第30話 紅茶と情報
ヴェルナーから連絡が来たのは、レグルスに帰港した翌朝だった。
「ケイトさん。お時間をいただけますか。お仕事ではなく、情報の共有です」
情報の共有。仕事の依頼じゃない。ヴェルナーから声がかかること自体が珍しいのに、内容が「情報」だ。
先日クラウスから聞いたゼクス方面の不穏な動き。それと関係があるのか。
「行く。いつもの店でいいか」
「ええ。1時間後に」
* * *
レグルスのカフェ。ステーション中層の、まともな店。
前にヴェルナーとお茶をした店と同じだ。同じ席が空いていた。4人がけのテーブル。窓際。
ヴェルナーがコーヒーを頼み、俺が紅茶を頼む。もう恒例になりつつある。前は「殺しに来た男とお茶」だったのが、今は「情報交換の定例会」みたいになっている。人生は変わるものだ。
「で、何があった」
「単刀直入に行きます」
ヴェルナーはいつも単刀直入だ。この男の丁寧さは、前置きの短さに出る。
「ゼクス方面で、新しい組織が傭兵を募集しています」
ゼクス方面。クラウスの情報と同じ宙域だ。
「傭兵の募集?」
「ええ。わたしにも声がかかりました」
ヴェルナーに。
この宙域で最も腕の立つ傭兵の1人に、新しい組織が声をかけた。それだけで、その組織が「まともな戦力」を求めていることが分かる。
「受けたのか」
「断りました。依頼主の素性が不透明でしたので」
断った。当然と言えば当然だが、安心した。ヴェルナーが敵側につく未来は想像したくない。
「ただ、気になる点がありまして」
ヴェルナーがコーヒーカップを口元に運んだ。一口飲んで、置いた。
「報酬の提示額が、異常に高かった」
「どのくらい」
「相場の3倍です。護衛1件で9000クレド。通常のAランク随伴が3000ですから、3倍」
9000。3倍。まともな運送業を3ヶ月やっても、その額には届かない。それを1件の護衛で提示する。
「資金力がある、ってことか」
「はい。そしてその資金の出所が見えない。合法的な事業だけで、あの額は出せません」
* * *
俺はしばらく考えた。
クラウスの情報。赤牙のプロトコルに似た暗号通信。ゼルヴァ・ロジスティクスという合法の看板。急速な戦闘艦の購入。
ヴェルナーの情報。傭兵の大規模募集。異常な報酬額。素性が不透明な依頼主。
別々のルートから来た情報が、同じ方向を指している。
「ヴェルナー。1つ聞いていいか」
「どうぞ」
「ちょっと込み入った話なんだが」
クラウスの情報を共有した。通信パターンの件。ゼルヴァの件。暗号の改良の件。
ヴェルナーは黙って聞いていた。コーヒーに手をつけず、俺の話に集中している。
全て話し終えた。
「なるほど。繋がりますね」
ヴェルナーが言った。
「赤牙のプロトコルをベースにした暗号通信。合法の運送業の看板。戦闘艦の購入。そして傭兵の大量募集。全部、同じ人間――あるいは同じ組織が動かしているとすれば、辻褄が合います」
「赤牙の再建だと思うか?」
「再建、というよりは進化でしょうか。赤牙のやり方をベースに、より洗練された方法で組織を作り直している。赤牙時代の反省を活かしている人間の仕業です」
反省を活かしている。つまり、赤牙の失敗を知っている人間。赤牙の内部にいた人間。
リーダーだ。
名前はまだ出さない。確証がないから。だが、頭の中では輪郭がはっきりしつつある。
* * *
「もう少し情報があります」
ヴェルナーが続けた。
「わたしへの募集は断りましたが、応じた傭兵は何人かいます。名前は伏せますが、どれも二流以下です。腕は大したことがない。ただ、数が集まっている」
「数は」
「わたしが把握している限りで、8人。それぞれが1隻ずつ持ち込みですから、傭兵だけで8隻。ゼルヴァの自前の戦力と合わせると、12隻から15隻程度と推測します」
「15隻……」
赤牙のカリスト方面艦隊が12隻だった。それと同規模か、それ以上。
「二流の傭兵でも、15隻が固まればそこそこの脅威です。指揮官が優秀なら、なおさら」
「指揮官が優秀、ね」
赤牙のリーダーが指揮を執るなら、二流の傭兵でも侮れない。あの男は組織の運用が巧みだった。通行料ビジネスを考えつくくらいには。
紅茶を飲んだ。少し冷めていた。話に集中しすぎた。
「この情報、リーネにも共有していいか」
「もちろんです。お役に立てるなら」
「クラウスにも」
「構いません。ただ、わたしの名前は伏せてもらえると助かります。傭兵業界で『密告屋』のレッテルを貼られると、仕事に差し支えますので」
「分かった。情報源は伏せる」
ヴェルナーの立場も守る。この男の信用を壊すわけにはいかない。
* * *
「ケイトさん。1つ提案があるのですが」
「何だ」
「わたしが内偵しましょうか」
内偵。
「募集を断りはしましたが、傭兵として再度接触することは可能です。『やはり興味がある』と言えば、相手も拒まないでしょう。傭兵が足りない状況ですから」
「……お前が中に入るってことか」
「潜入ではありません。表向きは傭兵としての接触。ただ、その過程で組織の内部情報を拾えます。誰が指揮を執っているのか。拠点はどこか。本当の目的は何か」
合理的だ。ヴェルナーなら自然に接触できる。傭兵が傭兵の募集に応じるのは、何も不自然じゃない。
だが。
「危険じゃないのか」
「危険は常にあります。傭兵ですから」
「そういう意味じゃなくて。もし相手が赤牙の残党で、お前が俺たちと繋がってることがバレたら」
「バレなければ問題ありません」
「バレないとは限らないだろ」
ヴェルナーが微かに笑った。穏やかな笑み。この男は危険な話をする時ほど穏やかになる。
「ケイトさん。わたしを心配してくださるのですか」
「……別に。お前に何かあったら、次の護衛を探すのが面倒だ」
「ふふ。そうですか」
信じてない顔だ。信じなくていい。事実だから。面倒なのは事実だ。
「報酬はどうする」
「後払いで結構です。成果が出た時に、内容に応じて。成果が出なければ無報酬で」
成果報酬型。リスクをヴェルナーが取る形だ。
「……いいのか、それで」
「投資の続きです。あなた方との関係に、もう少し投資させてください」
また投資だ。この男は全てをビジネスの言語で包む。だが、投資というなら、この男はすでにかなりの額を「投資」している。タダの救援。3000クレドの初回割引。そして今度は無報酬の内偵。
リターンを求めない投資は、もう投資じゃない。それは――
いや、やめておこう。この男に友情とか言ったら、たぶん困る。困るのは俺か。
「……分かった。頼む。ただし無理はするな」
「わたしは常に無理はしません。合理的に動くだけです」
「合理的に危険なことをするのは無理って言うんだよ」
「それは合理的な無理です」
「何を言ってるんだ」
ヴェルナーがコーヒーを飲み干した。微笑んだまま。
* * *
メーディアに戻り、リーネにヴェルナーの情報を共有した。情報源は伏せて。
「傭兵を8人募集。報酬は相場の3倍。合わせて15隻規模の戦力……」
リーネが端末にデータを入力していく。クラウスの情報と、ヴェルナーの情報を並べた。
「赤牙のプロトコルに似た暗号通信。合法の看板で資金作り。戦闘艦の購入。傭兵の大量募集。相場の3倍の報酬を出せる資金力」
全部のピースを並べた。
「これ、誰かが金と通信技術と傭兵を集めて、新しい宙賊組織を作ろうとしてるわね。しかも赤牙の手法を改良して」
「赤牙の残党か」
「残党というより、赤牙を知り尽くした誰か。残党をまとめ直してるんじゃなくて、1から作り直してる。もっと効率的に、もっと見つかりにくく」
進化した赤牙。
「脱出ポッドの件……やっぱり気になるわね」
リーネも同じことを考えている。あの旗艦。射出記録のない脱出ポッド。生きているかもしれないリーダー。
「でも、まだ確証はない。名前も顔も分からない。赤牙のリーダーが誰なのか、そもそも俺たちは知らないんだ」
「そうね。赤牙の旗艦に誰が乗っていたのか、当時も確認できなかった。組織のトップが誰かという情報自体が、最初からない」
名前がない。顔がない。生きているかどうかも分からない。
だが、動いている影がある。
* * *
ガルドに報告した。
「15隻か。前の赤牙と同じくらいだな」
「ああ。ただし今回は二流の傭兵が主力だ。ヴェルナーほどの腕はいない」
「ヴェルナーがいないなら怖くねえ」
「そのヴェルナーが今回はこっち側だ」
「……確かに。心強えな」
ガルドが認めた。また「悔しいが」が来るかと思ったが、今回はなかった。もう認めるのに抵抗がなくなったのだろうか。成長だ。たぶん。
「で、ヴェルナーが内偵するのか」
「ああ。傭兵として接触して、内部情報を拾う」
「危なくねえか」
「危ないだろうな。だが、あの男は合理的に動くと言ってた」
「合理的に危ないことをするのは合理的なのか」
「俺も同じこと聞いた」
ガルドと感想が一致した。珍しい。
* * *
夜。メーディアの艦橋。
シャンデリアの光の下で、今日の情報を反芻する。
ヴェルナーは変わった。
最初に会った時、あの男は赤牙に雇われた傭兵だった。俺の艦を沈めに来た男。金で動く男。
今は、自分から情報を持ってきて、無報酬で内偵を買って出る男になっている。
金で動く男が、金以外の理由で動き始めた。リーネが前に言った通りだ。
変わったのはヴェルナーか、俺たちとの関係か。たぶん両方だ。
カフェで紅茶を飲むのが、もう何回目か。
最初は「殺しに来た男とお茶」だった。次は「元敵との交渉」。その次は「プロ同士の打ち合わせ」。今日は「情報交換」。
毎回、紅茶とコーヒーを1杯ずつ。
同じ店、同じ席、同じ飲み物。だが、話の中身が毎回変わる。関係が毎回変わる。
次に会う時は、何が変わっているだろう。
「……あの男は大丈夫だろうな」
呟いた。心配しているわけじゃない。面倒な相手を失いたくないだけだ。
いや、面倒なのか。紅茶とコーヒーで情報交換する関係のどこが面倒だ。
面倒じゃないなら、何だ。
考えるのをやめた。
明日は定期便がある。客がいる。ロボの配膳を監視して、ソースが飛ばないようにしなきゃいけない。客室係が見つからない問題も解決してない。
目の前のことをやる。
いつも通り。




