初めての視察旅行開始
ひょんなことから隣国の王女を連れ立って行うことになった視察旅行。
意味の分からない言葉となってしまったが、簡単に言えば勝手に姫とその従者が付いてきただけである。
本来ならあり得ない話だが、もしかしたらこれから他国の文化や法律についてのアドバイザーになる人材である。
多少の我儘は聞いてやるべきか。
俺はそんなことを思いながら空を飛んでいた。
「す、凄いです! 大人数を同時に飛ばすことのできる飛翔魔術! そのうえ、その大魔術を無詠唱でなんて!」
「いや、俺の仲間内なら使える奴が沢山いるぞ」
「うわぁ! 流石は英雄の皆様ですね!」
飛翔魔術を使ってから、ずっとリアーナはこの調子である。
まるで接待かのような褒め殺しだ。だが、主である俺が持ち上げられているこの状況に、サイノスやサニー、セディア、ミラはご満悦の表情である。
ちなみにキーラは静かにリアーナの後ろに控えている。
空を飛んだのは初めてだろうに、よくあんなに姿勢良く飛んでいられるものだ。
と、そんなやり取りをしている内にもうビリアーズ右大臣の居城へ辿り着いた。
今回は居城に行き、領主であるビリアーズを引き連れて街を巡るつもりだ。
その方がリアルタイムで気になる点をビリアーズに伝えていけるからな。
俺達は城門前に降り立ち、衛兵に挨拶をされながら城内へ入る。
「陛下。陛下はまだ御国をお作りになってまだひと月も経っていないのではありませんか?」
と、案内人に案内されながらビリアーズの執務室を目指して歩いていると、リアーナにそう尋ねられた。
俺は斜め後ろを歩いていたリアーナを横目に見て頷く。
「ああ、そうだが」
俺がそう言うと、リアーナは笑顔で口を開いた。
「では、その僅かな期間で陛下の御姿は随分と民の間に浸透しておりますね。それとも、ビリアーズ様がきちんと周知しているのでしょうか」
「ああ、ビリアーズ大臣が部下に俺の容姿やらは伝えているぞ。他の領主のところもそうなっている筈だが」
俺がそう言うと、リアーナは何度か頷いて目を細めた。
「それなら城内の管理は大丈夫ですね。とても良い対応でした。やはり、まずは足元ですから。後は城内にビリアーズ様に反感を持つ派閥などが無いと良いですね」
リアーナはそう言うと笑って俺を見た。
天然に見えて色々考えて人を見てはいるらしい。
「ふむ。まあ、それも大丈夫だろうな。かなり無謀な独立計画にも反対者は出ていないからな」
俺がそう答えると、リアーナは困ったように笑った。
「そうなんですか。あの独立は陛下の後ろ盾を得たから始めたものかと思っておりましたが…陛下を抜きにして独立しようとしていたのなら、かなり無謀かもしれませんね。確かにビリアーズ様を主軸にして家臣の方もしっかり足並みは揃えているかもしれませんが、突出して優秀な人材はいないのでしょうか」
俺の抽象的な返答に、リアーナは短い時間で的確な解答をしてみせた。
確かに、ビリアーズの陣営はそんな感じだろう。
俺は苦笑混じりに頷くと、リアーナを見た。
「俺の陣営が充実すれば各領地に顧問として派遣しても良い。まだ運営していないが、誰でも無料で入れる学校を作ったからな。長い目で見れば良い人材も輩出されていくだろう」
俺がリアーナにそう言うと、リアーナは廊下で立ち止まり、勢い良く顔を上げた。
「誰でも無償で…素晴らしいお考えです! 知識があれば様々な可能性が増え、新しい選択肢となります。ですが、学ぶ機会が無ければその得られたであろう選択肢が失われてしまいます。知識は誰にでも蓄えることが出来るのですから、全ての人に平等に…あ、す、すみません。興奮して喋り過ぎてしまいました」
一気に捲したてるように喋り出したリアーナは、途中でハッとした顔になって謝罪し、俯いた。
だが、俺は軽くリアーナの頭を撫でて微笑む。
「その考えは俺の考えでもある。理解者がいて嬉しいぞ」
俺はそう言ってリアーナの頭から手を退けて踵を返した。
「…姫様? ひ、姫様! 姫様…!」
後ろでキーラの声が聞こえてきたが、俺は上機嫌に城内の廊下を進んだ。
いや、なかなか稀有な人材かもしれないぞ、あの王女。
貴族社会のレンブラント王国で下々の人間に着眼し、尚且つ平等に学ぶ場を肯定していた。
貴族どころか、歴とした王族がである。
貴族や王族の子が一般民の子と机を並べて勉強なんて普通ならば考えられないだろう。
そして、知識の有用性を知っている。
王女でなければ学校の先生をしてもらいたい逸材だ。
そんな妄想をしている内に、案内人はビリアーズの執務室の前で立ち止まり、扉をノックした。
執務室に入ると、何処か疲れた顔のビリアーズがいた。
豪華な机の上には書類らしき紙が山のように積み重ねられ、その山の向こうにビリアーズの顔が顎から上だけ辛うじて見える状態だ。
生首ビリアーズは俺を見て口を開く。
「レン様、ようこそいらっしゃいました。レン様から届いた書類のお陰で忙殺されておりますよ…はっははははは」
ビリアーズはそう言うと、浅く溜め息を吐いた。
領地の詳しい情報と輸出入のデータ、各街の人口推移や奴隷に関しての情報など、当たり前の情報を集計、精査して寄越せ、とローザに伝えさせたのだが、ビリアーズは思ったより疲労を溜めてしまったらしい。
まさか、一人で作業をするわけじゃないだろうに、何故そんなに疲れるのか。
「どうした? こちらは一人一人に身分証を発行して、それぞれの名前や種族、職業や住所などを纏めた戸籍というものまで発行しているというのに」
俺がそう告げると、ビリアーズは恨めしそうにこちらを見た。
「それを言われると耳が痛いですな。しかし、人口の違いもありますから…」
ビリアーズはそう言いつつ、俺の斜め後ろに並ぶ護衛に目を向け、リアーナとキーラの辺りで止まった。
暫く、目を細めたり指でまぶたを擦ったりしていたが、やがて確信に至ったビリアーズは立ち上がって声を上げた。
「リアーナ姫様! 」
「おお、知っていたか」
リアーナを見て素っ頓狂な声をあげるビリアーズに、俺は普通に対応した。
しかし、そんな返答ではビリアーズは納得しなかった。
「な、な、何故ここに姫様が? まさか、私に嫁ぎに…」
「誰がお見合いの斡旋なぞするか。歳を考えろ、ビリアーズ大臣」
ビリアーズのボケに俺が突っ込むと、リアーナが嬉しそうに口を開いた。
「私はレン様に嫁ぎたく思っております。ビリアーズ様、是非協力してくださいませ」
リアーナがそう言うと、ビリアーズは石になったかのように動かなくなった。
俺はその状態を確認し、肩を竦める。
「無理だな。ビリアーズ大臣は忙しいだろうし、俺達で街を視察してから報告書でも出してやろう」
またビリアーズの仕事が増えるぞ。
俺は言葉の端にそんな含みを持たせて笑い、皆を見た。
ビリアーズの領地で最大の街、セレンニア。
メーアスの中央都市に比べれば流石に見劣りするが、十分に多くの人が行き交う賑やかな街並みだ。
造りは古めかしい四角い建物が多く見られるが、人々の活気がそれらを味のある雰囲気に変えている。
「なかなか活気があるな」
俺が見たままの感想を口にすると、サイノスとサニーが真剣な顔でこちらを見た。
「殿、武具のレベルはやはりあまり高くないです」
「魔術士、あまりいない。でも奴隷はランブラスより多い」
二人の感想を聞きながら辺りを見回すと、確かにそんな印象を受けた。武具を扱う店はかなり多いが、どれも似たり寄ったりといったところである。
「傭兵らしき奴らも多いけど、孤児がかなり多いですね」
と、後ろからセディアがそう呟いた。
路地裏を見れば、幼い子供が汚い布切れを巻いて座っている光景を良く見かける。
「…孤児院が足りないのでしょうね。どの国でも、子供の数が多過ぎて受け入れきれていません。大体、半数近い人数の子供が大人になることなく亡くなってしまいますから」
半数。
たった2文字の言葉に、俺は何とも言えない気持ちにさせられた。
しかし、全ての孤児を救う為の財源も食料も寝床も足りないのだろう。
地球ですらそうなのだから、この異世界でそんなことは不可能に違いない。
だが、俺には何とか出来るかもしれない。
さあ、どうすれば良いか。
先行投資と思い、孤児を立派な我が国の大人に育てるのだ。
ならば、やはり学び舎だろう。
寮付きの学校ならば、何とかなるのではないか。
建物は問題無いし、費用と食料は我がギルドメンバーの力でどうとでもなる。
後は先生と寮を管理する管理人を用意すれば良いのだ。
…あ、そういえば、俺の周りには脳筋しかいない。




