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村長びっくり

世界の果ての空へと飛んで行った彼等を見送り、私達はようやく正気を取り戻した。


「い、今のは、空飛ぶ魔術じゃないか⁉︎」


「ば、馬鹿いえ! 空飛ぶ魔術は確か宮廷魔術士とか魔術ギルドの幹部クラスが使う移動魔術だよ! 多分マジックアイテムか何かで…」


「それこそ有り得ない! 子供が見る英雄の物語じゃあるまいし、そんなマジックアイテムがそこらにあってたまるか!」


「じゃあ、さっきのは全員が魔術で飛んだってのか?」


「い、いや…そうは言ってないけどよ…」


興奮して騒ぎ出す村人たちを見て、私はふと先程のことを思い出した。


彼等の長らしき青年が、何か薬のようなものをあの子、シェリーに手渡していたのだ。


傭兵団をたったの十人程度で無力化し、更には空を飛んで帰っていった信じられない集団の長が渡した謎の薬。


あれはいったい何だったのか。


私はそう考えただけで居ても立っても居られず、シェリーの自宅であるダン夫妻の家を訪ねた。


「ダン! ミエラの容体は…」


私がダンの家のドアをノックもおざなりに開け放つと、ベッドで横になっているミエラに抱き付いて嗚咽するシェリーの姿があった。


大抵なことでは動じないダンですら涙を流している。


まさか。


私は胸が締め付けられるような心地になりながらも、静かにダンの方へ向かった。


「だ、ダン。ミエラはまさか…」


私がそう聞くと、ダンは私を見て口の端を上げた。


「…意識を取り戻した。それどころか、普通に立ち上がろうとしやがる」


ダンは涙が滲むような声音でぶっきらぼうにそう呟くと、静かにまた涙を流した。


「ほら、シェリー? お母さん、不思議なくらい体が軽いの。だから、ちょっと起きなくちゃ。村長さんも来てるのよ?」


「だめだよ。絶対にだめ! お母さんは今日はゆっくり休んでないと」


苦笑してシェリーの頭を撫でるミエラと、母の元気な顔を見て嬉し泣きするシェリー。


2人の姿に私は思わず泣いてしまった。


だが、あのミエラの病状は薬も回復魔術も効果が無かったものだ。残りは幻の秘薬と云われる命の水くらいしか…。


私はそこまで思いを巡らせてハッとした。頭の中に流れる思考の川のダムが決壊したかのように様々な彼等の行動が、言動が、頭の中で再現される。


「彼等こそ、いや、あの御方こそ、神の遣わした神の代行者だったのだ…」


思わず口に出してしまった私の呟きに、隣にいたダンがギョッとした顔でこちらを見た。


「随分と人間くさい代行者様だな…」


ダンはあろうことか奇跡の恩恵を受けた当事者の1人でありながら言外に否定的な響きを含ませて返事をした。


「何を言う。代行者様は我々が緊張し過ぎないようにわざとあのような態度で接してくださったのだ。そうに違いない」


私が噛んで含ませるようにダンを諭したが、ダンは不敬にも鼻で笑って肩を竦めた。


「代行者ってのはアレだろう? 古の英雄に武具とマジックアイテム、そして神理に至る知識を授けたとかいう神の遣いのことだよな?」


「そうだ。分かっているじゃないか。おお、そうか! お前はあの神々しいお姿を拝見しておらんじゃないか! 聞いて驚け。代行者様はお帰りになると仰り、なんと空を飛んで帰られたのだ。皆様全員でだぞ?」


私が思わず興奮に声を荒げながらそう説明すると、ダンは何故か呆れたような顔で私を見た。


「それなら、代行者じゃなくてマジックアイテムを貰った英雄達の方じゃないのか? 大体、本当に飛んで帰ったのか? 夕方の草原は地平線付近は薄っすら地面が消えるもんだぞ」


おお、神よ。このクソ馬鹿頑固な分からず屋が不敬な発言をしております。天罰ならこいつの頭上に落としてくだされ。


「ダンよ。私は知らんぞ。そもそも返せないほどの恩を受けておいて何という悪し様な言い様だ。天が許しても私が許さんぞ」


私は恥知らずなダンの発言に地団駄を踏んで憤慨した。だが、ダンは微笑を浮かべて首を振った。なんだその微笑みは。腹が立つ。


「俺はあんたの妄言に対して正論を返してるだけだ。あの青年には俺の命を懸けて恩返しさせていただく。そうだ、村長。彼等はどこに帰ったのだ。出来ることなら妻共々お仕えさせていただき、身の回りの世話や護衛をしたい」


「…だから、あの方々は空を飛んで帰っていったと言っておろうが」


私が憤然とそう告げると、ダンは聞こえるくらいハッキリと溜め息を吐いた。


「分かった分かった。それでどちらに飛んで行ったのだ? まさか真っ直ぐ上に飛んで行って消えたわけじゃあるまい?」


おお、神様。この不埒者は私が直接天罰を下します。出来ることならその後にでもトロールを不埒者の上にお落としください。


「ぐぬぬぬ…あの方々はこの村よりも更に最果ての、森の方向へお行きになされた。あの深い森の奥、切り立った山々の麓にはドラゴンが住むというあの深淵の森だぞ?」


「ドラゴンなんか噂に名高い龍の谷くらいにしかいないだろう。この辺りで出たりなんかしたら領主様の心臓が先に止まるぞ」


「わ、私が若い頃に生きていた先先代の村長は子供の頃に見たと言っておったのだ!」


「100年以上前じゃねぇか」


「黙れ、小童!」





まるで子供のように口喧嘩をする父と村長を見て、母はベッドに寝たままコロコロと笑った。


「ふふふ。全く、いつまでも子供みたい…ゲホッ」


「お、お母さん⁉︎ 大丈夫? 身体は…」


「ふふ、大丈夫。笑い過ぎてむせちゃったみたいね」


急に咳き込んだ母に私の心臓はドキリと大きく跳ねた。だが、母は照れたように笑って私を見上げている。


さっきまで言い争っていた父達も母の様子を心配そうに見ていた。


「でも、本当にあの方達は神様の御使かもしれないわね。だって、身体が嘘のように軽くなったのよ。多分、今なら若い時みたいに走って隣の村まで行けるわ」


母はそう言うとまた楽しそうに笑った。その顔色は確かに赤みが差してとても健康そうに見える。


「元気になったとしてもダメよ。今日くらいはゆっくりしてよね。ほら、もう夜になるわよ。さっさと寝てて」


私がそう言って母の手をとると、母は苦笑して村長に顔だけ向けて口を開いた。


「すみません。口うるさい娘がいますので、申し訳ありませんがお先に寝させていただきます」


「あ、ああ。こりゃすまない。お邪魔してしまった。ダン、続きは明日だ」


「明日も来る気か⁉︎」


「うるさい。お前が改心するまで来てやる。じゃあ、おやすみ」


「永遠に寝てろよ、爺さん」


「ぐぬっ、トロールに踏まれて死ぬが良い!」


村長は結局最後まで父とケンカして帰っていった。父も呆れた顔で村長の出て行ったドアの方を見ている。


「なに言ってんだ、あのジジィ」


まるで子供のような父さんの様子が珍しく、そして面白かった。


私は思わず母と一緒に声を上げて笑っていた。



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