第35話:帰還の庭と静かな誓い
“名無し”との対峙を経て、祠から脱出した四人。無事だった友人たちと再会し、安堵と疲労に包まれた帰還のだった――。
中央庭園に出現した夕暮れの祠――その地に戻った四人の姿があった。九重紗雪、天神縷々、浦見真観、そして神明隼人。彼らはいま、脱出直後に倒れていた人たちを囲んでいた。
「皆さん、大丈夫ですか?」真観、隼人、紗雪はゆっくりと問いかけ、縷々も一緒に懸命に声を掛けていた。
彼女たちが出迎えたのは、行方不明とされていた人達と生徒たち。
隼人が呼んだ警察と消防が続々と学園に押しかけ規制線を貼り、複数の赤いランプが夜空を照らしている。
警察と消防のスタッフが軽く応急処置をしている。うつらうつらとした彼らの目に、一瞬だけ驚きと安堵の光が差した。
警察官が記録用のノートを開く。「救出は22時30分です。意識の混濁があるものの、大きな障害はなし。今後は医療機関で経過観察となります」
彼らが祠に入ってから丸一日経過しようとしていた。
消防隊員の一人が報告。「学園地下礼拝堂からの搬送でした。環境分析では有害な物質は検出されず、事件事故の可能性は低いとの判断です」
その夜、深夜にも関わらず、学園敷地前には報道のカメラが散らばっていた。見出しは「学園で神隠し騒動か」「不可思議な夜の祠」――いずれも煽り口調だ。
しかし、九重家と天神家、そして真観の意向を受けた地元警察と学校側が連携。正式な文書で「行方不明者は無事発見され、記憶喪失・行方不明などの噂も医学的見地から否定。今後の報道は慎重にお願いします」と発表された。
報道班の望遠レンズは画角に納められず、騒ぎは夜明けとともに次第に沈静化していった。
翌朝の学園は、久しぶりに静けさを取り戻していた。校門脇に立つ紗雪と縷々の前に、草野みよりが現れる。彼女はゆったりと笑みを浮かべていた。
「よかった、無事で――あなたたちが救ってくれたんでしょう?」
「ええ、皆さんもう平気です」縷々は優しく応じた。
「――本当に、ありがとう」みよりの声には安堵と敬意が混ざっていた。
その一方で、生徒会は緊急集会の開催を宣言。騒動の裏にはまだ多くの謎が残っているとして、調査の責任を明言しつつ、外部へは「安心しました」のひと言で締める形になった。
昼下がり、学園のカフェテリアに四人が集まっていた。テーブルには紅茶が湯気を立て、彼らの疲れた顔を柔らげていた。
「無事帰ってきてくれて、よかった」紗雪は小声で言う。縷々は淡い笑顔で頷く。
真観が穏やかに続けた。「祠で行方不明だった皆さん、記憶の喪失はありません。目覚めた瞬間から“ここ”にいて、『どうしたんだろう』とおっしゃっていました」
縷々は感極まったように小さく言った。「……怖かったけど、声が聞こえたの。紗雪……ありがとう」
隼人は白い手袋をはめたまま右手の小指をたて紅茶を一口飲み、静かに言葉を紡いだ。「私も胸を撫で下ろしました。お嬢様の親友をお連れできて、本当に良かったと思っております」
夕方、校内放送室には真観が入っていた。彼の次なる行動は、マスコミの報道を受けた広報対応だった。
真観の助言により学園長がマイクを握りしめていた。
「当学園生徒、並びに関係各所の皆様へ――この度は、多大なるご心配をおかけいたしました。行方不明になられた方々は現在すべて保護され、医学的にも異常なしとの診断を受けています。事件性はなく、学園としても深刻な心的外傷を避ける配慮の上、今後も安全管理を徹底して参ります」
落ち着いた彼の声が学園内外に響く。マスコミ、報道関係者もこれを受けて翌朝には沈静化対応に切り替えた。
夜――庭園では、みよりが学園祭の飾り付けに取りかかっていた。切り絵を作りながら、小声でつぶやく。
「皆が戻ってくるなら、これくらい手伝って当然よ」
その横に紗雪と縷々が現れる。「みより、無理しないで」「大丈夫よ」
彼女たちは笑顔で協力し始めた。その背後では、沈静化した学園の様子を見に来た真観と隼人が遠巻きに見守る。
「鍋帽子は……また後日でいいかもしれませんね」隼人が控えめに口元をほころばせると、真観も微笑を返した。
実は、みよりもあの夜、そこに居たのだ。四人が懸命に行方不明たちに声を掛けていたさなか、庭園の木陰に鍋の帽子をかぶり、木製バットを両手に握りしめ、呆然と立ち尽くすみよりを真観と隼人は見逃さなかった。
けたたましいサイレンと無数の赤灯に驚いたみよりは我に返り「うそでしょ!」と小さく呟くと、鍋帽子をむしり取るように脱ぎ、バットと共に胸の前に抱きかかえ、紅潮しながらその場を後にしていた――。
消えかけた記憶と共に戻った人々。表舞台には“神隠し”騒動の影が広がり、警察やマスコミが騒ぎ立てるも、背後で情状酌量と抑制が働く。再び集った面々は、微笑みとともに未来へ静かに目を向ける――。




