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姫プレイネタ戦艦で殺伐宇宙世界来てしまったんですが!!??  作者: 御蔭


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31/55

第31話 3秒前に出せ


 客室係が見つからない。

 ギルドの登録者リストは全部見た。条件に合う人材はゼロ。新しい候補も出てこない。

 だが定期便は止められない。客は来る。予約は入っている。こいつの維持費も止まらない。

 となると、やることは1つ。

「自分でやるしかないか」

 操縦して、料理して、接客して。1人3役。

 ゲーム時代はコントローラー1つで全部やれた。この世界じゃ体が1つしかないから、3つ同時は物理的に無理だ。

 だが、やるしかない。

* * *

 まず、助けを求めた。

 助けを求めた相手は、客だ。

「ヘルムート夫人。お願いがあるんですが」

 カリスト定期便の食後。ヘルムート夫妻が紅茶を飲んでいる時間に、頭を下げた。

「接客のコツを教えてもらえませんか」

 マルタ・フォン・アイゼンシュタイン夫人は、元提督の妻であり、上流社会の社交を何十年もこなしてきた人間だ。接客の「される側」のプロ。つまり、何が心地よくて何が不快か、誰より分かっている。

 マルタ夫人が目を丸くした。

「あら。ケイトくんが接客を?」

「客室係が見つからないんです。見つかるまで、自分でやろうと思って。でも俺、接客の経験がゼロで」

「ゼロで定期便を回してたの?」

「ロボがやってくれてたので……」

「なるほどね」

 マルタ夫人がにっこり笑った。教えることが好きなタイプなのかもしれない。

「いいわよ。教えてあげる。ただし厳しいわよ?」

「お願いします」

 ヘルムート氏が横で紅茶を飲みながら微笑んでいた。「やれやれ」という顔だ。

* * *

 マルタ夫人の接客レッスンが始まった。

 場所はメーディアの食堂。生徒はケイト。教師はマルタ夫人。観客はシャンデリアとロボ。

「まず基本。接客で一番大事なのは何だと思う?」

「……笑顔ですか」

「違うわ。タイミングよ」

「タイミング」

「そう。お茶の温度が何度かなんて、客は気にしない。大事なのは、お茶を出すタイミング。客が『欲しいな』と思う3秒前に出す。3秒前よ。3秒後じゃダメ。3秒前」

「3秒前って、分かるんですか」

「分かるわよ。見てればね」

 マルタ夫人がテーブルの向かいに座って、紅茶のカップを手に取った。

「今から、わたしが紅茶を飲み終わるわ。お代わりが欲しくなるタイミングを当ててみなさい」

 マルタ夫人が紅茶を飲み始めた。ゆっくりと。カップを傾けて、一口、二口。

 俺はじっと見ている。

 カップの中身が減っていく。あとひと口。

 最後のひと口を飲み干した。カップをソーサーに置いた。

 今だ。

「……今ですか」

「遅い。わたしがカップを置いた瞬間に聞いてる時点で、もう3秒遅い」

「え」

「わたしが最後のひと口を口に運んだ時。あの時点で『もうすぐ空になる』と分かるでしょう? そこで動くの。カップが空になる前にポットを手に取る。客がカップを置いた瞬間には、もう注げる状態になっている。それが3秒前」

「……難しくないですか」

「慣れよ。最初は10秒遅れる。そのうち5秒になる。1ヶ月もすれば3秒前に動けるようになるわ」

 1ヶ月。長い。だが、学ぶしかない。

* * *

 レッスンは続いた。

 紅茶のタイミングだけじゃない。

「客が席を立とうとした時。椅子を引くのは当然。でも大事なのはその前。客が『立とうかな』と体重を移す瞬間があるの。その時に視線を合わせて、軽くうなずく。『どうぞ、お立ちください』のサイン。声をかけなくていい。視線だけで十分」

「視線……」

「客が窓の外を見た時。照明を少し落とす。星がきれいに見えるから。でも落としすぎはダメ。食事中なら料理が見えなくなる。5パーセントだけ。5パーセント」

「5パーセントの調整って、ロボにやらせたほうが……」

「ロボはやってるわよ。でも、ロボが照明を落とした時に『きれいな星ですね』と一言添えるのが人間の仕事。ロボは照明を変えられるけど、会話はできないでしょう?」

 そうだ。それが、ロボに足りないものだった。

 ロボは「何をするか」は完璧にできる。だが「何を言うか」ができない。

 接客は、動作と言葉の両方で成り立っている。ロボが動作を担当するなら、俺が言葉を担当すればいい。

「なるほど。ロボと俺で分業すればいいんですね」

「そういうこと。あなたが上手にならなくても、ロボとのチームワークで補えるわ。あなたは言葉を出すだけでいい」

 言葉を出すだけ。それなら、不器用な俺でもできるかもしれない。

* * *

 次の定期便。実践。

 客はヘルムート夫妻とシュタイナー夫妻。常連組。ある意味、練習台としては最高だ。温かい目で見てくれる。

 操縦席から離れるわけにはいかないので、航行が安定したタイミングで食堂に顔を出す形だ。ロボが配膳を担当し、俺が客のテーブルに立って会話をする。

 ぎこちなかった。

 めちゃくちゃぎこちなかった。

「あ、えっと。お料理のほう、お口に合いますでしょうか」

 何だこの言い回し。居酒屋のバイト初日か。

「美味しいわよ。ロボットの盛り付け、今日も素敵ね」

 シュタイナー夫人が微笑んでくれた。優しい。この人は優しい。

「お紅茶のお代わりは……」

 シュタイナー夫人のカップを見た。まだ半分残っている。早い。早すぎる。マルタ夫人に言われた。3秒前だと。まだ30秒以上ある。

「あ、まだ大丈夫よ」

「すみません……」

 失敗だ。焦りすぎた。

 マルタ夫人がテーブルの端からこちらを見て、小さく首を横に振った。「まだ早い」のサイン。

 次。ヘルムート氏のカップ。あと2口くらいで空になりそうだ。

 1口。

 最後の1口を口に運んだ。

 今だ。

 ポットを手に取り、ヘルムート氏のカップに近づけた。

 ヘルムート氏がカップをソーサーに置いた。

 同時。

「お代わりはいかがですか」

「ああ、いただこう。ちょうど欲しかったところだ」

 ……入った。

 3秒前じゃない。0秒。同時。でも、タイミングとしては悪くない。

 マルタ夫人が小さく頷いた。合格……ではないが、及第点、くらいの顔だ。

 嬉しかった。宙賊を撃退した時より嬉しかった。紅茶1杯のタイミングで喜ぶ日が来るとは。

* * *

 食後。客が客室に戻った後、俺は食堂の椅子にへたり込んだ。

「疲れた……」

 操縦、料理の仕込み、配膳の監督、客との会話。全部を並行でやった。2時間。たった2時間の食事の接客で、宙賊3隻との戦闘より消耗した。

 ガルドが通信で言った。

「お前が接客してるの、モニターで見てたけど」

「見てたのか」

「面白かった」

「面白がるな」

「紅茶を早く注ぎすぎて客に止められてたとこ、最高だったぞ」

「うるさい」

 リーネも通信に入ってきた。

「ケイト、1つ聞いていい?」

「何だ」

「操縦しながら接客して、料理の監督もして。あなた、何人必要なの」

「……3人くらい」

「3人いるなら客室係1人雇ったほうが早くない?」

「いないから自分でやってるんだろ」

「正論ね。応援してるわ」

 応援で腹は膨れない。こいつら、働かしてやろうか。ホント—―

* * *

 帰路。航行は安定。客は客室で休んでいる。

 ヘルムート氏が食堂に残っていた。紅茶のお代わりを自分で注いでいる。客が自分で注いでる。接客として終わっている。

「すみません、お注ぎしますのに」

「いいんだ。自分で注ぐのも悪くない」

 ヘルムート氏が紅茶を一口飲んで、言った。

「ケイトくん。今日の接客、不器用だったな」

「……はい。すみません」

「謝ることじゃない。不器用だが、気持ちは伝わった」

「気持ち、ですか」

「ああ。『この人は一生懸命やっている』と。それは、ロボットにはできないことだ。ロボットは完璧にやるが、一生懸命にはやらない。客というのはね、完璧さより、一生懸命さに心を動かされることがあるんだよ」

 完璧さより、一生懸命さ。

「ロボットの完璧さと、人間の不器用さ。両方あるのが、この船の良いところだと思うよ」

「……ありがとうございます」

 ヘルムート氏が紅茶を飲み干した。

「あと、紅茶のタイミングは妻に教わったんだろう」

「バレてましたか」

「あの人、教えるのが好きでね。張り切ってただろう」

「はい。だいぶ」

「ハハハ。あの人に教わったなら、そのうち上手くなるよ。あの人の教え子で下手なままだった人間はいない」

 元提督の妻。上流社会の社交のプロ。その教え子。

 俺の肩書きが増えた。艦長、運送屋、囮屋、そしてマルタ夫人の教え子。最後のが一番緊張する。

* * *

 カリスト到着。客を送り届けた。

 チップ。出た。前回より増えている。

 教えてもらっといてもらっちゃダメだろってのは置いておいて...


 ロボの改善だけだった時より、明らかに。

 不器用な接客でも、「人間がいる」というだけで客の満足度が変わる。ヘルムート氏の言った通りだ。


 マルタ夫人が降り際に言った。

「来週までに、視線の使い方を練習しておきなさい。鏡の前でやるのよ」

「はい」

「あと、姿勢。背筋が丸くなってたわよ。操縦席に座りっぱなしだからでしょうけど」

「気をつけます」

「それから紅茶のタイミング、あと2秒早ければ完璧だったわ」

 宿題が3つも出た。厳しい師匠だ。

「ありがとうございました、夫人」

「次も楽しみにしてるわよ」

 にっこり笑って降りていった。この人も、ある意味ではメーディアの乗組員みたいなものだ。外部講師。

* * *

 レグルスへの帰路。メーディアの食堂。3人。

 ロボが3人分のセッティング。花が3つ。紅茶が3杯。

 俺はぐったりしていた。体力的にではなく、精神的に。接客は消耗する。相手の動きを観察して、タイミングを読んで、言葉を選んで。戦闘より頭を使う。

「客室係って、こんなに大変だったんだな……」

「やってみて初めて分かることもあるわよね」

「分かった。分かったから、見つけたい。早く」

「見つからないんでしょう」

「見つからない」

 ガルドが肉を噛みながら言った。

「お前の接客、下手くそだけど悪くなかったぞ」

「下手くそって言った後に悪くなかったって、どっちだよ」

「両方だ。下手くそだけど、お前がやってるって感じがした。ロボがやるのとは違う」

「……ヘルムートさんにも同じこと言われた」

「だろうな。分かるぞ、あの感じ」

 ガルドに接客の何が分かるのか疑問だが、言いたいことは伝わる。


 紅茶を飲んだ。自分で淹れた紅茶。ロボが淹れたのより少しぬるい。

 客室係。やっぱり必要だ。俺1人では限界がある。操縦しながら接客は物理的に無理がある。今日はたまたまうまくいったが、航行中にトラブルが起きたら接客どころじゃなくなる。

 だが、見つかるまでは俺とロボでやる。下手くそでも。

「マルタ夫人に宿題を3つ出された」

「宿題?」

「視線の使い方、姿勢、紅茶のタイミング」

「お前、いつの間にかあの夫人の弟子になってるな」

「なってる。たぶん」

 リーネが紅茶を飲みながら、ほんの少し笑った。

「あなたの船、いろんな人を巻き込むわね」

「巻き込んでるのは俺じゃなくてこいつだ」

「同じことよ」


 シャンデリアを見上げた。

 こいつの光の下で、俺は今日、紅茶のお代わりのタイミングを学んだ。

 宙賊と戦うより緊張した。

 宙賊と戦うより嬉しかった。


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