ガラン皇国の動き
ガラン皇国皇都の玉座の間。
その豪華絢爛でありながら、どこか無骨な空気と重圧が蔓延する広間の中で、ガラン皇国皇であるハカンが頬杖をついて平伏する男女を見やった。
明るい茶色のローブを着た男と、白いローブを着た美しい女の2人だ。
ハカンは2人を眺めながら、静かに口を開いた。
「それで、残りの商品はいつになる、と?」
ハカンがそう口にすると、男の方が顔を上げた。
「戦闘に耐えられる奴隷は人気が高く、中々数が揃っておりません。後1週間かければ、2,000から3,000人程ならば用意出来るかと…」
男は慇懃な態度でそう報告した。すると、ハカンは鼻を鳴らして首を傾けた。
「集めようと思えば、どれくらいだ」
ハカンがそう言うと、男は困ったように笑い、首を傾げた。
「…さて、私どもとしても最大限の努力をしているつもりなのですが…」
男はそう言って首を片手でさすった。
ハカンは男の態度に苛立たしげに右手の親指の爪を噛んだ。
「…そういう対応しか出来ん商人は三流だろうが。客が急げと言ったら、どんな方法でも良いから急ぐ。それが本当の商人というものだ」
ハカンがそう言うと、男は口の端を上げて顔を上げた。
「おや、まさか…無理矢理にでも集めるように、と?」
男が曖昧な言い方でそう尋ねると、ハカンはまた鼻で笑った。
「はっ、何を言うか。最初からそのつもりであったろうが。それで、無理矢理にでも集めるなら、追加でいくらかかる?」
ハカンが馬鹿にしたような目で男を見下ろすと、男は考えるような素振りを一度して、ゆっくり口を開いた。
「…三倍、ほどでしょうか」
「三倍!」
男の台詞に、ハカンは大袈裟に驚いてみせた。
ハカンの態度に男の目が細くなったが、ハカンが口を開く頃には元に戻っていた。
「そんなものか。ならば、無理矢理2万ほど用意せよ」
「2万、ですね。毎度、ありがとうございます」
男はそう言って深く頭を下げた。
そして、ハカンは白いローブの女に視線を向ける。
「後は物資だが」
ハカンがそう口にすると、女は美しい顔を笑みの形にした。
「現在、我が国から随時送り届けている食糧ですが、まだ2週間はこのままの価格で大丈夫でしょう。しかし、その後は高騰する怖れがあります。武具の類は全て用意出来る見通しとなっております」
女がそう報告すると、ハカンは渋い顔で首を振った。
「全く、軍は金がかかる。前回の失敗が随分と尾を引いているな」
ハカンがそう呟くと、女は微笑みを浮かべたまま頷く。
「そうなのですね。しかし、勝てばそれは…」
「そう、勝てば良いのだ。勝てば全て問題無い。だからこそ、急げるだけ急いでおるのだ。速さこそ強さよ。相手に知られる前に準備し、相手が動く前に叩く」
ハカンがそう言うと、男と女は感嘆の声をあげた。
「流石はハカン様。戦の真理を既に見出されているとは」
「本当ですわ。素晴らしい智略でございます」
二人はそう言うと、恭しく頭を下げた。
それに気を良くしたのか、ハカンは大きく頷いて口を開いた。
「うむ。二人はこれで行って良い。外の兵に言って門まで同行してもらうが良い」
ハカンがそう言うと、二人はもう一度深く頭を下げてお礼を口にした。
玉座の間から二人が出て行ったのを確認すると、ハカンは深い溜め息を吐いた。
「…メーアスか。王国が帝国に侵攻する時には双方に物資を渡して金を儲け、今回は我がガラン皇国か」
ハカンはそう独りごちると、低く唸り声を上げた。
「まさか、竜騎士の国とやらにも…? いや、流石にそれ程の手足は持つまいな」
ハカンはそう呟くと、玉座の背凭れに体重を掛けて視線を上に向けた。
「勝てばいい。今はメーアスに儲けさせてやる。だが、勝てば今度はこちらが有利になるぞ」
ガラン皇国のアルダ地方。
皇都で暮らしている私からすれば随分と遠い地に思える。
そのアルダ地方の防衛拠点である二つの城塞都市を結ぶ中継都市、トパル。
そのトパルを中心に、物資と兵士が驚くべき速度で集められている。
すっかり分厚くなった羊皮紙の報告書の山を見て、費用度外視で紙を使えたら、などという妄想に浸りたくなる。
私は疲労感に曲がる背中に力を入れ直し、人員補充の報告書を読んだ。
確認しただけで、アルダ地方に5万人。エムレス地方に2万人の兵がいる。
ガラン皇国の兵は僅か3割程だ。
ここから、正式なガラン皇国軍残り3万しか補充されない。
内訳はアルダ地方に2万人、エムレス地方に1万人である。
そうすると軍の過半数がガラン皇国の正規兵となるのだが、いまだに奴隷が集められている。
なんと、送られてくる予定の人数だけでも残り5万人以上来る計算となっている。
ハカン様は、果たしてキチンと計算をされているのか。
強気な部分は良い所でもある。だが、ハカン様の悪い癖で、勝った際の利を計算に入れて準備をする場合が多い。
ガラン皇国の存亡の危機ならばともかく、今の状況はしなくても良い戦争を仕掛けているとも言える。
一応、対外的には、こちらに許可無く出来た新しい国が領土を侵犯した為、と公表するが、それもギリギリでの発表となる。
そんな強引な手法で戦争を仕掛けるのだ。
考えたく無いことだが、これでもし負けた時。
もしも、五大国で一番とも言われる我が国が負けた時、大変な損害を受けるだけでなく、周辺諸国もどう動くか分からない。
これ幸いとメーアスが毟り取りに来るのか。
レンブラント王国と膠着状態となったインメンスタット帝国が動き出すのか。
もしかしたら、レンブラント王国とインメンスタット帝国が組む可能性すら無いとは言えない。
争いあっていたということは、お互いが傷付いているのだ。
ガラン皇国という大国が弱っていれば敵同士協力して襲い掛かる可能性はある。
「いや、それよりも…」
現実的には有り得ないが、出来たばかりの筈の国が、我が国の最大級の大軍を打ち破り、その上反撃をしてきたら。
「そんな馬鹿な」
私は自身の想像に思わず自嘲的な笑みがこぼれた。
「ありえんさ…そんなことは…」
私は自分に言い聞かせるように自然と口に出してそう言った。
だが、処刑されてしまったアルダ地方の代官の報告が頭に浮かんで離れない。
我が国から出た八万の兵が僅か1日2日で一人残さず殲滅されたという冗談みたいな報告が。
そんなことはあるわけがない。
相手を全滅させるような戦いにするならば、数に物を言わせた包囲戦だ。
だが、その相手が八万である。
一体どんな大軍だというのか。
「…竜騎士の国、か」
私はそう呟いて、背筋を氷が滑るような悪寒を感じた。
まさか、である。
我が国の民ならば5歳程度にもなればどんな馬鹿であっても竜騎士は御伽噺の存在と知るだろう。
その竜騎士が現れて国を興す。
十数年に一度くらいはそんな詐欺師が現れるが、実際には冗談にもならないオチしか待っていないのだ。
私の不安は、単なる杞憂であろう。
私はそう思いながら、作業に戻ることにした。




