわよ。見てればね」
マルタ夫人がテーブルの向かいに座って、紅茶のカップを手に取った。
「今から、わたしが紅茶を飲み終わるわ。お代わりが欲しくなるタイミングを当ててみなさい」
マルタ夫人が紅茶を飲み始めた。ゆっくりと。カップを傾けて、一口、二口。
俺はじっと見ている。
カップの中身が減っていく。あとひと口。
最後のひと口を飲み干した。カップをソーサーに置いた。
今だ。
「……今ですか」
「遅い。わたしがカップを置いた瞬間に聞いてる時点で、もう3秒遅い」
「え」
「わたしが最後のひと口を口に運んだ時。あの時点で『もうすぐ空になる』と分かるでしょう? そこで動くの。カップが空になる前にポットを手に取る。客がカップを置いた瞬間には、もう注げる状態になっている。それが3秒前」
「……難しくないですか」
「慣れよ。最初は10秒遅れる。そのうち5秒になる。1ヶ月もすれば3秒前に動けるようになるわ」
1ヶ月。長い。だが、学ぶしかない。
* * *
レッスンは続いた。
紅茶のタイミングだけじゃない。
「客が席を立とうとした時。椅子を引くのは当然。でも大事なのはその前。客が『立とうかな』と体重を移す瞬間があるの。その時に視線を合わせて、軽くうなずく。『どうぞ、お立ちください』のサイン。声をかけなくていい。視線だけで十分」
「視線……」
「客が窓の外を見た時。照明を少し落とす。星がきれいに見えるから。でも落としすぎはダメ。食事中なら料理が見えなくなる。5パーセントだけ。5パーセント」
「5パーセントの調整って、ロボにやらせたほうが……」
「ロボはやってるわよ。でも、ロボが照明を落とした時に『きれいな星ですね』と一言添えるのが人間の仕事。ロボは照明を変えられるけど、会話はできないでしょう?」
そうだ。それが、ロボに足りないものだった。
ロボは「何をするか」は完璧にできる。だが「何を言うか」ができない。
接客は、動作と言葉の両方で成り立っている。ロボが動作を担当するなら、俺が言葉を担当すればいい。
「なるほど。ロボと俺で分業すればいいんですね」
「そういうこと。あなたが上手にならなくても、ロボとのチームワークで補えるわ。あなたは言葉を出すだけでいい」
言葉を出すだけ。それなら、不器用な俺でもできるかもしれない。
* * *
次の定期便。実践。
客はヘルムート夫妻とシュタイナー夫妻。常連組。ある意味、練習台としては最高だ。温かい目で見てくれる。
操縦席から離れるわけにはいかないので、航行が安定したタイミングで食堂に顔を出す形だ。ロボが配膳を担当し、俺が客のテーブルに立って会話をする。
ぎこちなかった。
めちゃくちゃぎこちなかった。
「あ、えっと。お料理のほう、お口に合いますでしょうか」
何だこの言い回し。居酒屋のバイト初日か。
「美味しいわよ。ロボットの盛り付け、今日も素敵ね」
シュタイナー夫人が微笑んでくれた。優しい。この人は優しい。
「お紅茶のお代わりは……」
シュタイナー夫人のカップを見た。まだ半分残っている。早い。早すぎる。マルタ夫人に言われた。3秒前だと。まだ30秒以上ある。
「あ、まだ大丈夫よ」
「すみません……」
失敗だ。焦りすぎた。
マルタ夫人がテーブルの端からこちらを見て、小さく首を横に振った。「まだ早い」のサイン。
次。ヘルムート氏のカップ。あと2口くらいで空になりそうだ。
1口。
最後の1口を口に運んだ。
今だ。
ポットを手に取り、ヘルムート氏のカップに近づけた。
ヘルムート氏がカップをソーサーに置いた。
同時。
「お代わりはいかがですか」
「ああ、いただこう。ちょうど欲しかったところだ」
……入った。
3秒前じゃない。0秒。同時。でも、タイミングとしては悪くない。
マルタ夫人が小さく頷いた。合格……ではないが、及第点、くらいの顔だ。
嬉しかった。宙賊を撃退した時より嬉しかった。紅茶1杯のタイミングで喜ぶ日が来るとは。
* * *
食後。客が客室に戻った後、俺は食堂の椅子にへたり込んだ。
「疲れた……」
操縦、料理の仕込み、配膳の監督、客との会話。全部を並行でやった。2時間。たった2時間の食事の接客で、宙賊3隻との戦闘より消耗した。
ガルドが通信で言った。
「お前が接客してるの、モニターで見てたけど」
「見てたのか」
「面白かった」
「面白がるな」
「紅茶を早く注ぎすぎて客に止められてたとこ、最高だったぞ」
「うるさい」
リーネも通信に入ってきた。
「ケイト、1つ聞いていい?」
「何だ」
「操縦しながら接客して、料理の監督もして。あなた、何人必要なの」
「……3人くらい」
「3人いるなら客室係1人雇ったほうが早くない?」
「いないから自分でやってるんだろ」
「正論ね。応援してるわ」
応援で腹は膨れない。こいつら、働かしてやろうか。ホント—―
* * *
帰路。航行は安定。客は客室で休んでいる。
ヘルムート氏が食堂に残っていた。紅茶のお代わりを自分で注いでいる。客が自分で注いでる。接客として終わっている。
「すみません、お注ぎしますのに」
「いいんだ。自分で注ぐのも悪くない」
ヘルムート氏が紅茶を一口飲んで、言った。
「ケイトくん。今日の接客、不器用だったな」
「……はい。すみません」
「謝ることじゃない。不器用だが、気持ちは伝わった」
「気持ち、ですか」
「ああ。『この人は一生懸命やっている』と。それは、ロボットにはできないことだ。ロボットは完璧にやるが、一生懸命にはやらない。客というのはね、完璧さより、一生懸命さに心を動かされることがあるんだよ」
完璧さより、一生懸命さ。
「ロボットの完璧さと、人間の不器用さ。両方あるのが、この船の良いところだと思うよ」
「……ありがとうございます」
ヘルムート氏が紅茶を飲み干した。
「あと、紅茶のタイミングは妻に教わったんだろう」
「バレてましたか」
「あの人、教えるのが好きでね。張り切ってただろう」
「はい。だいぶ」
「ハハハ。あの人に教わったなら、そのうち上手くなるよ。あの人の教え子で下手なままだった人間はいない」
元提督の妻。上流社会の社交のプロ。その教え子。
俺の肩書きが増えた。艦長、運送屋、囮屋、そしてマルタ夫人の教え子。最後のが一番緊張する。
* * *
カリスト到着。客を送り届けた。
チップ。出た。前回より増えている。
教えてもらっといてもらっちゃダメだろってのは置いておいて...
ロボの改善だけだった時より、明らかに。
不器用な接客でも、「人間がいる」というだけで客の満足度が変わる。ヘルムート氏の言った通りだ。
マルタ夫人が降り際に言った。
「来週までに、視線の使い方を練習しておきなさい。鏡の前でやるのよ」
「はい」
「あと、姿勢。背筋が丸くなってたわよ。操縦席に座りっぱなしだからでしょうけど」
「気をつけます」
「それから紅茶のタイミング、あと2秒早ければ完璧だったわ」
宿題が3つも出た。厳しい師匠だ。
「ありがとうございました、夫人」
「次も楽しみにしてるわよ」
にっこり笑って降りていった。この人も、ある意味ではメーディアの乗組員みたいなものだ。外部講師。
* * *
レグルスへの帰路。メーディアの食堂。3人。
ロボが3人分のセッティング。花が3つ。紅茶が3杯。
俺はぐったりしていた。体力的にではなく、精神的に。接客は消耗する。相手の動きを観察して、タイミングを読んで、言葉を選んで。戦闘より頭を使う。
「客室係って、こんなに大変だったんだな……」
「やってみて初めて分かることもあるわよね」
「分かった。分かったから、見つけたい。早く」
「見つからないんでしょう」
「見つからない」
ガルドが肉を噛みながら言った。
「お前の接客、下手くそだけど悪くなかったぞ」
「下手くそって言った後に悪くなかったって、どっちだよ」
「両方だ。下手くそだけど、お前がやってるって感じがした。ロボがやるのとは違う」
「……ヘルムートさんにも同じこと言われた」
「だろうな。分かるぞ、あの感じ」
ガルドに接客の何が分かるのか疑問だが、言いたいことは伝わる。
紅茶を飲んだ。自分で淹れた紅茶。ロボが淹れたのより少しぬるい。
客室係。やっぱり必要だ。俺1人では限界がある。操縦しながら接客は物理的に無理がある。今日はたまたまうまくいったが、航行中にトラブルが起きたら接客どころじゃなくなる。
だが、見つかるまでは俺とロボでやる。下手くそでも。
「マルタ夫人に宿題を3つ出された」
「宿題?」
「視線の使い方、姿勢、紅茶のタイミング」
「お前、いつの間にかあの夫人の弟子になってるな」
「なってる。たぶん」
リーネが紅茶を飲みながら、ほんの少し笑った。
「あなたの船、いろんな人を巻き込むわね」
「巻き込んでるのは俺じゃなくてこいつだ」
「同じことよ」
シャンデリアを見上げた。
こいつの光の下で、俺は今日、紅茶のお代わりのタイミングを学んだ。
宙賊と戦うより緊張した。
宙賊と戦うより嬉しかった。




