フィンクルの実家にGO!
メーアスの首都に着いた俺達は、さも一般人といった態度で街中に紛れ込んだ。
メーアスの首都は、商売が最も盛んな経済大国というだけあり、賑わいは今まで見た都市の中で一番だった。
様々な商品が並び、露店のような掘っ建て小屋で奴隷すら販売されている。
これならば目立たずに動けるだろう。
そう思って雑多な街並みを見回していると、俺達に注目する視線が異常に多いことに気がついた。
服装こそ龍の皮や鱗の鎧だが、皆が皆、龍の素材と気がつくことは無い筈だ。
だが、俺達に集まる視線の数は尋常なものでは無い。
俺がどうしたものかと首を傾げていると、フィンクルがそっと近付いてきた。
「…陛下、流石に目立ち過ぎるかと」
フィンクルが俺にそう言って、視線を後ろに向けた。
振り向くと、そこには白銀の鎧騎士が立っていた。
ミスリル装備に身を固めたダンである。
誰だ、こいつを連れてきたのは。
「…まあ、仕方ない。密かにメーアスの代表と接触しようかとも思ったが、堂々と殴り込むとしよう」
俺が渋々そう言うと、フィンクルが仏頂面で俺を見た。
「殴り込まないでください」
冗談の通じない男である。
仕方なく、俺達は観光気分でメーアスの首都のど真ん中を歩いた。
景色は良い。
原色を多用したカラフルな街並みだ。
建物もそれなりにデザインが凝っている。
大きな川が街を分断するように流れており、面白いデザインの石造りの橋が幾つも掛かっていた。
フィンクルの案内に従い、俺達は街の外れまで歩いた。
「一番端に居城があるのか?」
「城ではありませんがね。メーアスはインメンスタット帝国と同じく東の果てに接する国です。東の北部がメーアスで、南部が帝国ですね。なので、重要な拠点は他国に攻められ辛い北東部に集まる傾向があります。まあ、実際に攻められれば大した違いはありませんが」
「ふむ…そういえば海には面しているのか? 俺の方は深い森があるからな。俺達は良いが、一般の漁師が海に出ることが出来ん」
俺がそう言うと、フィンクルは頷いた。
「北東の一部が海岸ですね。レンブラント王国の南部も海に面しているところはありますが、かなり狭いです。一番海に面しているのはインメンスタット帝国で、反対に海に全く面していないのがガラン皇国です」
「ふむ…外海には出たのか?」
「外海に出た者はいますが、帰ってきた者はいないとのことですが…海の向こうには何があるのですか?」
「さて…また大陸があるか、一周してガラン皇国の向こう側の深淵の森に着くか…」
「は?」
俺がごく一般的なコメントをした筈なのに、フィンクルは首を傾げて俺を見ていた。
まさか、天動説と地動説について話さなければならないのか。
いや、別にそれを知ったからと言ってフィンクルには何も得はないか。
証明の仕方も分からないし。
俺が思い悩んでいると、ふと、フィンクルが前を見て声を上げた。
「ああ、あそこですよ」
フィンクルが何の気なしにそう言って指差した方向を見ると、そこには大豪邸が建っていた。
「ん? あれか?」
俺がそう聞くと、フィンクルは無言で頷く。
いや、あれは博物館だろ。
何部屋あるんだよ。
「…お前、本当に王子だったんだな。それかOSメーカーの社長の息子か?」
「何を言ってるんですか? 全く意味が分からないのですがね…」
俺が言った言葉の意味が分からないフィンクルは、変なものを見るような目で俺を見てくる。
そりゃゲイツビールなんか知らないわな。
俺は3階どころか4階建てはありそうな大きな屋敷を見上げて口を開く。
「いや、かなりデカい屋敷で驚いただけだ」
俺がそう言うと、フィンクルはまた呆れた顔で溜め息を吐いた。
「…城に住んでる人が何を言ってるんですか」
「ああ、そりゃそうか」
フィンクルの至極真っ当な突っ込みに俺は思わず納得して同意した。
ある意味、城2つ持ってるんだな、俺。
俺が納得して頷いていると、呆れた顔をしたフィンクルが肩をすくめて大豪邸に向かった。
博物館には警備員がいるものだが、フィンクルの実家の博物館みたいな豪邸には兵士が4人立っていた。
「…っ、フィンクル様!」
その内の一人がフィンクルに気が付き、フィンクルの名を呼んだ。
フィンクルは頷いて直立不動でこちらを見ている4人に顔を向けた。
「当主はいるか?」
「はっ! ロモント様は御在宅でございます!」
フィンクルが尋ねると、兵士の1人がフィンクルにそう答えた。
フィンクルの家の当主。つまり、メーアスの代表の一人であり、メーアスを代表する死の商人でもある。
フィンクルは実家ということもあり、何のリアクションも無く大きな屋敷の門をくぐり、大きな木と鉄で出来た扉の奥へ入っていった。
一方、俺はマフィアなどの裏の人間に初めて会うような感覚でいる。
映画の中に入るような、そして後ろ暗いアンダーグラウンドな世界に足を踏み入れる期待感と罪悪感だ。
一人先行するフィンクルに付いて行きながら、俺はやけに渋いというか、落ち着いた雰囲気の通路を進んだ。
調度品や棚、豪華な枠に入った絵画などもある。
だが、どれもやけに品が良い。
勝手なイメージで悪いが、もっと金を掛けただけの趣味の悪い骨董品などが並んでいて欲しいものだが。
そんなことを思いながら、無彩色を基調としたシックな通路を進み、とある大きめの片開き扉の前でフィンクルが止まった。
「ここです」
フィンクルは俺にそう言うと、一瞬だけ動きを止めて扉を睨むように見た。
そして、扉をノックする。
「フィンクルです」
扉をノックしてフィンクルがそう言うと、扉は中からゆっくり開かれた。
開かれた扉の向こう側には、白い壁、濃い茶色の床と天井の広い部屋があった。
だが、妙なことに白い壁には薄い灰色の文字が無数に書かれている。
家具などは案外落ち着いたものが並んでいるせいで、壁だけがやけに存在感を放っていた。
部屋の奥には豪華な装飾の施された執務机があり、その机を挟んだ先に大きな背凭れの椅子に座る60代ほどの黒い髪の男がいた。
頬のこけた顔色の悪い老人だ。だが、髪は全て後ろに撫で付けられており、その眼光も鋭い、力のある目だった。
男は机の左右に若い二人の女を立たせている。
黒い洋服に似た服を着た、20代中頃に見える女だ。
女はほどよく引き締まった体型をしており、薄っすらと笑みを浮かべてこちらを見ていた。
2人とも髪がかなり短く、服も動きやすそうな服装である。
多分、秘書兼護衛なのだろう。
「ただいま戻りました、父上」
フィンクルがそう言って頭を下げると、父上と言われた男は鷹揚に頷いた。
「よくぞ帰った。お前には聞かねばならんことが山ほどあるぞ…ところで、そこの方々は誰かね?」
男はそう言って俺達に視線を寄越し、順番に観察するような目を向けてきた。
そして、一番奥に立っていたダンを見つけて目を見開く。
「…なるほど。噂の竜騎士様、というわけだな」
男はそう呟き、その場で立ち上がった。
あれ?
ダンを竜騎士と思ってない?




